『君の花が咲いている』

両手いっぱいの花 Painful Love』と併せてお読みいただけましたら

うれしいです!]

もう ずいぶん前から、尻尾を腰に巻くことが できなくなっていた。

仕方ないから だらりと下げたままでいるけど、なんだか落ち着かない。

おまけに体が重たいから、ものすごくバランスがとりにくいのだ。

 

だけど、何とか たどり着いた。

子供が生まれたら、今までほどは 来れなくなるかもしれない。

そう思ったわたしは 大きなおなかを抱えて、

彼、ゴテンのお墓まで飛んだ。

 

目印として置いてある石。 その表面を、手のひらで そっとなぞる。

以前は しばらく そのままでいた。

心の中で、長いこと ずっと、彼に話しかけていた。

だけど今は、わりと すぐに立ちあがる。

かがんだままの姿勢でいると、とっても苦しくなるためだ。

「生まれたら連れてくるわ。 ちゃんと、見てやってよね。」

そうつぶやいて、戻ろうとした時。 聞きなれた声に呼び止められた。

「ブラちゃん!」 

こちらに向かって、少女が駆け寄ってくる。

「パンちゃん。」

 

彼女はゴテンの姪っ子で、年の離れた わたしの・・

わたしの、初めての友達。 

だから、名前で呼んでもらっている。

 

「また、大きくなったね。」

わたしに会うと パンちゃんは まず、手のひらでおなかを撫でてくれて

その後は自分の耳を押し当てる。

そして、いろいろなことを話しかけてくれる。

わたしに、というより おなかの子供に向かって。

 

「あれ? 今日は元気がないみたい。 寝ちゃってるの?」

小さな頭。 艶やかな黒い髪に触れながら、わたしは答えた。

「もうすぐ生まれてくるせいよ。  もう あんまり、おなかの中では暴れないんですって。」

「ふうん。」

おなかに頬を寄せたままで、パンちゃんは言った。

「早く会いたいな。 きっと、すごく強くなるね。」

「そうね・・。 そうだわ、パンちゃんが この子の師匠になってよ。」

わたしの提案に、彼女は瞳を輝かせる。

「ほんと?! わたしが? いいの?」

けれども、すぐに声をおとして こう尋ねた。

「でも、王子様は? それに王様は? 赤ちゃんの、おじいちゃんでしょ。」

 

この子は自分の祖父、

つまり ゴテンの父親に鍛えてもらったらしい。

「お兄ちゃんは忙しいし。 パパは・・・ 」

産まれてくる この子に、どんなふうに接してくれるだろうか。

ちょっと、想像しにくかった。

 

暗い表情になった わたしを、元気づけてくれようとしたのだろうか。

パンちゃんはポケットをさぐった。

そして、取りだした何かを、わたしの左手首にはめてくれた。

「これ・・・。」 

花だ。 

花を編んで作った、腕輪だった。

「花が咲いてるの? この星にも。」

「うん。 ちょっとだけど。 前に、おばあちゃんに教えてもらった。」

「そこに連れて行って。 お願い。」

 

詰め寄るわたしに、パンちゃんは少し驚いた顔をしていた。

「でも、 遠いよ。」

わたしのおなかに視線を向ける。

「平気よ。 ここまで来れたんだもの。」

「だけど、崖になってるし、 」

昔、お兄ちゃんと行った所は 野原だった。

あの場所とは違うようだ。

 

「もう、あんまり咲いてなかった。

ほんとは首飾りみたいにしたかったけど、小さいのしか作れなかったの。」

「そうなの・・。」

「でも、また違うのが咲くかも。 ねえ、今度にしよう。

おなかがぺったんこになったら、連れて行ってあげる。」

 

ぺったんこ。

その言い方がおかしくて、少しだけ笑ってしまった。

「うん。 きっとね。 約束よ。」

 

「おばあちゃんはね、すぐに枯れちゃうから摘んじゃだめって言うの。

だけど、お墓に供えるんなら いいって。」

「あら。 じゃあ・・ 」

「いいの。」

手首からはずそうとした わたしを、パンちゃんは押しとどめる。

「ブラちゃんにあげる。 ゴテンおにいちゃんも きっとそう言うよ。 だって・・・ 」

言葉を切って、にっこりと笑う。

「ブラちゃんはお嫁さんだし、お姫様だから。」

 

お姫様。

その言葉を聞くと、胸の奥が ぎゅっと音をたてて痛む。

わたしをそう呼んだ時のゴテンの声を、

彼と最後に交わした会話を、思いだしてしまうから。

けれど わたしは、涙を止めた。

もう、あと数日で おなかの子が生まれてくる。

どうやら、男の子のようなのだ。

 

危険を冒してはるばる地球まで行ったというのに、

ゴテンを生き返らせることはできなかった。

だけど、 また会える。

長い尻尾と、黒い髪と瞳を持った、とっても強い男の子に。

 

