264.『少女のころ』

チビ』〜『さくら』まで書いてきました ベジブル学生パラレルの、まとめとして書きました。

どのようにして一緒になったか、というのを一遍のお話にしたくて…。

(最後のつもりでしたが、おまけも書いてしまいました。)

いつもながら、大学やビジネスに関しての記述は適当ですので ご了承ください。]

いじめという言葉は使いたくない。

でも かつて、小学生の頃、わたしはクラスの女の子たちから 仲間外れに されていた。

その理由は…  

いくつか あったのだろうけど、おもに

『はっきりと ものを言いすぎる』 、ということだった。

けれども、わたしが大学生活を送っている この国では、少なくとも そんなことは言われない。

自分自身の考えを持ち、はっきりと言葉にする。

それが できなければ、やってはいけないだろう。

 

けど…

うまくいっている恋人が ちゃんといる男の子に、堂々とアプローチをするのには まいってしまう。

とにかく無愛想なベジータだから、これまでは、そういう心配は あまりなかった。

中学生の頃の、ほんの一時期を除いては。

そう。 わたしに後れをとること三年、

ベジータは やっと、編入のかたちで、こちらの大学に やってきた。

 

「あの子、ほんとうに強引よね。 まったく、イヤになっちゃう!」

相変わらず素っ気ないベジータに、めげずに せまってくる女の子がいるのだ。

「ああ。 おまえと似たタイプだな。」

「! ちょっと! それって、好みだってこと?」

「そうやって 人の言うことを、都合よく受け取るところがだ!」

犬も喰わない痴話喧嘩を繰り返しながらも、異国の地で、私たちは幸せだった。

毎日の講義や試験は とても厳しくて、自由になる時間は少なかった。

それでも、楽しかった。

 

ベジータの、左手を取って 見つめる。

「もう! あんなに言ったのに、やっぱり つけてくれないのね。」

一緒に迎えた、今年の誕生日。

わたしは彼に、指輪がほしいと ねだった。

普段着にも似合うカジュアルな、そう高価ではない物。

ただし、ペアリングだ。  初めから、対になっている。

「フン、 そんなチャラチャラした物をつけられるか。」

「わたしだけ つけたって…。 お揃いにしたいから、指輪がいいって言ったのに。

えっ、待ってよ。 じゃあ あんた、結婚指輪も つけないつもり?」

「 …。 」

 

そう。 わたしたちは、結婚するつもりでいた。

無事に卒業し、仕事に就いて、自分のペースが掴めるようになったら。

そう考え始めたのは、いつからだったろう。

あの、高校一年の初夏の日?

ううん、 もっと、ずーっと前からだ。

ベジータも きっと、そうだと思う。

けれども それは、両親の愛に護られて、恵まれた境遇に いるからこその夢。

そうだったのかもしれない。

 

楽しいだけの日々に、終わりがやってきた。

論文が受理されて、卒業が決定した矢先のこと。

ママが、亡くなったという知らせが届いた。

「嘘でしょ …?」

外出先で倒れて、あっという間だったという。

わたしは、言葉を失った。

 

少し前に、電話で話をしたばかりだった。

内容は、卒業式には何を着るとか、おもに そんな 他愛のないこと。

近頃、たまにだけれど 体調のすぐれない時がある。

そうだ、それも言っていた。

もっと、食い下がればよかった。

病院で、ちゃんと検査を受けなくては駄目。

そう 何度も言えばよかった…。

 

周りの人や ベジータに、大丈夫、とだけ答えて

わたしは帰国の途についた。

一緒に帰ることは できなかった。

彼には まだ、すべきことが たくさん、残っているから。

 

 

不幸というのは、何故 続くのだろう?

