このパターンのトラパン話の 一応の最終話です。 ]
今日も おれはパンちゃんと、例のホテルの一室で過ごしている。
トイレに立ったついでに シャワーを浴びようと思い、浴室に入った。
ここは特別室だから、ユニットバスなどではない。 それなりの広さのある、ちゃんとしたバスルームだ。
熱めのお湯で体を流していたら、扉が開いた。
「一応、ノックしたもん。」
「そう? シャワーの音で聞こえなかったよ・・ じゃなくて! パンちゃん?」
照れ隠しなのだろう。 彼女は ずんずん歩いていくと、バスタブにお湯を溜め始めた。
C.C.社製のバスシステムだから、またたく間に いっぱいになる。
子供のように肩までつかってから、はっとした様子でパンちゃんは言った。
「いけない! かけ湯するのを忘れちゃったわ!」
「いいよ、そんなの。 温泉じゃないんだから。」
苦笑しながら、おれもバスタブの中に入っていく。
体を自然に寄せ合って、 腕を、お互いの肩や背中に絡める。
胸を弄んでいた 片方の手が、ゆっくりと下におりてくる。
ある個所で、一旦止まった指先が、速く、遅く、短い距離の行き来を始めた。
「ん、 あ ・・・」
今は、お湯の中にいる。 当たり前だけど、何も着けていない。
いつものように 布を隔てていないから、痺れるような快感が、体中に広がっていく・・・。
きつく瞼を閉じながら、こんなことを考えている。
どうしてだったか 覚えてないけど、以前 こんな会話をした。
『うちのパパとママね、時々だけど 二人でお風呂に入ってるのよ。 夜、遅い時間にね。』
『そうかあ。 パンちゃんは、気付かないふりをしてあげてるんだね。』
『そうよ。 いい娘でしょ。 ブルマさんたちは? ・・時々じゃないんだっけ。
以前、ブラちゃんから聞いたわ。』
『そうなんだよ。 今じゃ もう、気にせずに 好きな時間に入ってるよ。』
・・・
男と女が、二人一緒にお風呂に入るって こういうことなんだろうか?
溢れてくる声を 何とか押さえたくて、何度もキスを求めてしまう。
それは、泳いでいる時の息つぎに似ている。
繰り返す、浅い呼吸。
ああ、 もっと、 深く吸い込みたいのに・・。
その時。 立ち上がったトランクスに、抱きかかえられた。
バスルームを出て、申し訳程度に体を拭った後、ベッドの上に寝かされた。
脚を大きく開かされ、 さっきと同じようなことをされる。
だけど やっぱり、何かが違う。 わたしたちは このまま、一つになってしまうんだろうか?
けれども そうはならなかった。 携帯電話の、着信音が鳴ったからだ。
わたしのだ。 失敗した。
電源を、切ったつもりで 忘れていた。
上着のポケットに放り込まれていた それは、すぐに見つけることが出来た。
「ダメだよ、出なきゃ。」
彼女が おれにそうするように、手渡してやる。
しぶしぶと受け取って、電話に出たパンちゃん。
幸いと言うべきなのだろうか。 かけてきたのは家族ではなく、学校の友達だったようだ。
受け答えから察するに、何人かで集まっているから顔を出さないか、そんな感じの誘いらしい。
行っておいで、と言おうと思った。
パンちゃんは いつも、おれの都合に合わせてくれている。
仕事の電話が入った時でも、不満を漏らしたことはない・・。
でも きっぱりと、彼女は告げた。
「ごめんね。 今日は、どうしてもダメなの。 明日、学校でね!」
・・・ もし、おれが同年代だったら。
合流して、皆で一緒に どこかに行って遊んだりするのかな。
なんだか ちょっと 寂しいような、複雑な気分になった。
服を身につけながら言う。
「喉が乾いちゃったな。 ルームサービスも飽きたし、出ようか。」
「まだ、時間あるのに・・。」
「階下のティールームが新しくなったんだよ。 せっかくだから行ってみようよ。」
少々不満げだったけれど、パンちゃんも身支度を始めた。
エレベーターを降りて、目的の店に向かって歩いていく。
すると 壁面に飾られている大きなパネルが、視界に飛び込んできた。
「そうか、 チャペルも新しくなるんだったな。」
きれいなモデルを起用した、ファッション誌の中身のように洒落た写真。
けど要は、ブライダルプランの広告だ。
純白のドレスに身を包んだモデルは 黒い髪で、瞳は透き通るように 明るいブルーだ。
おれが思っていたことを、パンちゃんが先に 口にした。
「この人、ママに似てるわ。」
小さな頃から 何度も目にしてきた、パパとママの結婚式の写真。
パネルの中の女の人・・ モデルさんは、花嫁姿のママに似ていた。
トランクスは言う。
「なつかしいな、悟飯さんたちの結婚式。 そういえばさ、」
言葉を切って続ける。
