少し前から、パンの様子が おかしい。

心ここにあらずといった感じで、 だけど そのくせ・・

夜、二人きりになった時は、やけに積極的だったりもする。

最初のうちは何とも思わず、ただ喜んでいたんだけど・・・。

何かをふっ切ろうとしているんじゃないか。

そんなふうに思えてきた。

 

一緒に朝を迎えた休日。

おれは パンに、その理由を問いただそうとした。

すると、 「・・・!!」

時間にすると おそらく、ほんのわずかの間だった。

だが確かに、恐ろしく 強い気を感じた。

パンの顔を見る。  ひどく動揺しているようだ。

けど・・・ 

「わたし、行かなきゃ。 ちょっと 行ってくる。」

「パン? どこへ、」  「すぐ戻るわ!」

「パン!!」

 

黙って見送るはずがない。  もちろん おれも、後を追った。

ここしばらく、平和な日々が続いている。

人目につかぬよう、緊急の時以外はジェットフライヤーを使うようにしていた。

でも 今日は、そんなことを言っては いられなかった。

 

どのくらい飛んだだろうか。

人里離れた山の中、 そこには一人の男がいた。

奇妙な形のメカ・・・  乗り物なのだろう、それを、カプセルに収納している。

振り向いた。 特にあわてた様子はない。

気配で、おれたちが来るのを わかっていたのかもしれない。

笑顔を見せる。

おれにではなく、パンだけに向けて。

小さな声で、パンがつぶやく。

「トランクス・・。」

その呼びかけも、おれに向けてではなかった。

 

そうだ。 奇妙な乗り物、タイムマシンに乗ってやってきた その男は、

もう一人の、別の次元で暮らすトランクスだ。

同時に おれは、このところパンが不安定だった理由を思い知った。

おれの知らないところで、二人は既に会っていたのだ。

「パン。 下がって。」

「・・・!  トランクス!! 何するの!!」

パンが叫ぶ。 今度は おれに向かってだ。

あいつ、もう一人のトランクスに向けて、おれは気弾を撃った。

当然、 避けられる。 

お返しの一発が返ってくる。

難なく避ける。  ほんの 挨拶代わりと言ったところか。

「やめて! やめてったら!!」

パンは、おれの方に駆け寄って来た。

けど、おれの手を押さえるということは つまり・・・

あいつを庇っているということだ。

 

「いいんですよ、パンさん。」

よく見ると、奴はずいぶんと若いようだ。

パンよりも、年下なのか。

セルという敵との戦いから、あまり月日が経っていないのかもしれない。

「こっちのトランクスにとっては、オレは たしかに敵ですから。」

一旦言葉を切り、ゆっくりと続ける。

「パンさん、 オレは あなたに会いに来たんです。

 どうしても、もう一度 あなたに会って話したかった。」

「・・・。」

 

おれとあいつとの間で、パンは あきらかに戸惑っている。

おれは問いかけた。

「ああ 言ってるけど、パンは どうするんだ?」

「どうって・・。 話って言っても、」

パンの黒い瞳に、迷いの色が浮かぶ。

かつて おれたちが誰にも知られず、二人だけで会っていた頃、

よく こんなふうな顔をしていた。

あの目を見ていると、いけないと知りながら おれは いつも・・・

「話してくるといいよ。 あいつと。」

自分の思いとは、真逆のことを口にしてしまっていたんだ。

 

「二人で ゆっくり、話してくればいい。」

「トランクス・・。」

「あいつが現れたこと、誰にも話してないだろ。 どうして黙ってた?」

「それは、

パンとおれとの やりとりを尻目に、奴はポケットからケースを取り出し、カプセルを投げた。

またたく間に、カプセルハウスが出現する。

「ずいぶん用意がいいんだな。 持ち歩いてるのか。」

その問いかけに対し、おれに向かって初めて答える。

「習慣です。 いつ宿なしになっても おかしくない環境で暮らしていましたから。」

体力のない母さんを、守るためです。

ぽつりと そう付け加えた。

そして、パンを見つめて声をかける。 「さ、 どうぞ。」

 

「・・ほら、行きなよ。 そうした方がいい。」

パンの小さな、 紅を塗っていなくても紅い唇が、何かを訴えるように動く。

「何もさ、抱かれてこいって言ってるわけじゃないんだよ。 ただ・・、

軽口の混じった おれの言葉で、濡れたように黒い瞳が わずかに つり上がった。

頬を張られる。

そう 思った。

けれども パンは、振りあげた手を下ろした。

つかつかと あいつ、 もう一人の おれの方へと歩いていく。

ドアを開いて、入るよう促している あいつ。

 

