054.『両手いっぱいの花』

[ 『そのとき』 の続きといいますか、トランクスとブラ目線です。

ラブ』 の直前のお話です。]

家に帰るつもりだったけれど、気が変わった。

ブラだけを、近くに呼び出すことにする。

こんな時、スカウターは本当に便利だ。

 

そう言うとブラは、「わたしは髪を染めなくても よくなったことがうれしいわ。 ママに感謝ね。」

と笑顔を見せた。

 

おれたちは・・ ブラは今でもそうだけど、家を中心に、隠れて暮らしていたようなものだった。

だから 誰かに見られても誤魔化せるよう、髪の毛だけは黒く染めていた。

髪の長いブラは、ちゃんと染まるまで 時間がかかる。

いつもおれだけ一足早く、浴室で薬品を洗い流してもらった。

優しく髪を梳いてくれる しなやかな指先を、今でも忘れることができない。

 

「母さんは、元気なんだろ?」

「気になるんなら、家に来ればいいのに。」

 

おれの問いかけには答えず、ブラは続ける。

「母さんって呼び方、なんだか下級戦士みたいね。」

「・・母上ってかんじじゃないからな。」

含み笑いをしていると、質問をしてきた。

「ねぇ、 あの下級戦士の子、 元気?」

「ゴテンのことか?」

 

婚姻を許されていない下級戦士であるにもかかわらず、

奴の両親は ずっと一緒に暮らしている。

以前そんな話をしたせいか、ブラはゴテンに興味を持ったようだ。

「元気だよ。 あいつは、見え透いたおべんちゃらを 言わないところがいいんだよな。」

 

それに、なかなか役に立つ。

さっき思っていたことと矛盾してしまうが、

スカウターが示す戦闘力というのは、当てにならないと思うことが 時々ある・・。

 

そんなことを考えていたら、頬に柔らかいものが触れた。

「やめろ。」

「ママの代わりよ。  お兄ちゃんがそんな顔をしてる時、よくこうしてたでしょ?」

 

 

黙ってしまったお兄ちゃんの、頬を両手で包みこむ。

「だけどママは、パパには こうするのよね。」

「やめろよ。 もう、ガキの頃とは違うんだ。」

唇が重なる直前に、お兄ちゃんは顔を逸らした。

 

もう行くよ。 そう言い出さないよう、わたしは必死に話題を探す。

「ねぇ、じゃあ、もしもドラゴンボールが手に入ったら、何を願う?」

「なんだよ、 急に。」 「いいじゃない。 教えてよ。」

「あんなもの、 多分もう無いだろ。」

 

そう。 もう二十年も前のこと。

フリーザの命令で、サイヤ人の戦士たちは ドラゴンボールを集めた。

ナメック星では、容易に揃えることができた。

 

一度に三つの願いを唱えることができ、

叶った後の復活も早いと言われていた、ナメック星のドラゴンボール。

けれども フリーザが願いを口にした途端、球面に亀裂が入った。

巨大なポルンガは見る見るうちに消えてしまい、二度と現れはしなかった。

 

そして、保険のつもりだった地球のドラゴンボールは いまだに見つかっていない。

 

「誰かが使って 石に戻っちまってたのを、

 地球に派遣されてた奴らが、何にも考えずに 根こそぎ破壊しちまったんだろ。」

 

地球のドラゴンボールを最後に使ったのがママだということを、

お兄ちゃんは知らない。

「まだ わかんないわよ。 それに、もしもの話だってば。」

 

「地球を・・・ 」 「え?」

「いや。 ・・フリーザ くたばれ、って言いたいけどな。 そういう願いはダメなんだろ。」

 

ナメック星のドラゴンボールが壊れたのは、

それを作りだした長老の死のほかに、邪な願いが原因だとも考えられていた。

 

「だったら特に願いなんて無いな。 ブラにやるよ。」

「わたしに?」

「母さんと使い道を考えろよ。 もし本当にそうなったらな。」

 

ああ、まただ。

わたしは小さい頃のことを思い出していた。

 

ある日、 お兄ちゃんは一人だけで遠くへ行った。

心配したママにずいぶん叱られていたけど、次の日はわたしを連れて行ってくれた。

 

家からは結構な距離だったそこには、この星には珍しい草木があり、花が咲いていた。

ママからの話でしか知らなかった、本物の花。

わたしは夢中になって摘んだ。

帰り道、 わたしの両手にいっぱいの花を見て

お兄ちゃんが言った。

『その花は、ママにあげるんだぞ。』

 

そして、不満顔のわたしをこんな言葉で諭した。

『ブラは、花が咲いてるところを ちゃんと見ただろ。

 ママは飛べないから、あの場所へは行けないんだ。』 ・・・

 

「じゃあな。 また来るよ。」

飛び去ろうとしたお兄ちゃんに向かって、わたしは口にしてしまう。

ずっと、ずっと 思っていたことを。

「パパはどうして、わたしたちを引き離したのかしら?」

 

お兄ちゃんの口元に皮肉が混じる。

こういう表情のお兄ちゃんは、本当にパパに似ている。

「おれがブラに、何かすると思ったんだろ。」

「そんな・・・。」 

 

そんなはずないのに。 だってお兄ちゃんは・・・。

だけど、ママにそっくりなわたし。

パパは、そこまで考えたのだろうか。

 

「母さんに、心配かけるなよ。」

姿が見えなくなった空を見上げて、わたしはつぶやいた。

「心配かけてるのは、お兄ちゃんの方だわ。」

 

その時。

はずしていたスカウターから、独特の呼び出し音が鳴った。

ママからだ。

「ブラ、 どこに行ってるの。 危ないわよ、戻りなさい。」

「わかってる。 今 帰るわ。」

スカウターは、本当に便利だ。

 

ママが手掛けた この特別製のスカウターには、お兄ちゃんのそれには無い

もう一つの機能が備わっている。

それは・・・

 

もしも今、 わたしがドラゴンボールを手にしたら。

かつてのママと、同じことを頼んでみたい。

ママのステキな恋人は、やっぱりパパだったんだろうか。

 

わたしだったら・・・ 

わたしを、どこかへ連れて行ってくれる人がいい。

この広い宇宙のどこかの、誰も知らない世界へ。

 

家路の途中で、わたしは考えていた。

明日、 雨じゃなかったら、少し遠くへ行ってみよう。

子供の頃に見つけた、花を探しに。

 

誰かに見つかって、危ない目に遭ったって構わない。

 

ここじゃないどこかに、わたしは行ってみたいの。