『黒い瞳と青い海』

GT寄りではない、拙サイトオリジナル?のトラパンです。

結婚する ちょっと前の時期のつもりです。

家に帰る気に なれなかった わたしは、

人影のない山々を見下ろしながら、適当に空を飛んでいた。

落ち込んでいる理由、 それは昨夜のパーティーだ。

それほど規模の大きなものではないから、今後の練習と、周りへの紹介を兼ねて・・・

そう説き伏せられて、出席した。

トランクスの婚約者として、初めて。

 

当日着るドレスは、ふさわしい物を用意すると言われた。

でも今回は、とりあえず ブラちゃんに貸してもらうことにした。

その生地やデザインを参考にして 何着か縫ってあげると、おばあちゃんが言ってくれた。

家を出ていく わたしに持たせる、お嫁入り道具の一つにする。

そんなふうに言って、はりきっていた・・・。

 

パーティーでは幸い、大きな失敗などはしていない。

だけど・・・

話しかけてくれた人たちの中に、とても感じの悪い女性がいた。

反芻しなければ気付かないような刺を、言葉の端に 幾度も込める。

言われた者だけが後になって気付く、記号のような意地の悪さ。

 

「気になさることないわよ。 

あのかたはね、トランクス社長にご執心だったの。

だから きっと、あなたのこと妬ましくてたまらないんだわ。」

 

・・・

ご親切にも、そんなことを解説してくれる人までいた。

だけど、トランクスには言えない。

彼のことだ。 気にするな、なんて流してしまわず、

誰がそんなことを、とわたしを問い詰め、面と向かって 文句を言おうとするだろう。

 

なんだか自信を無くしてしまった。

住む世界が違う。

これまで考えたことのなかった言葉が頭に浮かんできて、思わず首を横に振った。

 

トランクスとの結婚が決まってから パパは時折、何とも言い難い複雑な表情を見せる。

その理由は ママや皆が言うように、寂しいからだけではないのかもしれない。

わたしはやっていけるだろうか。

トランクスの奥さんとして、 C.C.の社長夫人として。

 

そして・・・ 

今さらながら、わたしは気付かされた。

ブルマさんが、本当にすごい女性だったということに。

C.C.社の社長であると同時に、大変な実力を持った科学者でもあった。

ベジータさんの妻で、掛け替えのないパートナー。

それに、トランクスとブラちゃんの、たった一人のお母さん。

前向きで明るくて、本当にきれいな人だった。

昨夜のような社交の場では おそらく、水を得た魚のようだったのだろう・・・。

 

そんなことを考えながら 深いため息をついた、その時。

今いる場の空気が、一変したのを感じた。

 

「なに? あれ・・。」

見慣れない形の乗り物が、空に浮かんでいる。

もちろん、ジェットフライヤーなどではない。

かといって、宇宙船の類でもないと思う。

それよりも わたしが驚き、目を疑ったのは・・・

操縦席に座っている人物の姿だ。

 

何か事件に遭ったとしても、むやみに敵を追ってはいけない。

できるだけ身を隠しながら その場を離れ、応援を呼ぶこと。

小さい頃から 何度となく両親に言い含められていたことを、わたしは守らない。

だって・・ 

着陸した謎の乗り物から降り立った その人は、どう見てもトランクスなのだ。

 

わたしのよく知る彼よりも、若い・・ように見える。

髪が長いせいか、雰囲気も少し違う。

それでも伝わってくる気は、間違いなくトランクスのものだった。

他人のそら似でも、何らかの目的のために 姿だけを似せた他人でもない。

つまり、それは・・・。  

わたしは思い出す。

やはり 小さな頃から、何度となく聞かされてきた、とても不思議な話を。 

 

わたしに気付いた彼は、少しうろたえていたように見えた。

けれども なんとか笑顔をつくって、声をかけてくる。

「やあ、 こんにちは。」

「・・・。」

「えーと、おれ、いや僕は、決して あやしい者じゃなくって・・・、」

そう。  この人は、「別の未来」から やって来たトランクスだ。

 

他の皆よりもずいぶん遅れて、ようやく地球に帰り着いたおじいちゃんが

あっけなく病気で死んでしまった、その後の世界。

尽きることのないエネルギーを持て余し、

これといった目的も無く 破壊と殺戮を繰り広げる二人組の敵に、たった一人で挑み続けていたという彼。

 

「トランクス。」   

声に出して、呼んでみる。

すると、彼の表情が変わった。

「君は・・? もしかすると こっちのトランクスの、」

その言葉が終らぬうちに わたしは言った。

「わたしはパンっていうの。 孫悟空の孫、 ・・孫悟飯の娘よ。」

 

「悟飯さんの娘・・  君が・・。」

とても驚いた顔をした後で、彼は小さくつぶやいた。

「悟飯さんは、家族をつくったんだね。」

 

その次に見せてくれた表情は・・ 安堵。

それに、満ち溢れていた。

 

「幸せになったんだね?」

彼からの問いかけに、そうね、と頷いて わたしは続ける。

「ママとはハイスクールで知り合って・・ 同じ大学に進んだの。

卒業する前に、結婚しちゃったのよ。」

 

家にパパとママの昔の友達が遊びにくると、いつもその話になる。

大きなおなかを隠そうともせず ママが卒業式に臨んだことは、今でも語り草になっているらしい。

「一日も早く、一緒になりたかったんだろうね。」

笑顔になった彼を見て、わたしも思わず笑ってしまった。

 

「あの・・ ここへは、どうして?

