Piece of my wish

My Blue Heaven のつづきです。

Innocent Love と併せてお読みいただけましたらうれしいです。]

変わり果てた地球から戻って、半年余り。

おれは父さんに呼ばれて外へ出た。

促されて、城からだいぶ離れた場所へ飛んで行く。

 

荒野と呼ぶのにふさわしい その場所に着くと、父さんはおれに向かって こう言った。

「トランクス、俺と勝負しろ。」

「なんだよ、 いきなり・・・

 

言い終わらぬうちに、拳がとんでくる。

「どうしたんだよ。」

かわしながら尋ねるおれに 理由を告げることなく、

次々と攻撃を仕掛けてくる。

ついには顔のすぐ横を、エネルギー波がかすめた。

 

そう遠くない距離から撃ってくる。

「殺す気かよ・・・。」

「そうだ。 殺されたくなかったら、おまえも撃ってこい。」

おれがかわしたエネルギー波が、岩を、地上を砕いていく。

この星ごと吹っ飛ばそうってのか。

 

「どうした、 かかってこい。 俺を殺すつもりでやれ。」

「・・・できないよ。」

攻撃を避けながら おれは叫んだ。

「母さんが泣くよ。」

 

そうだ。 

おれと父さん、どっちが死んでも 母さんは悲しむ。

そして・・・

その死の原因が、お互いだったとしたら。

母さんは きっと、自分も死んでしまうだろう。

 

つぶやいたその言葉が、耳に届いたとは思えない。

けれど、父さんの動きが一瞬だけ止まった。

その隙におれが放った一発の気弾が、父さんの顔をかすめた。

攻撃の手を止めた父さんは、おれをじっと見つめていた。

 

おれたちは、荒野に降り立った。

父さんの左ほおから、血が流れている。

「父さん・・・。」 「かまうな。 かすり傷だ。」

いつもの白いグローブをはめた手で血を拭いながら、父さんは言った。

「トランクス。 おまえ、王になる気はあるのか。」

 

ついに来た、 そう思った。

おれは率直に答えた。 「あんまり気が進まないな。」

混血であることをはっきりと示す、この髪と瞳を隠し通せるとも思えない。

「もう一人 子供をつくればいいじゃないか。

 今度こそ、黒い髪の子が生まれるかもしれないよ。」

 

軽口に反応を見せず、父さんは一言だけ告げた。

「ブルマは もう、長くない。」

 

足元が、ぐらりと揺れる。

視界に広がる殺風景な荒野から、さらに色彩が失われていく。

「何、 言ってるの ・・・?」

「あいつの母親も、同じ病気になったことがあるそうだ。

 初期だったせいで、手術で治ったらしいが・・。」

 

なのに地球が襲撃されて、結局死んでしまったわけか。

「じゃあ、母さんだって手術すれば・・・

 

この星の 病気治療のレベルは、実はそれほど高くない。

頑健にできているサイヤ人は 小さな病気はあまりしないし、

死というのは戦いの敗北がもたらすもの、という考え方が根強いのだ。

 

だけど 母さんのためなら、他の星から医師団を連れてくることだってできるはずだ。

そう言ったおれに、父さんはごく短い言葉を返した。

「ブルマがそれを、望んでいない。」 ・・・

 

母さんが何を言ったか、おれは はっきりと想像できた。

『本当は、地球で殺されてたはずだったのよ。

 だから もういいわ。 これがわたしの、寿命なんだと思う。』

そして おそらく、こうも言った。

『トランクスとブラのことが心配だわ。

 ベジータ、どうか あの子たちのことお願いね。 わたしの代わりに、見守ってやってね。』

 

父さんはおれに王位を譲って、母さんのそばにいてやるつもりなのだろう。

付け加えられた言葉が 無かったとしたら、あの世まで一緒に行ってやろうとしたかもしれない・・・。

 

「そういうことなら 仕方ないね。 いいよ、 王位を継いでも。」

結局、 他に選択肢なんて無いんだよな。

「でもさ、妻は持たなくてもいいだろ。」

父さんが、おれの顔を見る。

「サイヤ人の女は、好みじゃないんだ。」

 

口元を、少しだけ笑ったように動かしながら 父さんは言った。

「俺もだ。」

 

その顔を見たおれは尋ねた。

長い間、聞いてみたいと思っていたことを。

「どうしておれだけを城に・・・ ブラと引き離したの?」

黙ってしまった父さんに向かって続ける。

「おれがブラに、何かすると思った?」

 

しばしの沈黙の後、父さんは口を開いた。

「俺が気にしたのは、ブラの方だ。

 おまえのことを、一人の男として見ているように 俺には思えた。」

 

・・それは、ずっと考えないようにしていたことだった。

わざと明るい調子でおれは言った。 

「ブラが産んだ子、見た?」

小さくうなずく。

 

「ゴテン・・ 子供の父親にも似てるけどさ、 なんとなく父さんにも似てたよね。」

黒い髪と瞳の、長い尻尾を持った赤ん坊の顔を 思い浮かべる。

「きっとさ、強くなるよ。 下級戦士の子だって。

 生まれ持った戦闘力なんて、あんまり当てにならないよ。」

 

