HIS LOVE

もしも、明日が MY LOVE YOUR LOVE と続きました

未来天ブラの最終章です (でも、オマケも書いちゃいました)。]

戦いの場に出向くことを、わたしは許してもらえなかった。

ママと一緒に訪れたカメハウスの、TVで観戦していたのだ。

あの 恐ろしい戦いを、火の粉の降りかかることのない、安全な場所で。

だって わたしにできることは、もはや何も無かったのだ。

あるとすれば、祈ること、

そして、邪魔をしないことだけだった。

 

TVの放送は、途中で途切れた。

再開した時には、戦士たちの姿は もう見えず・・・

ミスター・サタンという格闘家が、セルを倒したことになっていた。

 

急いでC.C.に戻ると、ヤムチャさんが来ていた。

ママとわたしは それで ようやく、事の顛末を知った。

 

悟空さんが亡くなった。

その事実を知った わたしが まず考えたのは やはり、悟天のことだった。

せっかく病死を免れたというのに・・・

悟天はいったい、どんな気持ちでいるだろうか。

 

声を荒げて、ママは訴えた。

「いくら二度目の死っていっても、生き返れないなんて おかしいわよ。

孫くんは いわば、この地球の救い主でしょう!?」

言葉を切って 続ける。

「ううん、 もはや地球だけの話じゃないわ。

だいたい、今の神様って ナメック星にいたデンデって子でしょう?

そのことは、よく知ってるはずよね?」

 

言い終わるのを待って、 静かな声で ヤムチャさんは告げた。

悟空さんが、自分の意志で 生き返るのを拒んだということ、

そして・・・

その理由に、 かつて ママが口にした言葉を、挙げていたことを。

 

しばらくの間、 ママは黙っていた。

ショックを受けているんだと思った。

ヤムチャさんも、ひどく複雑そうな表情だ。

けど、後になって、良くない形で知らされるよりは・・・

そう 思ったのだろう。

何故ならば、 悟空さんとママとヤムチャさんの三人は、

ドラゴンボールを探す旅で知り合った、一番最初の仲間だから。

 

けれど、しっかりとした声で、ママは わたしに こう言った。

「ブラ。 パオズ山に・・ 悟天くんに会いに行くんでしょ。」

「・・・ うん。」

「日が落ちたら 寒くなるわよ。 これを着て行きなさい。」

はおっていたシャツを脱いで、肩に着せかけてくれる。

甘く優しいママの匂いに、鼻孔をくすぐられる。

「ありがと。 でも、ママも上に何か着てね。」

シャツを脱いだママは、タンクトップ姿だ。

トランクスを産んでから、ヘアスタイルは おとなしめになったけれども

服装は あまり変わらないみたいだ。

 

「また、下品って言われちゃうわよ。」

「ふふっ・・。 あれはね、妬いてるのよ。 他の男に見せるなってことなの。」

目を伏せて、小さく笑う。

「そういう 微妙な感情を、伝える言葉を知らないのよね。

あいつ、 ううん、あいつら サイヤ人は!」

最後は、涙まじりになった。

「ママ・・・。」

「わたしは平気よ。 行ってあげなさい。」

そう言って、涙を拭う仕草をしながら、テラスのガラス戸を開けてくれた。

 

地面を蹴って、空に浮かび上がる。

夕闇のせまる 空の上から見下ろすと、ママは まだ、こちらに向かって手を振ってくれていた。

それを 振り切るようにして、わたしは飛んだ。

パオズ山、孫家に向かって・・・  ではなくて、

悟天の気を 目指して。

 

 

とっぷりと暮れた空の上。

孫家にたどり着く前に、わたしは悟天に会うことができた。

悟天も、こちらに向かっていたのだ。

 

彼の姿を目にした わたしは、しばしの間 言葉を失う。

でも あえて、それにはふれずに、わざと明るく話しかける。

「ちょっと、 大丈夫? すっごく疲れてるみたいよ。」

「お母さんと、おんなじこと 言ってら・・。」

小さくつぶやいた後、続ける。

「おれは疲れてなんかいないよ。 おれは何にも、できなかったもの。」

セルという敵との、戦いのことを言っているのだ。

 