あなたの世界で、また何か大変なことが起きたの?」

「いや、 その逆なんだ。 無事に片付いたってことを、報告しようと思って。」

少し戸惑った様子で、彼は一旦 言葉を切る。

「あれから一年後を目指したつもりだったんだけどな・・。」

セルという敵と戦った時のパパは、10歳だったと聞いている。

「わたしね、パパが22歳の時の子なのよ。  そのわたしが、今 23歳だから・・。」

なんと、30年以上もずれている。

「故障かしら?」

見たことのない乗り物・・・

実はタイムマシンだったという それに、視線を向ける。

 

「故障じゃなくて、不具合かな。 走行中に小さな障害物があったから・・。」

彼はハッチの扉を開けると、操作パネルの点検を始めた。

「もしかしたら単純な操作ミスかもしれない。 だけど まあ、着陸できたから よかったよ。

 時空の狭間を漂い続けることになったかもしれないからね。」

 

あっさりとした言い方に、驚いてしまう。

ただそれだけの わずかな狂いで、何十年も後の世界に飛んでしまうなんて。

絶望の日々から抜け出すためとはいえ、たった一人の息子を 不確かな旅へと送り出したブルマさん。

やっぱり、すごい人だと思う。

 

「パンさん。」  「えっ?」

一瞬、誰のことだか わからなかった。

「わたしのこと?」

「うん。 だって、23歳なら おれよりも年上だから。」

 

そうなのね。

苦労しているせいなのか、それとも 特別な修行をしたためなのか、

目の前にいる彼は、とても おとなびて見える。

それにしても、さんづけなんて。

道場の後輩達からだって、そんなふうに呼ばれたことは あまり なかった。

 

「あっ、 ごめんね。 なあに?」

「ブルマさんは・・、 こっちの母さんは、元気なのかな。」

「・・・。」

そうか。 そうよね。 彼は知らないのだった。

「あのね、 びっくりしないでね。 ブルマさんは・・。

 もう4年前になるかしら。 病気で亡くなったの。」 

・・・

 

考えないようにしていたことが、脳裏によみがえってくる。

ブルマさんが もう長くないと知った時にも、永遠の眠りについてしまった その時にも、

わたしはトランクスのそばにいてあげなかった。

彼の表情が、そのことを思い出させる。

気がつけば、頬に熱いものが流れていた。

「ごめん、 おれのせいだね。」

ポケットを探っている。

たとえ持っていないとしても、こういう場合はハンカチを探すものらしい。

わたしは あわてて涙をぬぐった。

「違うの。 こっちこそ ごめんなさい。」

 

彼は言った。

「そういうこともあるよね。 あれから、30年以上も経ってるなら。」

自分自身に、言い聞かせるようにつぶやく。

「平和な世界でも、人は死ぬんだな・・。」

そして、尋ねる。

「母さんは、幸せだったかな。 どう思う?」

その問いかけで、わたしは顔を上げる。

「とっても、幸せだったと思うわ。 誰の目から見ても。」

「・・父さんは、まだ地球に?  その、ずっと、母さんと・・ 」

「昔のことは よく知らないんだけど・・・ 」

できるだけ、力強く答えようと思う。  青い瞳を、まっすぐに見つめながら。

 

「わたしにとってのベジータさんはね、怖そうで近寄りがたいけど、

 奥さんのことを とっても大切にしていた人だわ。」

彼が言葉を発する前に、わたしは続けた。

「そしてトランクスとブラちゃんの、怖いけど、優しいところもたくさんあるお父さん。」

「ブラちゃんって・・?」

そうよね。 知らないんだものね。

「トランクスの妹よ。  ブルマさんにそっくりで、だけどお父さんにもやっぱり似てるの。

 わたしと同い年の、幼馴染でもあるのよ。」

それに、もうとっくの昔に結婚して、今4人目がおなかにいるのよ。

旦那さまが誰なのかを教えたら、やっぱり びっくりするんでしょうね・・。

 

「・・ずいぶん、年が離れてるんだね。」

ひとしきり笑った後で、彼は言った。

「母さんは、本当にすごい人だよな・・・。」

 

 

「そうだわ。 ねえ、C.C.に行ってみたらどうかしら。」

そうよ。 もっと早く気付けばよかった。

「科学者にこそならなかったけど、ブラちゃんも 結構メカに強いのよ。

 不具合の原因がわかるんじゃない?」

「うん・・。」

 

少しの間、彼は考えこんでいる様子だった。

けれども、まるで何かを吹っ切るように顔を上げる。

「でも・・、いいかな。 多分、もとの時代に戻るだけなら 何とかなるよ。」

「えっ・・ 一年後の世界に、行かなくていいの?