ママの葬儀が終わって まだ日が浅いうちに、

パパの会社の製品から、重大な欠陥が見つかった。

大きな騒ぎとなり、関係者は皆、対応に追われた。

同時に、工場の方でも 大きな事故が起こった。

深刻なイメージダウンだ。

そして、もう 数年前のことだけど、

創業以来の付き合いだった メインバンクの破たんもあった。

目に見えない疲れが、溜まっていたのだろうか。

なんと、パパまでもが わたしを置いて、ママの元へと旅立ってしまった。

 

『会社が こんな時だというのに。』

『昔から病院嫌いで、健康診断を受けたことがなかったらしい。』

そんな声に混じって、耳に届いた言葉。

『仲の良すぎる夫婦だったから、離れて暮らすことは できなかったんだろう。』

その言葉が、大きな救いになった。

 

そう言ってくれた、パパの旧い友達。

その人たちに助けられ、わたしは、

学んできたことを そこそこ生かせる仕事に就くことができた。

パパの興した会社は 大きく形を変えることになり、後継者の道は、閉ざされてしまったのだ。

 

一人になった わたしは、マンションで暮らし始めた。

そんな ある日のこと。 チャイムが鳴った。

もしかしたら、帰国して その足で、かもしれない。

突然に、彼は やってきた。

「ベジータ。」

 

あきらかに、彼は怒っていた。

もっとも いつだって、怒ったような顔をしてるんだけど。

「なんで 連絡をよこさないんだ。 こっちからのメールも電話も、ことごとく無視しやがって。」

「ふふっ…。 まるで、わたしのセリフみたいね。」

言い返そうとするベジータを、遮って尋ねる。

「どうして ここが わかったの? この住所を知ってるのは、」

「ああ。 同じ小学校だった、あの女に聞いた。」

電話で? 名簿か何かが、残っていたのだろうか。

「あの女って、チチさんでしょ。 ちゃんと呼びなさい。 それに、中学だって一緒だったわよ。」

ずっと会っていなかったのに、新聞記事を見て、わざわざ お葬式に来てくれた。

だから彼女にだけは、『引っ越しました 』のハガキを出したのだ。

 

それにしても ベジータが、そこまでして会いに来てくれるなんて。

「ね、外に出ましょうよ。」

わたしたちは今、マンションの、玄関の前にいる。

部屋の中には入れていない。

声を落として、わたしは続ける。

「このマンション、隣近所の人が結構 うるさいのよ。

だから、ね。」

不満そうにしながらも、ベジータは言うことを聞いてくれた。

 

促して向かったのは 最寄りの…

かつて 『二人きりになれる所』 と、呼んでいた場所だ。

彼は ためらっていた。

けれど わたしが、そうしたいと言った。

その場所で わたしたちは ろくに ものも言わずに、貪るようにして抱き合った。

わたしの方が、より強く 彼を求めた。

戸惑った顔をしながらも、ベジータは応じてくれた。

 

 

そこを出た後、 とっぷりと暮れた空の下で、わたしは切り出した。

自分のマンションに、帰り着く前に。

「すぐ、戻らなくちゃ ならないんでしょ? 向こうに。」

「ああ。 だが また、すぐに来る。」

「いいわ、無理しないで。  もう、 いいの。」

「なに? どういう意味だ。」

「これ、 返す …。」

 

さっき、ホテルの洗面所で はずした。

しっくりと馴染み過ぎて、なかなか はずれなかった指輪を、

彼に向かって差し出す。

「長い付き合いだったもんね。 

他にも いろいろ もらっちゃったけど、まずは これを返さなきゃ。」

「どういう意味だと聞いているんだ。」

「わたしねえ、もう、別の人と付き合ってるの。 だから、自分の部屋には入れなかったのよ。」

表情を、まったく変えずに ベジータは言った。

「ちゃんと話せ。 つまらん嘘をつくな。」

「なによ! どうして嘘だって決めつけるの? わたしには、何もないと思ってるわけ?」

「おまえは、そういう女じゃないからだ。」 

・・・

なによ、なによ。 そっちこそ、どういう意味よ。

そんなふうに言われちゃったら もう、話すしかないじゃないの。

 

わたしは、観念した。

「わたし、これから、一人で頑張らなきゃいけないでしょう?