「それは・・。 だけど、他のみんなだって、」

「おれ、精神と時の部屋にだって、入れてもらったんだよ。

でも、苦しかった。  どうしても、最後までは いられなかったんだ・・・。」

「それだって、すごいわよ。」

「さっき、家で、お母さんが泣いてた。  床に突っ伏して、大きな声で。」

「悟天・・。」

とめどなく流れる涙が、彼の頬を濡らしている。

 

「ねえ、」

思わず、尋ねてしまう。

「悟天は、うちのママのことを恨んでる?

悟空さんが 生き返ることを拒んだのは、ママが言ったことのせいだって思う?」

「思わないよ。」

きっぱりと答える。

「あれは、お父さんが決めたことだ。

おれも、兄ちゃんや 他のみんなと同じように、納得しようとした。

けど、家に戻って お母さんの顔を見ちまったら ダメだったんだ。」

 

時折 嗚咽を漏らしながら、悟天は続けた。

涙を拭うことも、忘れてしまったように。

「おれが生まれる前、 お父さんが病気で死んだ時にも、お母さんは きっと、あんなふうに泣いたんだ。

おれたちが来たって、結局、同じ・・・ 」

「同じなんかじゃないわよ!」

遮るかたちになる。 だけど、言わずには いられない。

「セルに殺された人達は ちゃんと生き返れたわ。

この世界を守ることはできたのよ。 それに、」

そうよ。 悟天は、重要なことを忘れている。

大きな悲しみのせいで。

「悟飯さんは、死なずに済むじゃない。 そうでしょ?」

 

「・・・。」

「これから 勉強を もっともっと頑張って、上の学校に進んで・・

そうだわ。 恋人とは、そこで知り合うんじゃないかしら。 こっちの世界では。」

わたしは必死に、言葉を探した。

「幸せを掴んで、しっかりと夢を叶えるのよ。

平和な地球で ずっと、楽しく暮らしていくんだわ。」

 

ぽつり、と悟天は つぶやいた。

ほんの少しだけ、笑ったような顔になって。

「お父さんと、おんなじようなこと言ってら。」

 

空の上。 

また背が伸びた彼の、肩を引き寄せる。

彼は何も言わずに、されるがままになっている。

いつの間にか 「僕」ではなくて、「おれ」 と言うようになっていた悟天。

その髪に、そっと指をくぐらせる。

今は、いつもどおりの黒い髪。

だけど さっきまでは、黄金色に輝いていた。

そのことに、彼は まだ、気付いていないようだ。

 

わたしたちは 長いこと、そのままでいた。

厚い雲に覆われて、月も星も、どこかに行ってしまったような夜だった。

 

 

次の朝。

わたしは、パパの部屋を訪ねた。

広いC.C.の中の、その部屋に いるということは、すぐに わかった。

戦士とはいえない わたしだけれど、気を探るのは得意で、速い。

だから 部屋に漂っている、ママの気配も感じ取ることができる。

ママは、昨夜 この部屋にいた。

 

窓辺に立ち、こちらに背を向けているパパに、語りかける。

「タイムマシンのチャージが済み次第、出発します。」

何も言ってくれない。

だったら もう、単刀直入に切り出すことにする。

「これから、どうするんですか?

宇宙に戻るの? それとも、地球に・・ ここに残るの?」

「・・・。 おまえに、答える必要があるか?」

 

冷淡な答え。

だけど、こっちを、わたしの方を向いてくれた。

「少しは、あると思うわ。」

ポケットを探り、写真を取りだした。

写真は、2枚持ってきた。

1枚は、ここに来た時に 皆に見せた、ママが、赤ん坊だった わたしを抱いているところ。

それとは別の もう1枚を、パパに向かって差し出す。

「合成じゃないわよ。 

そうだとしたら、もっと ちゃんと写ってるはずでしょう?」

受け取ってはくれた。けど すぐに、そばにあったテーブルの上に置いてしまう。

「これは、俺じゃない。」

 