「パンちゃんって、あの時 もう ちゃんと、この世にいたんだよね。」
「そうよ。 ママのおなかの中から、いろいろ聞いてたんだから。 みんなや、トランクスの声も。」
そっと、優しく、唇が重ねられた。
通る人 皆に見られている気がして、ちょっと恥ずかしい。
やっと離れた後で、こんなことを言いだす。
「結婚式、 ここのチャペルで挙げちゃおうか。 近場すぎるかな。」
「・・・。 その前に、何か 言うことはないの? パパたちにもだけど、わたしにだって。」
「あれ? まだ言ってなかったっけ? それじゃあね、・・ C.C.社の、社長夫人になってみない?」
「もうっ。 ちゃんと言ってよー。」
そんなやりとりをしていた時。 背後に、とても よく知っている気を感じた。
立っていたのは、 「サタンおじいちゃん!」
「パ、パ、パンちゃん! こんな所で何をやって・・」
「こんにちは。 お久しぶりです。」 とりあえず、頭を下げる。
怒りの表情は変わらないけど、この人は何ていうか、わかりやすくて いいよな。
よし、ここは ひとつ、リハーサルのつもりで・・。
「報告が遅くなって すみません。
パンちゃんとは、一年ほど前から お付き合いをさせてもらってます。」
「な、な、な ・・・! パンちゃんは まだ、高校生なんだぞ!」
そう、 そうなんだよ。 一年前なんか、中学生だったんだよな。
下手したら、逮捕されちまうよ。
「決して いい加減な気持ちじゃありません。
何年か経って 彼女の気持ちが変わらなければ、一緒になりたいと思ってます。」
しばしの沈黙。
ミスター・サタンであることに気付いたらしい人々が、足を止めて こちらを見ている。
でも、気にならない。
おれに向かって パンちゃんが、とっても うれしそうな顔を 見せてくれたから。
「フン。 君の気持ちが変わるかもしれんじゃないか。」
確かに、自由になる金があって 名前を知られていれば、女は寄ってくる。
この人は それを、誰よりも知っているだろう。
でも。 「おれは変わりませんよ。」
「なんで そう言いきれるんだね?」
「パンちゃんみたいな女の子は、この世に二人といないって思うからです。」
「サタンおじいちゃん・・ あのね、」
パンちゃんが口を開きかけた その時、携帯の 着信音が鳴り響いた。
パンちゃんでも おれでもなくて、今度はサタンさんだった。
「ああ、うん。 もう 着いてるんだ。」
それだけ答えて、少しの間黙っていた。 けど、
「わかった。 今、向かうよ。」 そう言って、通話を終えた。
そして、最愛の孫娘であるパンちゃんに尋ねる。
「パパとママは、このことを知ってるんだろうね。」
「うん。 でもね、ちゃんと挨拶したいってトランクスが言ってるのに、パパってば はぐらかすのよ。
わざと用事を入れて、出かけちゃったりするの。」
「そうか、そうか。 みんな 同じだな。」
笑みを浮かべ、後ろ手を振って、サタンさんは歩き去った。
電話の相手・・ 待たせているのは、女だろうな。
もちろん 口には出さなかった。
だけど パンちゃんは、まるでフォローするように言う。
「サタンおじいちゃんはね、恋人みたいな人は いっぱいいるんだけど、再婚はしないんですって。
理由はね・・」
続きは予想できるけど、もちろん 耳を傾ける。
「死んじゃった奥さん、 わたしのおばあちゃんね。
すごくステキな人で、敵う人は どこにもいないからなんですって。」
「ふーん。 おれも この先、パンちゃんに逃げられちまったら そうなるな、きっと。」
「へんなの。 わたし、逃げたりなんかしないわ。」
なら いいんだけどね。 ちょっと心配だよ。
あーあ、せめて大学生なら よかったのにな。 そしたら即、婚約ってことになるのに。
「仕方ない。 まずは外堀から、地道に埋めていくとするか。」
「? なんのこと?」
「今日こそは悟飯さん、家にいるよね。」
「うん。 ママに よーく頼んでおいたから。 でも、お店でお茶を飲むんじゃなかったの?」
「パンちゃんの家で 御馳走になるよ。 さ、行こう!」
外に出て、カプセルから車を出そうとする。
それなのに彼女ときたら また、地面を蹴って さっさと空に浮かんじまった。
「パン!」
「こっちの方が、ずーっと早く着くわ。」
笑いながら 手を振っている。 しょうがないなあ・・。
「こら、 待て パン!」
道行く人が驚いて、空を見上げているようだ。 だけど、気にしない。
空中で、腕を伸ばして 引き寄せる。
艶のある黒い髪が まだ、ほんの少しだけ濡れている。 その香りを、思い切り吸いこむ。
いろんなことが、きっと うまくいく。 そんな気がする。
彼女、パンと一緒なら。