『旅立ち』
その星を落とすのには、ずいぶんと手こずったらしい。
戻ってきたお兄ちゃんの姿を見て、ママはひどく取り乱した。
パパは「相手を甘く見たせいだ。」と言い、その後で こう付け加えた。
「功を焦ったんだろう。」
お兄ちゃんは 話をすることもできずに 長い時間 メディカルマシンに入ったきりで、
だから 少し後になるまで知らなかった。
お付きの一人が、死んでしまったということを。
「お兄ちゃん! 死んだのって、誰?」
そのことを知ったわたしは、なりふり構わず詰め寄った。
「バカ。」 マントをはずして、わたしにかぶせる。
「スカウターはどうしたんだ。 その髪を見られたら、騒ぎになるぞ。」
つけるのを忘れていた。 だけど、そんなことはどうでもいい。
「お付きの一人が死んだんでしょう。 誰なの?」
お兄ちゃんは、何も言わずに わたしを見つめる。
本当は、わたしと同じ色の瞳。
わたしたちを守るために、ママがスカウターに細工をしてくれて
今は黒い瞳に見えている。
そうしていると、パパに本当によく似ている。
「この前の時、おれに付いてきたのは 一人だけだったんだよ。」
「それって、 誰なの ・・・ 」
わたしは まだ、信じたくなかった。
「聞き違いかと思ったけど、やっぱり おまえのことだったのか。」
懐から、たたんだ布のような物を取り出す。
「ブラに、 って言ってたよ。」
ゴテンが いつも着けていたリストバンドだった。
血が付いている。 両手で受け取る。
布以外の感触に気づいて、指先を通してみる。
パラパラと、何かがこぼれおちる。
すっかり乾いてしまったこれは・・ 花びら?
初めて会った日に言ったことを、ゴテンは覚えていた。
「おまえたち、いったい いつの間に・・・ 」
お兄ちゃんの声が、とても遠くに聞こえた。
どうやって戻ったのか 覚えていない。
自分の部屋のベッドの中でわたしは、浅い眠りと目覚めを繰り返していた。
短い夢には、ゴテンとわたしだけが出てくる。
夢の中でわたしは彼に、とっておきの話をした。
小さい頃にママから聞いた、ドラゴンボールの話を。
『おもしろいな。 本当にそんなものがあったら・・。』
そう言って、目を輝かせたゴテンにわたしは尋ねる。
『七個集まったら、神龍に何を頼む?』
きっぱりと 彼は答える。
『ブラを、おれのものにしたい。』
わたしはうれしくて、でも照れくさくってそっぽを向いてしまう。
『何 言ってるの・・?』 わたしは、 もう、 とっくに ・・・
『ブラは 何を頼むんだ?』
『わたし? わたしは ・・・ 』 あんたを、生き返らせたい。
涙が頬をつたって落ちる。
何度も同じ夢を見て、いつもそこで目が覚めた。
わたしは起き上がって、部屋を出た。
見かけ倒しのバカな兵士達から、宇宙船を奪う。
あいつらは、わたしの見た目に騙されるから簡単だ。
生まれた時、戦闘力は そこそこあった。
けれどもパパはわたしに、戦うことを教えてはくれなかった。
だけど、お兄ちゃんとは小さい頃 よく 組み手をしていた。
わたしたちは長いこと、お互いだけが遊び相手だった。
ママからは、いろんなことを教えてもらった。
メカに関するたくさんの知識を、 生まれ育った地球という星での思い出を、
そして、死んでしまった恋人の話を・・・。
パパとの始まりだけは、あまり話してくれなかった。
小型の船の小さな窓から、初めての宇宙を眺めていると
スカウターから音が鳴った。
ママの声がする。
「ブラ!! 戻りなさい。 どこへ行く気なの。」
パパの声も聞こえる。
「パスワードを変えやがった。 こっちからは 操作できない。」
「地球へ行くのよ。 ドラゴンボールを見つけるの。」
「ブラ・・・。」
そう。 ママは、スカウターにレーダーを仕込んだの。
そのことにわたしは、自分で気づいたのよ。
わたしには どうしても、叶えたい願いがあるの。
「一人でなんて、無理よ。 軌道を変えなさい。 戻って・・・ 」
「ママ、 わたしね・・・ 」
手のひらで、おなかをそっとなでる。
手首には、形見になったリストバンドを着けている。
「もう、一人じゃないのよ。」 「ブラ・・・!」
ママの、泣いている声が聞こえる。
わたしはスカウターのスイッチをオフにした。
殺風景な部屋で、パパが訪れる夜だけを待っていた頃とは違って
研究室を与えられた ママは自由だ。
その気になれば、あの星を出られた。
今のわたしみたいに。
だけどそうしなかったのは、
後継ぎになったお兄ちゃんを 置いていけなかったから。
どうなっているのか わからない地球に、わたしを連れて行けなかったから。
そして・・・ パパのことを愛していたから。
一緒に生きていくって、決めたから・・。
そのことが、今のわたしには よくわかるの。
「トランクス。」 父さんは、一言だけおれに言った。
「ブラを追いかけろ。」
連れ戻せ、とは 言わなかった。
父さんが、ブラを表に出さなかったことや 戦うことを教えなかったのは
こういう日が来ることを恐れていたせいかもしれない。
泣き続ける母さんの肩を抱いている父さんの姿を見て、おれは思っていた。