315.『新婚さん?』

少女のころ』で端折ってしまった部分を補完しました。]

同じ部屋で暮らし始めて、良くないと思ったこと。

それは、きちんとメイクやお洒落をした、きれいな姿だけを見せられなくなったことだ。

まあ もっとも、小学生の頃の 給食当番のかっぽう着や、

中学時代の、ありえないほど ださいジャージー姿だって知っているんだけどね。

お互いに。

それに…  よかったことの方が、ずーっと多い。

仕事で遅く帰ることが続いて あまり話せなかったとしても、

何日もの間 会えないということは なくなったもの。

 

夜中に 部屋に帰り着く。 ベジータは、もう寝ている。

さっと シャワーだけを済ませて、わたしも横になる。

彼は熟睡していない。 声をかければ多分、返事をしてくれると思う。

だけど、そうしない。

背中に額を そっとつける、ただ それだけで、何だか とっても幸せだから…

今はね。

 

朝。 早く目覚めたから わりと、時間に余裕がある。

もう起きている彼に、声をかける。

「ねえ、お風呂に入らない?」

ボイラーの音がうるさいと、隣人から文句を言われるかもしれない。

でも、構いやしない。

狭いバスタブの中、少なめに張った お湯に体を沈める。

ベジータと、二人で。

 

お湯の中、向き合っている わたしたちは ごく自然に、唇を合わせる。

ついては離れ、そのたびに熱を帯びてくる。

焦れた わたしは、座っている彼の下半身をめがけて、一気に腰を沈めた。

「ん …っ、」

「何しやがる。 やめろ。」

「いいじゃない。 ちょっとだけ…。」

生真面目なところのあるベジータは、避妊を怠らない。

直に交わるのは こういう時、わたしの方からに限られる。

これ以上できないくらいに肌を押し付け、力を抜いて、ぐっと込めて。

何度も、それを繰り返す。

「は、 あ… 」

「どけ。 いい加減にしろよ。」

ふん、だ。 やせ我慢しちゃって…。

「わかったわよ。」

仕方なく、言われたとおりにした。

 

「じゃあ、続きは夜ね。 今日は多分、早めに帰ってこられるから。

 でも、あんたの方はどうなの?…  あ!」

背中を向けた途端に、背後から、両手で胸を掴まれた。

「なによ、 あ… あっ、」

壁に手をついた形で立たされ、腰を、今さっき胸を掴んだのと同じような強さで固定される。

そして、一気に貫かれる。

「ちょっと! こんなの…っ 」

「おまえが、悪いんだ …。」

 

声が、勝手に、まるで ほとばしるように出てくる。

ベッドの中では いつも、なるべく我慢するようにしている。

息継ぎみたいにキスをねだって、そうじゃなければ、枕やシーツに顔を埋める。

でも 今は、それは できない。

他のことは もう、何にも考えられない。 今は。

 

その翌月、妊娠していることが わかった。

間違いなく、あの朝に できた。

 

休日の昼下がり、ベジータに向かって話しかける。

「この子、すっごく生命力が強いわ。

 だって あの後 遅刻しそうになって、駅の階段をダッシュしたりしたのに

 へっちゃらだったんだもの。」

「…。」

「そうだわ。 ねえ、もし 男の子だったら、トランクスって名前にしていい?」

彼は少し 驚いた様子だ。

「もう、名前まで考えているのか。」

「あのね、トランクスってね、わたしの弟の名前なのよ。」

この話は、誰にも したことがない。 できるだけ、あっさりと続ける。

「妹だったのかもしれないんだけど… 

生まれてくる前に死んじゃったから、わかんないの。

 でもね、パパもママも、男の子って思ってたみたい。」

 

しばしののち、ベジータが口を開いた。

「おまえの方は、体は大丈夫なのか。」

「あっ、 うん。 でも、本格的な つわりって、これからなのかも。

 具合が悪くて、家事ができなくなっちゃったら ごめんね。」

「今も、たいして やってないだろうが!」

その声は、何だか とても優しかった。

 

「うーん…。」

実は さっきから ネットで、いわゆる 『二人だけの結婚式』 について調べていた。

ちゃんとした式は もう面倒だけど、記念写真だけは撮りたいと思ったのだ。

「いっぱい ありすぎて、何がいいのか わかんなくなっちゃう。

 ねえったら。 あんたも少しは見て、意見を出してよ。」

返事は無い。

けれど 意外にも、彼も自分のPCを開いた。

数分後、これまた意外なことに、何かをプリントアウトし始めた。

「なに なに? どこか、いい所があったの?」

「出かけるぞ。」

 

身軽ではなくなった わたしを、気遣ってくれているのだろうか?

しっかりと手をつなぎ、向かった先は…

「えっ? ここ?」

区役所だった。

「でも、今日は お休みじゃないの? …あら。」

迷うことなく、通用口の方へ進む。

さっき 彼は、これを調べていたらしい。

当直室のような部屋には 係の人が ちゃんといて、

うちのプリンターで出した婚姻届を 受け取ってくれた。

「不備が見つかりましたら もう一度来ていただきますが、とりあえず本日受理しました。

 おめでとうございます!」

拍手までしてくれる。

全然知らない人だけど、やっぱり うれしかった。

ベジータと わたしは今日、本当の夫婦になったのだ。

 

そこを出てから、わたしは気づいた。

「そうだわ、今日、○月×日って…、」

「なんだ。」

「パパとママの結婚記念日なのよ。 わあっ、すごい偶然!」

独り言のように続ける。

「天国で きっと、すごく喜んでくれてるわ。 でも、孫を抱けないことは残念がってるわね。

 わたしの、花嫁姿を見られなかったことも。」

そう 付け加えながら、ちらりと彼の顔を見た。

小さく 舌打ちをしたベジータ。

わたしたちは その足で、目についた写真館に入った。

 

数は あまり なかったけれど、好みのデザインの物を見つけた。

わたしのウェディングドレス姿は、なかなかのものだったと思う。

お店のホームページのトップに載せたいと、スタッフの人が言ってくれたくらいだもの。

それなのに ベジータときたら一言も、きれいだとは言ってくれなかった。

考えてみれば、結婚しようとも、はっきりとは言われていない。

それを言ったら、愛してるとも、好きだとさえ 言ってもらったことがなかった。

 

その夜。 夢の中に、パパとママが出てきた。

口々に、二人は言う。

『仕方がないさ。 ベジータくんは素晴らしい青年だが、ものすごく照れ屋だからなあ。』

『そうですとも。 でも ブルマさんは、ちゃんと わかっているんでしょう?』

わたしは尋ねた。

『? 何を?』

『もちろん、彼の気持ちを、よ。』

もっと話したかったのに、夢は そこで終わってしまった。

うん、 そうよね、 わかってる。

わたしは ちゃんと、わかってる…。

 

起きる時間は まだ先だ。

隣で眠るベジータの、背中に そっと額をつける。

こっちを向いても、向かなくてもいい。

どちらにしても、わたしは とっても幸せだから。

まだ 膨らんでいない おなかに手を当てる。

大きくなっていくにつれ、生まれる前から、さまざまな自己主張をしてくるのだろう。

でも それも、とても幸せなことなのだ。

そのことも、わたしは ちゃんと、わかってる。