『夢で逢えたら』

[ トランクス×パン←未来トランクスの、『黒い瞳と青い海』の

後日談のつもりです。パン受けっぽいのでご注意ください・・・。

未来ベジブル感が、少し含まれています。

ギズモ様の「90’S」の2周年記念プレゼントとして書かせていただきました。]

『パン ・・・ 』

よく知っている声が、 わたしの名前を 呼び続けている。

 

「パン?」

瞼を開くと、心配そうな顔が 視界に飛び込んできた。

「トランクス。」

「うなされてたよ。 大丈夫かい?」

一緒に眠っていた 狭いベッドを出て、彼はキッチンへと向かった。

冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出し、グラスに注いで 手渡してくれる。

「はい。」 「ありがとう・・。」

 

薄暗がりの中、冷たい水を飲み干す わたしを見守りながら、彼は尋ねる。

「いやな夢でも見たの?」

「そうじゃないんだけど・・。」

曖昧な答え。  夢を見たのは、本当だった。

だけど、それが どういう内容であったかは 言えなかった。

 

グラスを流しに置いてきた後、わざと明るく わたしは言った。

「汗かいちゃった。 パジャマ、取り換えようっと。」

引き出しから、新しいものを取り出す。

もうすぐ トランクスが見つけてくれたマンションの方に移るから、

少しずつ 荷物をまとめているところだ。

でも、これは まだ箪笥の中に入っていた。

ボタンをはずし、上衣を脱いだ その時。 

「あっ・・・」

後ろから 抱きしめられた。

筋肉に覆われた、逞しい二本の腕によって。

「ごめん、 いきなり。」

謝りながら、少しだけ 彼は力を緩める。

「なんだか すっごく色っぽく見えて・・ つい、さ。」

 

もう、 トランクスったら。 ダメよ、ちゃんと眠らなきゃ。

明日は早い時間から、会議があるって 言ってたじゃない。

いつもならば、 そんな言葉で たしなめる。

だけど、 今夜は・・・。

一旦 腕を解いた後、 勢いよく向きを変える。

両腕を、彼の背中に きつくまわす。

厚い胸に、顔を埋めて ささやいた。 

「抱いて。」

自分の方から口にしたことは、あまり ない。

「パン・・?」

驚きと、戸惑いの混じった声。

それでも トランクスは、わたしの願いを叶えてくれる。

 

優しいキス、 ひどく丁寧な愛撫。

どちらも次第に、熱を帯びてくる。

わたしは まるで、うわごとみたいに彼の名前を繰り返す。

「トランクス・・。」

優しく、時に激しく わたしを愛する、非の打ちどころのない恋人。

そして、今は婚約者。

あと数カ月、 季節が変わる頃には、わたしは彼の妻になる。

 

 

事の後。

トランクスは わたしの髪に、そっと指を通している。

彼は近頃、そうしながら よく、昔のことを話してくれる。

わたしが生まれる前、 まだ少年だった頃のこと。

わたしが小さかった時、 彼が学生だった頃のこと。

それは まるで、13年という差を埋めていく作業のようで、

とても うれしい気持ちになる。

けれども 今夜は、少し様子が違っていた。

「ブラが 長いこと、母さんに劣等感を抱いてたことは知ってるだろ。」

「うん・・。」

「実は おれもさ、そういうの あるんだよね。」

「トランクスが・・?」

 

やっぱり ブルマさんに対して、なのだろうか。

彼の おじいさんであるブリーフ博士、そして二代目のブルマさんとは違い、

科学の道には進まずに、経営の方に徹した社長となったトランクス。

造り手の気持ちが わかっていないと、反発されることが少なくないらしい。

だけど 全く別の言葉を、彼は口にする。

「おれが生まれる前、 それに 赤ん坊だった頃にやって来た あいつ、

 もう一人のトランクスに対してだよ。」

 

心臓が、止まりそうになる。

心の中を、全て見透かされているのかと思った。

もう、ひと月前になる。

タイムマシンの不具合という ありえないような偶然によって、

わたしは その、もう一人の彼と出会った。

ごく短い時間での やりとりだった。

それでも 彼を労いたくて、少しでも安心してもらいたくて、

皆が幸福であることを説いたつもりだった。

安堵に満ちた、けれど どこか寂しげな笑顔が、瞼の裏に焼きついている。

そして、 別れ際のキス・・・。

わたしは抗うことができなかった。

なぜならば、彼もまた トランクスであるからだ。

 

さっき、夢の中で、わたしは彼に抱かれていた。

着ていた物を 花びらを剥がすような手つきで取り去られ、

強い力で 押さえこまれて、執拗に・・・

鼓動が速まり、吐息が浅くなってくる。

これは、裏切りになるのだろうか。

 

「あんまり楽しい話じゃないんだけどさ、パンには 知っててほしいと思って。」

目の前にいるトランクスは、あくまでも淡々と話を続ける。

「別に、比べられたとかではないんだよ。

 そんなことを言う人は、おれたちの周りには いないしね。

 おれだけの、問題なんだ・・。」

 

