My Blue Heaven

旅立ち』の続きのお話です。]

横たえていた体を起こすと、下腹部に鈍い痛みが走った。

どのくらい眠っていたんだろう。 もう、あと少しで到着するはずだ。

宇宙ポッドの窓から、外を覗ってみる。

「なに・・? どうして・・?」

 

初めて目にする地球。

それは、思い描いていたものとは ずいぶん違っていた。

小さな頃の、ママとの会話を思い出す。

 

『ママが暮らしてた地球って、どんな星?』

『きれいな星よ。 宇宙から見るとね、ブラやトランクスの瞳みたいな色なの。』

それを聞いたお兄ちゃんは、こう言った。

『じゃあ、 ママの瞳の色ってことだね。』  ・・・

 

今、 窓越しに見える地球。

その色は、どう見ても青ではないのだ。

 

その時。 

さっきスイッチを入れたスカウターから、呼び出し音が鳴った。

「やっと つながったか。」 「お兄ちゃん・・・。」

「返事はしなくていい。」

 

そうだ。 

スカウターでの会話は、誰に聞かれているか わからない。

「おれもすぐに着く。 カプセルを持ってるなら、ポッドは すぐ収納しろ。 あまり動き回るなよ。」

それだけ言って、お兄ちゃんは通信を切った。

 

 

無事に着陸できた。 今のところ、敵の姿は見えない。

 

言われたとおり、いくつか持ってきたカプセルの一つに宇宙ポッドを収納する。

たしかに、そうしなければ丸見えだ。

見渡す限り 何も、本当に何もない。

建物も、 植物の一本さえも。

上空から見て青い色ではなかったのは、海水さえも残らず吸い上げてしまったためだろう。

フリーザ軍の仕業だ。

20年前に見つからなかったドラゴンボールを探すために、

奴らは地球を こんな姿にしてしまったのだ。

 

「ママには、見せられないわね・・。」

わたしは、スカウターのドラゴンレーダーの機能を起動させた。

 

一つ目はすぐ見つかった。 手に取ってみる。

「二星球だわ。」

 

これは かつて、ママの家の倉庫に眠っていた。

今のお兄ちゃんと同じ年頃だったママは、そこからドラゴンボール探しの旅を始めたという。

 

二つ目を示すポイントに向かって飛んでいると、スカウターが反応した。

間もなく、見慣れた姿が近づいてくる。

「お兄ちゃん。」 「話は後だ。」

 

二つ目の四星球を見つける。

しっかりとカプセルに収納した後、わたしは 工具を取り出した。

スカウターを、少しばかり改造するつもりだ。

 

「なんとかなりそうか?」

お兄ちゃんが、手元を覗きこんでいる。

「うん。 完全に、とは言えないけど・・。」

通信している時の会話が、外部に漏れないようにしたいのだ。

「おまえ、 すごいな。」 「すごいのは、ママだわ。」

 

照れ隠しなどではなく、本当にそう思う。

わたしが生まれて少し経ってから、家の一角にしつらえられた小さな研究室。

ママはそこで、いろいろな物を作ってくれた。

親身とは言えない使用人たちに頼らなくても、生活を快適にできる物。

パパとお兄ちゃんを、敵の攻撃から守ってくれる戦闘服。

そして・・・

この間 大ケガをしたお兄ちゃんがあれほど早く回復したのは、

戻ってすぐに、ママが手掛けたメディカルマシンに入ったおかげだった。

 

「ママは宇宙船だって作れるのよ。戻ろうと思えば、戻れたんだわ。」

「この状態の 地球にか?」

辺りを見回しながらお兄ちゃんが言った。

「ドラゴンボールを探しやすくするためなんだろうな。

 レーダーが無いと、ここまでしなきゃならないのか。」

 

そのドラゴンレーダーもまた、ママが発明した物なのだ。

 

改造を終えたスカウターをつけて、わたしは言った。

「あとの五つは・・・ 同じ場所にあるわ。」

「フリーザ軍が、20年かけて集めたお宝ってわけだな。」

 