「そうね。 だけど、もともとは同じ人だったのよ。」

言葉を切って、続ける。

目の前にいる パパの、鋭い目をまっすぐに見つめながら。

「別人になったのは、悟天と わたしが この世界に来たから。

ママが・・ わたしを育ててくれたママが、タイムマシンで送り出してくれたから。 

そうでしょ!?」

 

「だったら、何だ? 何が言いたい?」

「・・・。」

しばしの沈黙。

「いいえ、何にも。 もう、行きます。 お元気で。」

頭を下げて、きびすを返した その時。

「待て。」

パパに、呼び止められた。

「忘れ物だ。」

テーブルに置かれたままの、写真のことだった。

「もう、いらないわ。 捨ててください。」

 

部屋を出て、長い廊下を早足で歩く。

そう。 もう、いらないのだ。

あの写真は 長いこと、わたしの宝物だった。

だけど、新しい思い出ができたから もう、いい。

パパに会うこと、話をすること。

それは、わたしの夢の 一つだったから。

 

 

ついに この時が、別れの時が やって来た。

皆に見送られて、悟天と わたしは タイムマシンに乗り込む。

ハッチの扉を閉じると、ひどく窮屈になる。

本当は一人乗りなのだから、仕方がない。

 

空高く、浮かび上がる。

メインのスイッチは、まだ押していない。

美しい この世界を、目に焼き付けておきたいからだ。

 

「ブラって、結構 泣き虫だよね。」

からかうような 悟天の言葉に、目元を拭って 言い返す。

「なによ。 あんたに言われたくないわ。」

「おれは もう、泣かないよ。 お母さんも、今日は もう、泣いてなかった。」

悟天と、悟飯さんのお母さんであるチチさんは、見送りには来なかった。

だけど その代わり、お弁当の入った 大きな包みを持たせてくれた。

「タイムマシンの中じゃ 食事なんか とてもできないって、何度も言ったのになあ。」

そんなことを言いながらも、とても うれしそうだ。

 

「そうだ。 最後にさ、こっそり教えてくれたんだよ。

兄ちゃんには、まだ話してないって。」

「? なあに?」

「この世界にも ようやく、おれが生まれてくるんだよ。」

悟天の笑顔に向かって、わたしは言った。

「きっと、トランクスの いい友達になるわね。」

「そうだね。 ブラも、じきに産まれてくるんだろうな。

こっちじゃ、トランクスの妹になるんだね。」

「だと いいんだけど・・。」

わたしは 言葉を濁した。

パパとママは、これから どうなるんだろう。

ママの願いは、叶えられるんだろうか。

 

「あっ!」

悟天が、大きな声をあげた。

「どうしたの?」 「ほら、 見て!」

「・・・?」

遥か彼方を、指さしている。

「君のお父さんがいるよ。 こっちを見てる。 見送ってくれてるんだよ。」

「・・ほんとに?」

目を凝らしたけれども、よく 見えない。

「本当だよ。 みんなみたいに手はふってくれてないけど・・

ピースサインをしてるよ!」

「嘘!」

さすがに、笑ってしまった。

 

「嘘ばっかり。 だいたい、そこまで見えるはずないでしょ。」

「見えるよ。 おれさ、すっごく目がいいみたいなんだ。

こっちでも、いろんな人に褒められたもの。」

「へえ・・。」

邪気の無い、黒い瞳を見つめる。

昨夜、 翡翠の色に変わっていたそれは、止まらない涙で濡れていた。

 

「兄ちゃんや君と違って、本を読むのが好きじゃないせいかなあ。」

呑気な声。

「悟天って、悟空さんに似てるわよね。」

そう、 ずっと思っていた。

兄である悟飯さんよりも。 

チチさんもきっと、そう思っていたのだろう。

「こっちの悟天が生まれたら、トランクスとは友達で、同時に ライバルにもなりそうね。」

 