足元が見えないくらいに せり出したおなかに、

もう一度 パンちゃんの手のひらが触れる。

「あっ、 動き出したよ。 すごい。 元気・・。」

 

大好きだった人の子供。

それは きっと、わたしのことが大好きな男の子。

その子に、もう あと少しで、会うことができる。

 

 

パンちゃんが わたしにくれた、小さな花で作られた腕輪。

大切に持ち帰って、ママに手渡す。

ママはまるで子供のように目を輝かせ、歓声をあげた。

「早くお水につけてあげなきゃ。 

ああ、でも このうちに 花器なんか無いものね・・。」

 

昔 お兄ちゃんと一緒に 野原で摘んできた花を差し出した時も、同じように言っていた。

だけど あの時、花を手にして ママは泣いていた。

どうしてなのか、わたしには まだ わからなかった。

でも お兄ちゃんは多分、理解していたんだと思う。

 

「これで いいわ。」

深めの皿に水を張り、花で出来た腕輪を浮かべる。

しおれかけた花びらが、息を吹き返したように見える。

何とはなしに それを見つめていたわたしに向かって、

ママは尋ねた。

「あんたの恋人って、どんな人だったの?」

できるだけ 素っ気なく、わたしは答える。

「茶色くて長い尻尾が生えてて、髪と瞳は真っ黒だったわ。」

 

呆れたように ママは笑う。

「そんなの この星じゃ、みんなそうじゃないの。」

「・・お兄ちゃんの方が よく知ってるわ。  お兄ちゃんの部下だったんだもの。」

やや きっぱりと、ママは言った。

「あんたの口から聞いてみたいの。」

 

「ほんとに あんまり知らないのよ。 だって、 」

自分の話をするなんて、ほんのついでだった。

セックスばかりしてたんだもの。

会うたびに、お互いに まるで むしゃぶりつくみたいに。

 

「でも、好きだったんでしょう?」

優しい声。

昼間は こらえた涙があふれ出す。

いったい いつになったら、笑って話すことができるんだろう。

彼の手を、声を、わたしのことを見つめていた黒い瞳を、

懐かしく思い返すことがきるんだろう。

 

椅子に腰を下ろしたママの、肩にもたれながら つぶやく。

「わたしね、 お兄ちゃんのことが好きだったの。」

「・・・。」

ママは何も言わない。 だけど驚いた顔もしない。

「だけど、 お兄ちゃんよりも、好きだって 思ったのよ。」

 

すすり泣く わたしの、ふるえる肩を ママはしっかりと抱いてくれた。

今日だけは、今だけは こうしていたい。

これからは わたしが、泣いている子供を抱きしめる側になるのだから。

 

わたしがゴテンの子供を 無事に産み落としたのは、それから二日後のことだった。

 

 

大きな泣き声、 手足をばたつかせる強い力。

吸いつくのではなく 食らいつくと言った方が正しい、小さな口元。

 

眠っている時には休んでおくよう、何度も言われた。

けれども まるで飽きることなく、わたしは我が子を見つめている。

 

何日かが過ぎた夜、 パパがやってきた。

スカウターをつけていない。 だから きっと、戦闘力の話はしない。

それでも。

食いしん坊で、暴れん坊の、サイヤ人の男の子だ。

家の中だけで育てていくなんて、無理な話だろう。

だけど、辺境の惑星へなんて 決して行かせない。

できるだけ、 1日でも長く、わたしのそばにいてほしい。

だって わたしはママと違って、二人目の子を授かることは

もう ないだろうと思うから・・・。

 

「大丈夫なのか。」

パパは一言だけ、ぼそり、とつぶやく。

 

「平気よ。」

はっきりと わたしは答える。

「この子も わたしも、どっちも元気よ。 だって パパの娘で、孫だもん。」

 

苦笑いの表情。

お兄ちゃんと違って、この家を中心に暮らしていた わたしは

王としてのパパを ほとんど知らない。

わたしにとって、パパは こういう存在だった。

短い質問に、顔をあげて わたしが答えを返す。

ママそっくりの言い方をする わたしが余程おかしいのか、それとも別の理由なのか。

声は出さないけれど、こんなふうに いつも笑っていた。

 

その後、 ママは こう言った。

「ベジータったら、あんたやトランクスが生まれたときとまったく同じ顔して、

おんなじことを聞いてたわ。」

しみじみとした調子で続ける。

「あんな場面を、もう一度見られるなんて思わなかった。」

 

「もう一人、子供を産めばいいじゃないの。

今度は黒い髪の子が生まれてくるんじゃない?」

その子を後継ぎに、となれば お兄ちゃんは自由になれるんだろうか。

そんなことを考えた わたしを、

たしなめることも 呆れて笑うこともせずに ママは黙っていた。

 

間もなく わたしは知ることになる。

ママが病気で、もう長くは生きられないということを。