わたしたちは先を急いだ。

フリーザ軍が、黙って見過ごしてくれるはずがない。

 

 

地球における、フリーザ軍の基地。

ブラのスカウターに内蔵されたレーダーが、

残り五つのドラゴンボールは ここにあると示している。

 

「この建物は・・・。」

外壁に書かれた文字を見て、ブラが絶句している。

理由を尋ねようとしたが、中の様子がどうもおかしい。

人の気配はするのに、スカウターに戦闘力が表示されないのだ。

とにかく、入ってみるしかない。

 

「ドラゴンボールを見つけたら、すぐにカプセルに収納しろよ。

 応戦するうちに建物ごと吹き飛ばしちまうかもしれないからな。」

「そんなことしちゃダメよ。 だって、ここは・・・。」

ブラの言葉を聞き返すことなく、おれは基地へ乗り込んだ。

 

中に足を踏み入れて 驚いた。

あちこちに、人が倒れている。

戦闘服を身に付けた、フリーザ軍の兵士たちだ。

 

「ついさっき、やられたみたいだな。 いったい誰に・・ 」

その時。 まだ息があった一人が、口を開いた。

 

「ナッパの奴だ・・・。 奴は、戦闘力をコントロールできる・・ 」

「なんだって? おい・・ 」

 

ナッパ。 

確か 20年前に地球を襲撃したメンバーの、隊長をしていた奴だ。

 

「お兄ちゃん、ドラゴンボールよ。 こっちにあったわ。」

ブラの声のする部屋に行くと、頑丈そうなケースに護られた五つのドラゴンボールがあった。

へたにケースを破壊すれば、球面に傷がついてしまうだろう。

 

ブラが、周囲のコンピューターを操る。

数分ののち、無事にふたが開いた。

「やったわ。 これで七個そろったのね。」

「ご苦労だったな。」

 

野太い声とともに、坊主頭の大男が現れた。

フリーザ軍の戦闘服を身につけて、腰には尻尾が巻かれている。

そして、スカウターは まったく反応しなかった。

 

「おまえがナッパか。 何故、他の奴らを殺した?」

「手間が省けただろう。 

ボール探しの退屈な毎日の中でも、俺はトレーニングを続けていたんだ。」

 

おれは、ブラに目配せをした。

 

「不審な宇宙ポッドが着陸したと聞いて、俺はピンときたんだ。

 ドラゴンボールを狙ってる、ってな。」

 

ブラが、五つのドラゴンボールをカプセルに収納し終えた。

 

「逃げろ。」  気弾で破った壁から脱出させる。

 

「助かったぜ。 厄介なコンピューターをクリアして、残りの二つも見つけ出してくれたとはな。」

 

言葉とともに、容赦なく気弾が浴びせられる。

基地だったはずの建物が、音をたてて崩れていく。

逃げたブラを追って、奴は飛び去った。

 

奴は、ドラゴンボールを横取りする気だ。

フリーザの手に渡る前にそうするつもりで、20年もの間 チャンスを狙っていたんだ。

 

 

男に追いつかれた。

 

「こう見えても、スピードには自信があるんだ。」

後ろから引き寄せられて、屈強な腕に締めあげられる。

 

「ねえちゃんが使ってたカプセルな、 昔、あの基地にゴロゴロあったんだぜ。

 この遅れた星にしちゃ、便利なもんだよな。」

ああ、 やっぱり あの建物は・・・

 

「ねえちゃんみたいなカワイイ子を、ただ殺しちまうなんて惜しいな。」

「ありがと。」

もがくのをやめたわたしは、手を伸ばしてスカウターのスイッチを切った。

 

「なんだ? おまえは、サイヤ人じゃないのか。」

変化した髪と瞳の色に驚いた男の、腕の力が一瞬ゆるんだ。

その隙に、満身の力を込めて 振りほどく。

 

「逃げられると思うか。」

左の手首を掴まれる。 だけどすり抜ける。

そう、 男が掴んだのは、リストバンドだった。

ゴテンの形見の、わたしにはサイズが大きいリストバンド・・・。

 

