075.『そのとき』
[ 当サイトの1万ヒットを踏まれた狗彦さまからのリクエストです。
『王と王妃』の少し後、ブラが生まれてからのお話です。
この話のラストから約10年後が、天ブラが主役の『ラブ』になります。]
二人目の子供を産んだ。
長い茶色の尻尾が生えた、元気な女の子だった。
笑顔こそ見せなかったけれど、ベジータも珍しげに
我が子の姿を見つめていた。
サイヤ人というのは、女児が生まれてくる確率が低いのだそうだ。
ブラと名付けたその子は、戦闘力の方は まずまずといったところらしい。
髪と瞳の色は、トランクスと同じく
また わたしに似てしまった。
トランクスといえば、少し困ったことが起きた。
これまで限られた大人の姿しか見たことがなかったあの子は、
小さな妹の出現に混乱してしまったらしく このところ不安定気味だ。
ブラに授乳しようとすると
わざとわたしに飛びついてきて、いつまでも離れようとしない。
その夜もそうだった。
小さなブラが、顔を真っ赤にしながら泣いている。
「ブラがかわいそうでしょう。 トランクス、下りなさい。」
そんなやりとりのさなか、わたしたちのいる部屋の扉が開いた。
「ベジータ。」
「騒がしいな。 どうしたっていうんだ。」
「トランクスが、このとおりなのよ・・・。」
わたしの背中に両腕をしっかりまわし、両脚は腰のあたりに固定している。
頑として、離れない構えだ。
そうしている間にも、ブラは激しく泣き続けている。
「おい、 いいかげんにしないか。」
今まで一度も我が子を抱いてやったことのないベジータが、
やむをえずトランクスを受け取ろうとする。
けれどもトランクスは
さらに力を込めてしがみついてくる。
「痛い、
痛い、 やめて・・・ 」
わたしの方が悲鳴をあげてしまう。
「くそっ。 なんて力だ。」 「ね、 ブラを抱っこしてあげて。」
少しの間 躊躇していたけれど、ぎこちない手つきで彼は娘を抱き上げる。
「首、 すわってないから気をつけて。」
ブラの泣き声がやんだ。
でも それは、ほんのつかの間だった。
再び、火がついたように泣きわめく。
「おなかをすかせてるのよ。 困ったわ・・。」
親身だとは決して言えない侍女を呼んで、助けを求めるしかない。
そう思った時、
わたしは信じがたい光景を見た。
ブラが また泣きやんだ。
小さな口元に差し出された、父親の指に吸いついているのだ。
苦々しげだったベジータの表情がゆるんでいるのがわかって、
わたしも笑顔になってしまう。
それを見たトランクスも笑いだす。
「自分が原因だっていうのに、
まったく・・・ 」
わたしにそっくりな女の子。 彼によく似た男の子。
子供たちが愛しかった。
あんなふうに始まった関係だけど、こんなふうな暮らしだけど、
わたしは 確かに幸せだった。
そう、 わたしは、ベジータを愛している。
あれから7年余りの歳月が流れた。
この星で、この家を中心に わたしと子供たちは、まぁ 不自由なく暮らしている。
ベジータの大きな力に守られているためだと、今は理解できる。
地球式の数え方だと、トランクスはもうすぐ10歳になる。
つまり わたしは、もう10年も この星にいるのだ。
ある夜。
子供たちが寝静まるのを待って、ベジータが口を開いた。
「明日から、トランクスは 城に住む。」
この星のトップであるベジータが、自ら 時間をつくって特訓してやった甲斐あって、
トランクスの力は 今や相当なものであるらしい。
「トランクスを、後継ぎにするの?」
「周りの者には、そう説明する。 トランクスには、 」
彼は一旦、言葉を切った。
「確実に俺の力を超えた その時、本人に決めさせるつもりだ。」
そうだ。 この星では、全てが戦闘力で決まるのだ・・・。
「でも、どうしてお城に? これまでどおりじゃいけないの?」
ベジータが、わたしの顔をじっと見つめている。
その眼差しは、どこか悲しげに見えた。
「あいつらを、一緒にいさせない方がいい。」
「え・・・?」
「トランクスとブラのことだ。 おまえも、気付いているんだろう。」
目の前が、暗くなるのを感じた。
彼によく似た男の子、 わたしによく似た女の子 ・・・
閉鎖的な環境で、遊び相手は お互いだけ。
確かに あの二人は、仲が良すぎる・・・。
「もう会わせないというわけじゃない。」
「・・・ブラは、戦士にしないの?」
態勢を立て直して尋ねたわたしに、ベジータは答える。
「俺にその気はない。 ブラはこれまでどおり、おまえの元でいろいろなことを学べばいい。」
女戦士は よほど秀でているもの以外は、男たちの慰みにされるだけだ。
以前、そんな話を聞かされたことがあった。
この判断は、娘に対する彼なりの愛情なのだろう。
わたしは、もう一つの疑問を口にする。
この10年 ずっと知りたいと思いながらも、怖くて聞けなかったことを。
「地球は、いったい どうなったの?」
「フリーザ軍の統治下にある。 もう、おまえがいた頃とは違っているだろう。」
予想していた答えだった。
「住んでいた人は、皆殺し? 生き残っている地球人は、わたしだけなの?」
「人口の多い星だった。 中には、逃げ延びた者もいるだろう。 おまえのように。」
ベジータが、わたしの顔を覆う両手を そっとはずす。
涙をぬぐった指先が、耳たぶのピアスに触れる。
密かにドラゴンレーダーの心臓部を埋め込んだそれを、
わたしは一度もはずさなかった。
彼は言った。
「地球のドラゴンボールは、見つからなかった。」
ああ、 やはり この人は知っていたのだ。
そして・・・
この会話を、トランクスとブラの二人が
物陰で聞いていたということを わたしたちは知らなかった。
翌日。
子供たちは、父親の決定を素直に受け入れた。
実戦と、最高の環境での訓練を繰り返し、
トランクスは さらに力をつけているとのことだ。
ブラは、生まれた時から一緒だった兄と引き離された寂しさを
振り切るかのように 勉強に没頭している。
わたしはこの子に、持っている知識の全てを授けてやるつもりだ。
研究室でわたしは、二人のために特別製のスカウターを作った。
スイッチを入れると、周りの光を変化させて 髪と瞳の色を黒く見せる。
気休めのような物だけれど、強い薬品で髪を染めなくて済む、と大喜びだった。
あの夜、 部屋を出て行こうとしたベジータに、わたしは思いのたけをぶつけた。
『サイヤ人が憎いわ。 こんな星、今すぐに滅びてしまえばいい。』
ベジータが、立ち止まる。
『・・・そう思うのは勝手だ。 おまえはこの星の者じゃない。 だが、 』
背を向けたままで、彼は言った。
『おまえは、俺の妻だ。』
この星に連れてこられて、ベジータに愛され、守られてきた。
それに応えながらもわたしは、心のどこかで待っていた。
ドラゴンボールによって、全てがひっくり返る時を。
けれども、それと引き換えに 彼を失うことになるのなら、
わたしには もう、必要ないかもしれない。
わたしは10年ぶりにピアスをはずした。
そして・・ ブラのスカウターに、ドラゴンレーダーの機能を組み込んだ。
娘の、わたしによく似た横顔を見つめながら考える。
ブラは、気付くだろうか。
その時、この子はどうするだろうか。
どんな願いを叶えたいと思うだろうか。
その時は、彼女にそれを委ねたいと思う。