ああ 本当に、悟天が、そしてママが言ってくれたように、

この世界にも わたしが生まれてくればいい。

一つだけ、思い残していることがあるのだ。

顔を見ながら、パパと呼ぶことは ついにできなかった。

だから・・・

こっちのブラには、そうしてほしい。

何度も たくさん、呼びかけてほしい。

わたしの分まで。

 

「じゃあ、 そろそろ行こう。」

「うん。」

 

スイッチが作動する。

来た時と同じ、 ありえないスピードと圧力。

わたしたちはお互いの手を、しっかりと握りしめている。

 

頑張ろうね。

わたしたちの産まれた世界も 絶対、平和にしようね。

その、言葉の代わりに。

 

 

あの 別れの日から、15年余りの歳月が流れた。

 

日曜日のC.C.。 

せっかくの休日だというのに、ブルマは少々 不機嫌だった。

先日、遅くに授かった娘が 三歳の誕生日を迎えた。

その記念に、家族そろって きちんとした写真をと思い、いろいろと 計画をたてていた。

なのに 直前になって、偏屈な夫が つべこべ言いだしたため

日延べすることになってしまった。

 

それは まあ、これまでにも 似たようなことが何度もあり、慣れている。

もう一つの理由は・・・

些細なことだ。 娘が、部屋をひどく散らかしたのだ。

この子ときたら、写真を見ることが とても好きらしい。

もっとも、写真といっても 家族や友人が写っているものに限られる。

よく知っている人達の、今よりも若い、あるいは幼い頃の姿に、強い関心を示すのだ。

 

しまってあったアルバムを何冊も引っ張り出してきて、

しかも ただ眺めるだけでは飽き足らないのか、ページから剥がしてしまう。

きれいに並べて 飾ってあった写真立てにも もちろん、娘の手が及んでいる。

「やれやれ・・。」

テーブルや床の上に散乱した 何十枚もの写真を見て、ブルマはため息をついた。

 

「あら?」

片付けていた手が止まった。

「これ、 ベジータじゃない。 こんな写真、撮ったかしら・・。」

それは、隠し撮りとまでは いかないが、やや不自然なアングルだ。

開きかけたドアから、素早くシャッターを切ったのだろうか。

 

写真の中の彼は、赤ん坊を抱いている。

娘であることは、髪の色で すぐにわかる。

けれど、三年前に撮ったものではないと思う。

背景はC.C.? いや、違う。 もしかしたら、病院?

それは そうと、端の所がずいぶん傷んでいる。

まるで 誰かが、長い間 持ち歩いていたような・・・

「あっ・・ !」

ブルマは声をあげた。

「ブラ!」

 

娘の名前を、口にする。

ただし、三歳になったばかりの 幼い娘ではない。

もう二十年近くも前に、タイムマシンでやってきた女の子。

あの子が持ってきた、 そして置いていった写真だった。

 

「ママ!」

小さな娘が駆け寄って来て、心配そうに顔を覗き込む。

だが すぐに部屋を出て行き、 広いC.C.の中、

迷うことなく 兄と、父のいる方へと駆けていく。

時間ではなく 気で、重力室でのトレーニングが終わったことを理解したのだ。

 

「たいへんよ! ママが泣いてるの!」

妹の訴えに、兄であるトランクスが答える。

「泣いてる? どうしてだよ。 何かあったのか?」

「わかんない。 さっき、パパとケンカしちゃったせいかも。」

「いつものことだろ、そんなの。 そんなことで、泣くかなあ。」

 

涙の理由。

それは いちどきに、さまざまなことを思い出したから。

そして、今が とても、とても 幸せだから。 

だが 尋ねられたら、わざと 別の理由を告げるかもしれない。

言葉にすること、 しないこと。

日々の暮らしの中で 何度も それを繰り返して、

ブルマは、あの難しい男を引き留め、いつの間にか 家族にしてしまったのだ。

 

「ほらー、パパ、早く! ママに謝って!」

父親の手を引いて、ブラが再び 部屋に戻ってきた。

涙を拭って、ブルマは きれいな笑顔を見せる。

愛しい子供たちの父親、愛する夫に向けて。