話の中身は こうだった。

ただ一人 生き残った戦士。

暗黒時代とも呼ぶべき地球に、たった一つ残された希望。

その彼と自分は、もともとは 同じ人間だった。

しかし 家族に囲まれて育ち、何不自由ない環境で 青春を謳歌してきた自分が、

同じように生きられるとは どうしても思えない・・・。

 

「そんな。」 思わず 声が大きくなった。

「わたしは知ってるわ。 

トランクスだって、宇宙を巻き込むような大きな戦いを経験してるじゃないの。」

「そうだね。」

静かな声で、彼は答える。 むきになった わたしを、落ち着かせるように。

「だけど おれは、いつだって 一人じゃ なかったんだよ。」

 

「・・でも、 わたしは 知ってるわ・・。」

そうよ。あまり話してくれなくたって、わたしは ちゃんと知ってる。

「平和で豊かな この世界でだって、トランクスは戦っているのよ。

 大勢の人たちの暮らしを、守ってくれてる。」

そして これからは、もっと もっと知って、この人を支えていくの。

その時の トランクスの顔を、わたしは見ていない。

ベッドの上で 再び、 ううん、三たびか それ以上。

強い力で、抱きすくめられてしまったから。

「おれは 本当に幸せ者だな。パンを奥さんにできて。」

耳元に向かって、ささやきかける。

「それじゃあ もう一回だけ、愛を確かめ合っておこうか。」

 

もうっ。 何言ってるの。

いつもの わたしなら、苦笑いをしながら 片手を上げて、彼を ぶつ真似をしただろう。

彼の方も、冗談で言ったのかもしれない。

だけど、今夜は 離れたくない。 

夜が明けるまで、重なり合っていたいと思う。

心地よい愛撫に 身をまかせながら、わたしは考えている。

別の未来から来た彼と、今 わたしを抱いているトランクスは別人だ。

そのことが、はっきりと わかった。

もう、朝まで眠らない。

でも、それは決して、夢の続きを見てしまうことが 怖いからではない。

 

 

かつて、人造人間の攻撃によって 半壊になったC.C.

だが幸いにも、書庫は ほぼ 無傷で残った。

蔵書の中から おれは、タイムマシンに関するものを取り出し 片っぱしから読みあさっている。

向こうの世界から戻って来た、あの日から。

 

その姿は、数年前の母さんと同じだ。

そして あの頃のおれと同じように、母さんも非難めいたことを口にする。

もっとも、内容の方は 随分違っていたけれど。

 

『何を始める気なの?』

『タイムマシンを、少し 改造しようと思ってね。

 より正確に、間違いなく 行き来できるようにさ。』

『それだけ・・?』

『できたら、一人乗りじゃなく 何人かで乗り込めるようにしたいとも思ってる。』

『トランクス!』

母さんは、まるで叫ぶように おれの名前を呼び掛けた。

 

『好きな人ができたのなら、あんたが向こうに行ってあげなさい。

 わたしのことは、もう心配いらないから。』

『・・母さんを置いては 行けないよ。

 人造人間は いなくなったけど、この世界は まだまだ荒れてる・・。』

『そう思うんなら、その子をこっちに連れてこようなんて考えちゃダメよ。』

穏やかに聞こえる口調で、おれは答えを返した。

『出会ったばかりなんだ。 まだ、 そこまでは考えてないよ。

 とりあえず、もう一度 会って 話がしてみたいんだ。』

『本当ね?』

『・・・。 ねえ、母さん。』

以前から、聞いてみたいと思っていたことを尋ねてみる。

『向こうの世界に行きたいとは思わなかったの?

 父さんに、一目だけでも会いたいって考えなかった?』

 

しばしの沈黙。

ぽつりと、つぶやくように 母さんは答えた。

『向こうには 向こうの、ブルマがいるわ。』

『でも!』

言葉を切って、おれは続ける。

『おれが行って来た世界では、既に亡くなっていた。

 遺された父さんは きっと、もう一度母さんに会いたいって願ってるはずだよ。』

それが、別の世界で生きてきたブルマでも・・・。

 

『あんたが知ってるベジータは、わたしが愛した彼とは別の人なのよ。』

 

自分自身に言い聞かせるような言葉を残し、母さんは部屋を出て行く。

母さんは、おれの前では決して、涙を見せようとはしないから。

 

おれが しようとしていることを、母さんは止められないだろう。

物資は少ないけれど、どうにかするつもりだ。

コンピュータでも、いろいろ調べている。

パスワードは、彼女の名前に変えた。 

教えていないから、母さんは知らない。

 

電源をオフにし、今夜は もう眠ることにする。

きっと また、彼女の夢を見るだろう。

夢の中で おれは、もう 何度も彼女を抱いている。

つややかな黒い髪に顔を埋めて、何度も 何度も、彼女の名前を呼ぶ。

『パン ・・・』