奴に向かって声をかける。

「タイムマシンの入ったカプセルを、こっちによこせ。」

「?」

「パンとそこに いる間、おれが預かっておく。」

「パンさんを、連れ去られないようにですか?」

「・・ そうだ。」

 

奴が投げた、カプセルを受け取る。 手の中のそれを、見つめながら ひとりごちる。

「タイムマシンか・・。」

パンとあいつは、カプセルハウスの中へと消えていった。

 

 

カプセルから、タイムマシンを出してみる。

「けっこう でかいんだな。」

宙に浮き、窓越しに操縦席を眺める。  シートが、二つある。

「二人乗りなのか。」

母さんや、大人たちの話では一人乗りだったはずだ。

改造したってことか。

あいつ、本当にパンを、自分の世界へ連れて行くつもりなのだろうか。

 

そんなことを考えていたら、意外と早く、本人が こちらへ やって来た。

「なんだ、ずいぶん早いんだな。 もう、済んだのか?」

皮肉の混じった問いかけに、本気でイヤな顔をしている。

「気が済んだのか、ってことだよ。」

「おかげさまで、いろいろな話ができましたよ。」

いろいろな。 いったい、どんな ・・・。

問いただす前に、奴が先に口を開いた。

「あなたは、パンさんを本当に愛してるんですか?」

 

「ああ。 もちろんだ。」

しかし、妙な気分だな。

自分とおんなじ顔の奴と、こういう やりとりをするっていうのは。

だが、次に発せられた言葉により、おれと こいつは、やはり別人なのだと思った。

「あなたとパンさんは、一度 別れているそうですね。」

「ああ、 そうだよ。」

表情を変えないように努めながら、こちらからも質問を返す。

「その辺りのこと、パンは おまえに何て話した?」

「自分が、まだ子供だったせいだと言っていました。 それと・・

一旦、言葉を切る。

「あなたに、他に好きな人がいたからだ、とも。」

 

・・・。 パンは やっぱり、気付いてたんだな。

「相手は、オレも よく知っている人だと。 誰なんです?」

「だから、よく知ってる人だよ。 こっちの・・ おれの方の世界には、もう いない。」

「・・!!」

驚きの表情。 こいつは、そうじゃないってことか。

「どうしてなんです? オレなら ともかく、あなたは平和な世の中で・・

出会いは いくらでもあったはずだ。 そう言いたいんだろうな。

「関係ないだろ、 そういうのは あんまり。」

 

カウンセリングなんてものを、受けたことはない。

だが、もし受けていたら・・・  

そうでなくても、誰かに 打ち明けていたとしたら。

さぞかし いろいろなことを言われたんだろうな。

勝手に分析されてさ。

強すぎる父親への憧憬。  年の離れた妹への嫉妬。

あるいは、いくつになっても、生身の男と女のままでいた両親への反発・・・。

だが そんなことを、くどくど説明する気はない。

言ったとしても、多分こいつには 理解できないだろう。

環境は、人を別人にする。

もともとは、同じ人間であったとしてもだ。

 

「でも、今はパンを心から愛してるよ。

 もしも また、パンがおれの元から去って行ったら・・・、」

おれは もう、誰のことも愛さない。 一生、死ぬまでずっとだ。

「そんなこと、できるんですか。」

「できるさ。 父さんだってそうしてるんだ。 だったら、おれにだって できるよ。」

 

しばしの沈黙。

その後、 奴は こんなことを言いだした。

「実は ここに来た目的は、もう一つあったんですよ。

 そのために、タイムマシンを二人乗りに改造しました。」

「なんだよ、いったい。」

「こっちの父さんを、オレの育った世界に連れて行こうと考えたんです。」

「そっちの世界に・・? なんで・・

おれは はっとした。

「そう。 母さんに、会わせてあげようと思ったんです。」

 

そうか。 これも また、再会といえるかもしれない。

この世で死に別れ、あの世では おそらく、二度と会うことの許されない二人。

たとえ 異なる次元で生きてきた、別人だとしても ・・・。

「でもね、やっぱり やめておきます。

 ここの人達が、オレのいた世界の彼らとは別人なのは、

それぞれがいろんな人生を歩んできたせいだ。

パンさんや あなたと話して、それが よく わかりました。」

 

パンさんはずっと、覚えていないくらい小さな頃から、

あなたのことが好きだったと言っていましたよ。

そう付け加えた後、 こんな言葉を残し、奴は去って行った。

「パンさんを、うんと幸せにしてあげてください。

 そしたら オレは、もう来ません。」

 