 みんなに報告したかったんでしょう?」

「実はね、 それ、口実なんだ。」

笑顔を見せて彼は続ける。

「あの戦いの後、みんながどうしてるかが 知りたかったんだ。

でも もう、パンさんからいろいろ聞けたからいいや。」

 

また、その呼び方。

照れ隠しのために わたしは、こんな思いつきを口にする。

タイムマシンを見上げながら。

「あれ、どう見ても一人乗りよね。

 C.C.で、三人乗りくらいに改造してもらえばいいのに。」

「・・それ、前に来た時にも言われたよ。 こっちの母さんに。」

「やっぱり? 

 だってそうしたら、あなたの世界にお手伝いに行けるじゃない?」

苦笑いの後で、彼は答える。 タイムマシンを見つめながら。

「こいつが一人乗りなのはね、資材が足りなかったせいもあるけど、

 今みたいな申し出を断るためでもあるんだよ。」

「どういうこと? ・・どうして?」

「必要以上に、甘えちゃいけないんだ。

 君たちとおれは、本当は別の世界の住人だから。」

 

別の世界。

それは確かに事実だけれど、 とても重たい一言だった。

同時に わたしは、さっき安易に その言葉を思い浮かべてしまったことを恥じた。

 

黙り込んでしまったわたしに、彼は明るく話しかける。

「あと もう一つあるんだ。  一年後の世界に、行かない方がいいと思った理由・・。」

「? なあに?」

「もう一人のおれ、 まだチビのトランクスを いじめちまいそうだからだよ。」

「どうして、 あっ、 ・・ 」

言い終わらぬうちに、肩を引き寄せられる。

両腕に、閉じ込められる形になる。

 

「パンさんは、トランクスの恋人なんだろ。 すぐにわかったよ。」

「・・・。」

抗えないわたしは、やっと、ようやく、言葉を返す。

「やめて、 その呼び方・・。」

腕の力をゆるめることなく、彼は話し始める。

「ここの人達には、本当によくしてもらったよ。 一生忘れないと思う。

 だけど おれ、こっちの世界がうらやましいとは、あんまり思わなかったんだ。」

 

それはやっぱり 心のどこかで、

ここは おれが生きてきた所とは別の世界なんだ、って

感じていたせいだと思う。

そう付け加えた後、彼は言った。

「でも、こっちのトランクスのことだけは とってもうらやましいと思うよ。

 両親と暮らしていたからでも、妹がいるせいでもない。

 君が、いるから・・。」

 

顔が、近づいてくる。

トランクスの瞳の色は、どんなにきれいな海よりも青い。

うんと近くで、もっと長く見つめていたいと思うけれども、それは いつも叶えられない。

何故なら・・・ 

その時には必ず、瞼を閉じることになるためだ。

 

 

都に着いた時には もう、辺りは暗くなっていた。

人が少なくなっているのを幸いに、わたしは宙に浮かんだままで、トランクスのいる社長室を覗いた。

 

「パン。」

トランクスは、すぐに気付いた。

リモコンを使って、窓を開けてくれる。

「どうしたの。 めずらしいね、会社に来てくれるなんて。  それも、こんな所から。」

「ごめんね、 顔をちょっと見たら、すぐに帰るつもりだったの。」

 

机の上の書類の束にも、 コンピュータの画面にも、

わたしには理解できない数字や言語が並んでいる。

「わたし、邪魔よね・・。」

「そんなことない、 うれしいよ。 ただ・・、 」

両腕で、肩を抱き寄せながら続ける。

「パンの顔を見ちゃうと、仕事なんか放り出して どっかに逃げ出したくなるんだよね。 二人だけでさ。」

「そういうのを、邪魔っていうんじゃないかしら。」

 

わたしの問いかけに、トランクスは答えない。

その代わりに、唇が重ねられる。

それはわたしにとって、今日二度目となるキスだった。

 

 

あの時。

やっと離れた唇で、彼は一言だけを残していった。

『幸せにね。』

 

何も言えないわたしを残し、

あっという間にタイムマシンに乗り込んでしまう。

『あなたこそ、うんと幸せになってね。 これまでの分、みんなの分も。』

 

わたしは叫んだ。 聞こえていなくても構わない。

奇妙な形の乗り物が 空高く浮かび上がり、

やがて見えなくなってしまっても、わたしは叫び続けた。

『きっと、そうなるわ。 

 だって トランクスを好きにならない子なんて、いるはずがないもの。』

・・・

 

 

「どうしたの?」

ぼんやりしていた わたしの顔を、トランクスが覗きこんでいる。

「ううん、 何でもないの。」

 

もう一人のトランクスが守り抜いた、もう一つの世界。

そこでも パパとママは出会い、恋をしたのだろうか。

だとしたら、わたしも存在しているんだろうか。

そして いつの日か、彼と出会うことがあるのだろうか。

わからない。

確かなことは・・・

平和な時代に生まれてきた わたしは、

平和を勝ち取った世界で、これからも 生きて、暮らしていく。

今 ここにいる、トランクスと一緒に・・・。

 

わたしは もう、迷わない。

向き合っているトランクスの頬を、伸ばした両手でそっと包んで、

今日 三度目になるキスをした。