お兄ちゃんの姿が見えた。

わたしは急降下して、別の方向に飛ぶ。

 

お兄ちゃんは、あんな奴には絶対負けない。

だから、邪魔にならないようにする。

 

 

「スカウターが役に立たないってだけで、それほど手ごわい奴じゃなかったな。」

 

やはり 訓練だけじゃなく、実戦の経験を積むことで強くなっていくんだ。

ひとり納得しながら、おれはブラの姿を探した。

「おい、 どこだ?」

 

もう、後は神龍を呼びだすだけだ。

だけど、ゴテンの墓は惑星ベジータにある。

持ち帰ってからの方がいいんだろうか。

 

「ブラ・・・?」

 

妹の姿を見つけたおれは驚いた。

ブラが、地面に倒れている。 苦しげに、両手で下腹部を押さえながら。

「どうしたんだ、 しっかりしろ。」

 

返事をすることさえ ままならないブラを抱き起こしたおれは、目を剥いた。  

「これは・・・。」   

 

どうすればいいんだ。

フリーザ軍の基地には必ず、メディカルマシンが置いてある。

だが、さっきの戦闘のせいで どうなっているかわからない。

それに あれは本来、ケガの治療をするための物だ。

宇宙ポッドにも生命維持装置がついている。

しかし 今、命が危ないのはブラ本人ではないのだ。

 

「お兄ちゃん・・ 」

かぼそい声で、ブラが訴えかける。

おれたちは、同じことを考えていた。

おれはブラの手から、ドラゴンボールが収納されたカプセルを受け取った。

 

 

妹は 愛する男ではなく、

その男との間にできた小さな命を救うことを選んだ。

 

願いは叶えられ、ドラゴンボールは再び 石に戻って散っていった。

 

 

体が回復した後も、ブラは膝を抱えるようにして しばらくの間 黙り込んでいた。

なんと声をかけたらいいか迷っていると、ブラの方から口を開いた。

「お兄ちゃん、気付かなかった? フリーザ軍が基地にしてた建物、

 カプセルコーポレーションよ。」

「・・! そうか、あれが・・。」

「地球随一の科学施設。 そして、ママが生まれ育った家よ・・。」

 

何もかも取り払われてしまった地球で、あれだけが残されていた。

使える物が、いろいろあったということだろうか。

 

「ママは やっぱりすごいわ。」  

ひとり言のようにつぶやく。

「そうだな。」

 

母さんが、あの父さんに あれほど愛されている理由が

改めてわかったような気がした。

けれどもブラは、別のことを考えていたようだ。

「故郷がこんなことになっても生き抜いて、

 わたしたちを産んで 育ててくれたんだもの。」

 

そして、涙の混じった声で おれに向かって問いかけた。

「どうしてわたしが、ゴテンのことを好きになったかわかる?」

 

おれは答えた。

「いい奴だったからだろ。 それに、おれと同じくらい強かった。」

「それだけじゃないわ。 わたしを・・・ 」

あふれ出す涙が、声を詰まらせる。

 

「わたしのことだけを、愛してくれたからよ。」

 

 

わたしは思い出していた。 

ゴテンとの、何度目かの時。

当たり前みたいな顔で抱こうとする彼に 少しだけ腹が立って、こんなことを言った。

『あんた、そんなに わたしが欲しいの?』

 

悔しそうにしながら、それでも彼は うなずいた。

『どうして? わたしのどこが好きなの?』

 

わたしの質問に、ゴテンは はっきりと答えた。

『きれいだからだよ。』

 

そんなふうに言われたのは初めてだった。

うれしかったのに、つい こんなふうに言ってしまった。

『じゃあ、 わたしのママでもいいってことだわ。』

『え?』

『わたし、 ママにそっくりなのよ。』

 

仰向けにした わたしの顔をじっと見て、

あきれたように笑いながらゴテンは言った。

 

『バカだな。 いくら似ていたって、別の人間じゃないか。』 ・・・

 

 