少なくとも、しばらくの間は。」

だんだんと、早口になる。

涙と嗚咽に邪魔されて、言えなくなってしまいそうで。

「これまで頑張ってこれたのは、パパとママの おかげだわ。

もちろん、あんたの存在も大きかったけど。」

でも、もう いないから。

小さな声で、付け加える。

 

「それにね、あんたの邪魔を、したくないのよ。 前に 大学で、こんなことを言われたの。」

例の女の子からよ。

あんたと わたしが、子供の頃からの付き合いだって知って…

『ふん、意外と つまんない男だったのね。 女に合わせて、大学や将来を決めるなんてさ。』

くやしまぎれの憎まれ口だと、あの時は あまり、気にしていなかったけど。

 

わたしの言ったことに対し、ベジータは 短い言葉だけを返した。

「また、同じことを繰り返すのか。」

… どういう意味?

大学受験の頃のことを、言ってるの?

けれども 差し出した指輪を、ベジータは受け取った。

「 ! 」

わたしは やっと気がついた。

初めてではないだろうか。

彼が、指輪をつけてくれている…。

 

背を向けて、足早に去っていくベジータ。

まだ 間に合う。

どこからか、追いかけなさいと 声がする。

でも その声を、わたしは無視した。

大好きな家族を、いっぺんに失ってしまった わたし。

だから、怖かった。

同い年のベジータに、べったりと寄りかかってしまうことが。

彼の未来を、狭めてしまうことが。

 

ずっと つけていた指輪が 無くなった手は、なんだか ひどく さみしげに見えた。

「久しぶりに、マニキュアでも塗ろうかしら。 薄い色なら いいわよね。」

そう決めることで やっと、一人の部屋に戻ることができた。

 

マンションの、自分の部屋に ベジータを入れなかったこと。

それは 彼が、帰ってしまった後が つらいからだ。

使ったグラス、 彼の匂いの残るシーツを、いつまでも洗えなくなってしまいそうで、

そんな自分が悲しすぎるから。

本当の理由は、それだった。

 

 

あの日から、いくつかの季節が流れた。

ベジータは もう、とうに卒業したはずだ。

メールで教えてくれた人がいたけど、帰国後の 彼の進路については書かれていなかった。

彼本人からの連絡は、もちろん ない。

どうしているだろう。

恋人は、できただろうか。

まさか、結婚なんて…。

わたしの方は、相変わらず 一人だ。

忙しい日々の中だって、チャンスは もちろん訪れた。

だけど、そんな気にはなれなかったのだ。

 

それはそうと わたしは今、しつこい風邪に悩まされている。

今日は早退させてもらい、内科医院に寄ってきた。

薬を飲むためには まず、食事をとらなくてはならない。

何か買ってくればよかった。

でも、食欲が わかなかった。

もう、お風呂も明日の朝でいい。

今日は さっさと寝てしまおう…。

 

ベッドの中、瞼を閉じて、うとうとし始めた その時。

チャイムが、けたたましく鳴り響いた。

「誰 …?」

傍らの、目覚まし時計が目に入る。

そう遅い時間ではないけれど…。

のろのろとベッドから這い出し、インターホンに向かって尋ねる。

「どなたですか?」

返事がない。 モニターにも、誰も映ってない。

気味が悪くなった わたしは、

鍵だけでなく ドアチェーンもかけようと思い、

玄関へ向かった。  

すると、 「俺だ。 いるなら さっさと開けろ。」

聞き慣れた声が、耳に飛び込んできた。

「ベジータ …!?」

カチャリ、と鍵を開ける。

同時に、勢いよく ドアが開いた。

 

「あ、 … 」

最後に会った時と、見た目は ほとんど変わっていない。

それよりも荷物だ。

やたらと大きなスーツケース。

片手には なんと、スーパーの袋をぶら下げている。

スーツケースは そのままに、靴を脱いで、勝手に部屋に上がり込む。

「なんで? ねえ、どうしてよ。」

「ちょうど、隣の住人が帰ってきたからな。 わけを話して、一緒に入った。」

このマンションは小さいけれど、オートロック式なのだ。

「わけって いったい、何を話したのよ。 隣の人、結構うるさいタイプなのに… 

じゃなくって! わたしたち、別れたはずでしょう?」

「そんな 覚えはない。」

ごく短く そう答えて、彼は さっさとキッチンに立った。

 