 

パンは まだ、カプセルハウスの中にいた。

赤みのさした目で、こちらの方をじっと見ている。

「パン・・。」

手を取ろうとして、払いのけられる。

めげることなく、肩を抱き寄せる。 逃れようとして、力を込めてパンはもがく。

だけど 離さない。 決して。

 

「バカ、バカ。 どうして試すようなこと するのよ。」

「悪かったよ。 ごめん。」

でもさ、 パンだって・・。

おれはパンに、迷ってほしくなかったんだよ。

おれだけを間違いなく、選んでほしかったんだ。

けど、それは口にしない。

「本当に悪かった。 一生かけて償うよ。 パンを幸せにすることで、償っていく。」

 

「・・・。 タイムマシン、借りなかったのね。」

「え?」

「ブルマさんに、会いに行くかと思った。 タイムマシンに乗って。」

お見通しだな。

「考えたけど、やめたんだ。」  「どうして?」

「行きたかったのは、母さんが亡くなる少し前だよ。 ずいぶん心配してたからね。

 伝えたいのは パンを愛してること、一緒に幸せになろうとしてるってことだよ。」

「どうして、行かなかったの・・?」

「天国で、見ていてくれてるだろうからね。 もう いいや って、思ったんだ。」

 

 

トランクスはずるい。

そんなふうに言われたら 、責めることなんて できやしない。

わたしは もう、なんにも言えなくなってしまう・・。

両手で頬を包んで、唇を重ねる。  そっと、とても 短く。

なのに、お返しは まるで、噛みつくようなキスだった。

「あいつにも そうしてやったの?」

その質問に、答えなかったためだ。

 

わたしは やっぱり、トランクスが好き。

生まれる前から よく知っている彼も、違う世界で生きてきた、別人である彼も。

何度も見てしまった夢の話は、一生 秘密にしようと思う。

そのくらいなら 許されるんじゃないだろうか。

わたしも ずっと、死ぬまで、トランクスを愛していくのだから。

 

 

それから数日後。

C.C. たまたま二人になった時、父さんに向かって おれは尋ねた。

「もしもさ、 ドラゴンボールでも タイムマシンでも、何でもいいよ。

 何かの奇跡が起きて、もう一度 母さんに会えたとしたら、父さんは何て言う?」

 

「おまえは もしもの話が好きなようだな。 だが、俺は・・。」

必死で食い下がる。  そのまま、立ち去ってしまう前に。

「もう二度と聞かないよ。 だから答えて。 お願いだよ。」

しばしののち、溜息とともに、答えが返ってきた。

「何も言わん。 俺の方からはな。」

「・・・。」

「聞かれたことになら、答えてやってもいい。」

母さんからの問いかけ。 それは いつも・・・

「・・愛してるって、聞かれても?」

口に出して、父さんは答えない。

けれども、深く うなずいた。

 

あの日。

父さんをあいつに任せて、タイムマシンに乗せた方がよかったのだろうか。

別の次元にいる もう一人の母さんの元へ、送ってあげるべきだったのだろうか。

 

振り切るように、おれは言った。

「奇跡に頼らなくてもさ、何年か待っててくれれば また会えるよ。」

「なに?」

「パンは きっと、賢くてかわいい女の子を産んでくれる。

 その子は多分、母さんにも似てるよ。 ブラとは また、違うタイプでね。」

口の端に笑みを浮かべて、父さんはつぶやいた。

「あんなのが何人もいては敵わんが・・・また、騒がしくなりそうだな。」

 

 

そういえば、パンは こうも言ってたんだ。

『むこうの世界にも、わたしは ちゃんと いると思うの。

 戦いだらけの暮らしの中でも パパはきっとママに出会って、わたしが 生まれてきたと思う。』

・・・

 

「一日も早く、見つけてやれよ。 ああ、 だけど・・

あいつ、まだ二十歳くらいだったよな?

むこうでもパンは十三歳年下だから・・・

「まだ七つくらいか。 めでたく会えたとしても、しばらくは我慢の日々だな。」

 

深い同情と、ほんの少しの ざまあみろを込めて。

「幸せにな。 おまえも。」

『誰かの願いが叶う頃』

トランクス×パン←未来トランクスです。『黒い瞳と青い海

ささげものにしました『夢で逢えたら』の続きで、一応の最終話になります。

ベジブルのほか、トラ⇒ブル感がありますので苦手なかたは ご注意ください。

(ちなみに、管理人的ブル←トラ×パンでわかりやすいと思われるのは、

パートナー』という お話です。)]