ブラは泣いた。 

まるで子供みたいに大きな声で、だけど 子供の頃とは全然違う泣き方で。

 

変わり果てた地球。

だが 今、空には雲ひとつ浮かんでいない。

澄み切った青い色の空、これだけはきっと 母さんがいた頃と同じだと思う。

 

 

軍の奴らの亡骸についたままだったスカウターが、

おれたちの会話の一部をフリーザに伝えていた。

 

そのことに気付いたのは、少し後になってからだ。

惑星ベジータに戻ったおれは、フリーザから呼び出しを受けた。

 

「つくづく私は、ドラゴンボールに嫌われているみたいですね。

 あと一息というところで、またもや おあずけになってしまいました。」

人払いをした空間に、奴の特徴ある声が響く。

 

「横取りしたのは、若い男女の二人組のようですよ。

 公開処刑にでもしてやりたいところですが、残念なことに どこの誰なのか特定ができません。」

おれが どう反応するか、試しているらしい。

 

「まぁ、あと一年くらいなら我慢しましょう。20年も待ったんですから。 ところで・・・ 」

こちらの方に歩み寄ってくる。

「そのスカウターを、とってごらんなさい。」

 

言われたとおりにするしかない。  数秒間の沈黙。

 

「・・美しいですね。 瞳も、髪も。

 あなたが あの、まるっきり子供みたいだった王妃の子でないことは わかっていましたが・・・。」

 

その後 奴が口にしたのは、おれが最も聞きたくない言葉だった。

 

「さぞかし美しい人なんでしょうね、 あなたのお母さんは。

 あのベジータさんの心をとらえて、離さないほどに。」

 

知りません。 その女は、おれを産んで すぐに死にました。

見え透いた嘘を口にする前に、フリーザは告げた。

 

「一年後はトランクスさん、あなたに地球へ行ってもらいましょうね。

 あなたなら あっという間に、ドラゴンボールを集め終えてしまうでしょうから。」

そして、こう付け加えた。

 

「賢くて、かわいらしい妹さんを 同行させても構いませんよ。」

 

感情を表さないよう努めること。

今のおれにできることは、それだけだった。

 

ふと 頭をよぎる。

もしも 父さんがドラゴンボールを手にしたら、いったい何を願うのだろうか。

やはり こいつ・・・ フリーザを自分の手で倒すことだろうか。

それとも、 あるいは・・・

 

奴の笑い声が 高らかに響き渡る中、おれは そんなことを考えていた。

 

 

わたしは今日も、ゴテンのお墓の前にいる。

お兄ちゃんが教えてくれたその場所に、もう何度訪れたか わからない。

 

彼の姪だという 小さな女の子とも すっかり顔なじみになった。

スカウターをはずしているわたしの 髪と瞳を見ても驚かず、笑顔で話しかけてくる。

 

「おねえちゃんは、王子様の妹なんでしょう?」

「そうよ。」

「じゃあ、お姫様ね。 そうでしょ?」

 

お姫様。 

わたしのことをそう呼んだのは、これまでに一人だけだった。

 

「ゴテンおにいちゃんはすごいな。 お姫様をお嫁さんにするなんて・・・。」

「お嫁さんって・・・。 」 

「だって、そうでしょ。」

 

小さな手のひらが、目立ち始めた わたしのおなかにそっと触れる。

生まれてくる子も、こんなふうに 温かくて やわらかい手をしているのだろうか。

 

涙を拭っているわたしを見上げて、女の子は言った。

「わたしね、王子様のお嫁さんになりたいの。」

「お兄ちゃんの・・・?」

 

女の子は真剣な表情で、こっくりと うなずく。

久しぶりにわたしは笑った。

この前に笑ったのは、いったい いつだっただろう。

 

「そうなの。 じゃあ あなたは、わたしのお義姉さんになるのね。」

 

少し前から気付いていた。

この子が わたしやお兄ちゃんと同じだということを・・・。

 

「ねぇ、 名前は何ていうの?」

 

初めて会った日よりも少し伸びた、艶やかな黒い髪に触れながら、

わたしは尋ねた。