今度はうなずかなかった。

だけど、父さんも本当は そう思っているのではないか。

何故かはわからないけれど、そう思えてならなかった。

 

 

惑星ベジータ。

父、そして祖父と同じ名の、おれの生まれ故郷。

この星の空ときたら いつでも厚く雲が垂れこめ、からりと晴れることはまずない。

 

どんよりとした空を あてもなく飛んでいたおれは、

いつの間にかゴテンとその家族が住んでいた家のそばに来ていた。

 

墓参りでもしていくか。

そう思った ちょうどその時、一人の子供の姿が目に入った。

地面に降り立ち、声をかける。

 

「おい、 おまえはたしか・・・ 「パンよ。 王子様。」

答えながら、目元をぬぐう。 よく見ると、墓が増えている。

「誰か 死んだのか?」

「おばあちゃん・・。 急に倒れて、そのまま・・

 

あっけないもんだな。

まだ臥せっている状態だったら、少しは力になれたかもしれないが。

「おまえのじいさん・・ カカロットといったか。 あいつは、どうした?」

「仕事で、よその星に行ったまま 帰ってこない。」

 

あの男、 死んだのか。 口には出さなかった。

だがパンは おれの考えたことを悟ったらしく、真剣な顔でこう言った。

「おじいちゃんは、生きてるわ。」

涙と、静かな怒りがこもった声。

「何かの事情で戻ってこれないだけだって、おばあちゃんは笑ってたもの。 

それに・・・

 

ぽろぽろと こぼれおちる涙が、ほおを、長い睫毛を濡らす。

「おじいちゃんは、本当は この星の王様よりも強いんだから。」

「・・・そうかもしれないな。」

 

おれは その時、本当にそう思った。

あの男の、悠然とした態度。

下級戦士でありながら 妻子を手元に置いていたのも、

並々ならぬ自信の表れだったのかもしれない。

「だけど、今は一人きりなんだろ。 一緒に来い。」

「え?」

 

おれは両腕で、パンの体を抱え上げた。

再び、灰色の空に浮かび上がる。

「どこに行くの?」 「家だ。」

「王子様の?じゃあ、お城?」 「いや・・ おれの家族がいる所だ。」

 

生まれたばかりの、ブラの赤ん坊。

今は まだ、子ザルみたいなもんだけど、

いずれ とんでもない暴れん坊になるはずだ。

「だから、世話を手伝ってやってくれよ。」

「赤ちゃん・・・。」

 

パンは瞳を輝かせた後、おれの腕を解こうと もがいた。

「わたし、自分でちゃんと飛べるわ。」

「いいんだよ。 おれが、こうしたいんだ。」

 

おれは思い出していた。  もう、10年以上も前のことだ。

 

自分の身を守ることのできない母さんは、

ほとんど家から出ずに過ごしていた。

けれど その日は珍しく 玄関を出て、外の空気を吸っていた。

はしゃいだブラが、母さんに甘えて飛びつく。

『大きくなったわね。 もうすぐ抱っこもできなくなるわ・・。』

 

しばらくのちにブラを下ろすと 母さんは、おれに向かって両腕を広げた。

『ほら、 トランクスもおいで。』

『おれはいいよ。』 『いいから、いらっしゃい。』

母さんが、近づいてくる。 『いいったら。』 ・・・

 

おれは自分の両腕で、母さんを抱き上げた。

重さは全然感じなかった。

だけど背丈が足りないせいで、足が地面についてしまう。

だから母さんを抱えたままで、おれは空へ飛び上がった。

『きゃあっ。』

 

小さな悲鳴をあげて、母さんはおれにしがみついた。

家の周りを一周しただけだったけど、なんだかとてもうれしそうだった。

生き生きとしたあの笑顔。 今でも忘れることができない。

 

父さんは、母さんを抱えて 空を飛んでやったことがあるのだろうか・・。

 

もう、あと半年足らずで地球のドラゴンボールが復活する。

建物はおろか、草の一本さえも取り払われた 今の地球。

ブラのスカウターに組み込まれたレーダーを使えば、あっという間に集められるだろう。

フリーザに献上する前に、母さんが助かるよう願うことはできる。

しかし、 その後が ・・・

 

フリーザの野郎は、二度目の裏切りを企てたおれを

殺すだけでは飽き足らない。

おれは、家族を人質にとられているのだ。

 

強くなりたかった。

誰よりも強くなってフリーザをも倒し、地球を取り戻したかった。

母さんにもう一度、地球の土を踏ませてやりたかったんだ。

 

気が付くと、ほおに指先が触れていた。

流れる涙を、パンの小さな手が拭う。

「何か、悲しいことがあるの?」

 

それでも止まらない涙。

やわらかな唇が、左のほおに押し当てられる。

「なぐさめてるつもりか? ・・・」 

だったら、こうしろ。

左手を少しばかり動かして、パンの顔を正面に向けさせる。

 

重ねた唇は、おれの涙の味がした。