「買い置きが何もないな。 汚れていないのはいいが。」

「だって、お料理、ほとんど しないもの…。」

というか、できないのだ。

大学時代は寮だったし、その前は全てママ任せで、何もしなかった。

「フン、やっぱりな。」

ベジータは うちにある最小限の調理器具を使って、シチューを作ってくれた。

風邪で早退したことを、知っていたらしい。

会社に電話をしたのだろうか。

 

「どうして、こんなことしてくれるの?」

「俺は、したいことしか しない。」

一旦、言葉を切る。

「努力も我慢も、自分自身の意志で決めたこと、したいことを するためだ。 

おまえも そうだろう。」

「それは、まあ そうだけど …、」

「だったら もう、つまらんことを言うな。」

ベジータの左手の薬指には、例の指輪が光っていた。

わたしの視線に気付いた彼は ポケットを探り、あの日返した わたしの物も出してくれる。

「二十歳の あの時、俺は、おまえの両親と約束したんだ。」

「ベジータ …。」

「母親の方からは、その前から何度も頼まれていた。

もちろん、おまえのことをだ。」

 

溢れる涙を拭いながら、笑顔をつくって わたしは言った。

「シチュー、おいしかったわ。

不思議ね。 ママが作ってくれたものと、同じ味だった。」

「… 箱の裏を見て、その通りに作っただけだ。」

「箱の裏? ああ、レシピが書いてあるんだっけ!」

「おまえは… 利口なのかバカなのか、わからん時があるな。」

言い返そうとしたら、激しく咳き込んだ。

「薬を飲んで、さっさと寝ろ。」

「一緒に?」

「バカ言うな! うつす気か!」

 

ベジータが声を荒げた数秒のち、壁が、ドンと鳴った。

「きゃっ… 」

肩をすぼめ、小声で訴える。

「隣の人だわ。 言ったでしょ、うるさいのよ。 

あーあ。 今度 顔を合わせたら、何かイヤミを言ってくるだろうな。」

「チッ。 オートロックなんて 御大層なわりには、大したことが無いな。

金を貯めて、こんな部屋は すぐに出るぞ。」

不機嫌そうに言い放ち、彼は ソファに横たわった。

かろうじて、クッションを枕にして。

「? 帰らないの?」

「ここの方が通勤の便がいい。

それに、時間を作って外で会うよりも合理的だ。」

「それって、 一緒に住むってこと?」

答えない。

けれども それは、肯定の証しだ。

「通勤って、そういえば あんた、どこに入社したの?」

一拍置いて、彼は答えた。

C.C.社だ。」

「ベジータ…。」

 

さまざまな感情が押し寄せて、わたしは胸がいっぱいになる。

亡くなったパパが興した、だけど今では、変わってしまったC.C.社。

「社長になる? いつか。」

「さあな。」

彼は やはり、否定も肯定もしない。

けど その口元には、自信ありげな笑みが浮かんでいた。

 

 

その夜から、一緒に暮らし始めた わたしたち。

だけど お金は、思っていたより貯まらなかった。

それでも、少し無理をして引っ越した。

どうしてかというと、あれから すぐ、子供ができてしまったから。

あの隣人がいては、子育てなんか とても、できそうにない。

 

働きながら子供を育てることは 大変で、

わたしとベジータは何度も、派手なケンカをしてしまった。

でも そのたびに、仲直りをした。

トランクスと名付けた わたしたちの息子は、幸いなことに とっても丈夫だ。

成長するにつれ、楽になっていくだろう。

そうなれば、あと一人は ほしいけど…。

まあ、つまり わたしは、とても幸せだということだ。

時々 人から 意地の悪いことを言われるのは、

幸せすぎるせいなのかもしれない。

 

ところで、少女の頃に思い描いていた わたしの夢は、ほとんど叶ったのだ。

わたしの夢、 それは パパとママのように お互いを深く愛し、

子供に愛を注いでいくこと。

そして パパのように、自分の仕事を愛すること…。

必ずしも、会社を継ぐということではなかったから。

 

小学6年生の頃、

ずーっと隣の席だった、無愛想な、目つきの悪い男の子。

小柄で、多分 今でも わたしの方が背が高い。

だけど あの頃から、ずっと 大好き。 

彼は今、愛する夫で、息子のパパで、

掛け替えのない わたしの家族だ。