187.『王と王妃』

[ 眠り』の2年後のお話です。

 天ブラが主役の『Kiss& Cry』の一部分を膨らませました。

グレは、アニメとは ほぼ別人のサイヤ人女性の設定です。]

この星の暦は、地球とは少し違うようだ。

ともあれ、地球式に数えるとトランクスは2歳になった。

 

幼児とは思えない食欲、そして ものすごくよく動き回る暴れん坊だ。

言葉が遅いのが心配だけど、わたしの言うことは聞くから 意味はわかっているようだ。

 

この子が生まれて間もなく、ベジータはわたしたちのために家、のようなものを建ててくれた。

夜になると彼は、数人の兵士と侍女だけをつけている この場所を訪れた。

 

息子であるトランクスを抱き上げたことは これまで一度もないけれど、

寝顔をじっと見つめているところは何度も見た。

 

城の一室にいた頃と違い、情報も雑音もあまり耳に入ってこない。

こんなふうに過ごしていると、いろいろなことを忘れてしまいそうになる。

 

ある日の午後のこと。

うんと体を動かしたあと、食事を済ませたトランクスは いつものように昼寝を始めた。

 

特にすることのないわたしは、傍らに腰かけて 小さな寝顔を見守っていた。

髪と瞳の色はわたしに似たけれど、それ以外はどう見ても・・・。

あのベジータも、うんと幼かった頃はこうだったのだろうか。

そんなことを考えながら、わたしはいつの間にかまどろんでいた。

 

どのくらい経ったのだろうか。 人の気配で目が覚める。

女だ。 見たことのない顔。 

侍女じゃない。 身に着けているものが違う。 それに、雰囲気も ・・・

「誰・・?」 

「グレといいます。 惑星ベジータの王妃です。」  

この人が・・・。

 

城にいた頃、窓から遠目で見たことはあった。

だから小柄な人だというのは知っていた。

それにしても小さい。 わたしとは、おそらく頭二つ分程 違う。

それに・・ とても幼く見える。 一体いくつなんだろう。 まるで少女だ。

 

グレと名乗った彼女に、わたしは尋ねた。

「どうやって入ってきたの? 兵士はともかく・・

兵士が信用できなかったわたしは、セキュリティを強化してもらっていた。

 

「この星で作られたものなら、どうにでもできます。

 この星の王妃になるための教育を、ずっと受けてきたのですから。」

 

そう言ったあとで彼女は、まだ眠っているトランクスの方を見た。

スカウター越しに、じっと見つめている。

わたしは両腕で囲い込むようにして、ソファで眠っているトランクスを庇う。

彼女が、わたしとこの子に良い感情を持っているはずがない。

 

「危害を加えるつもりはありません。 そのために、供をつけずに一人で来ました。」

 

・・確かに。

その言葉をとりあえず信用したわたしに、感情の読み取れない表情で彼女は続ける。

 

「その子は王子として、王の後継ぎとして城で育てます。 明日、迎えをよこします。」

 

えっ・・・? わたしは耳を疑った。 

「だって、この子は半分地球人なのよ。純粋なサイヤ人じゃないわ。」

「そうであっても この年で既に、並みのサイヤ人を上回る戦闘力を持っています。」

「だけど、髪や瞳の色が・・ 目立ちすぎるわ。」

 

食い下がるわたしに、彼女の口元が ほんの少しだけ笑ったように動いた。

「そんなもの、どうにでもできます。 幸い、尻尾は立派に受け継いでいるようですし。」

 

わたしは、最後の望みを口にした。

「ベジータは、なんて言ってるの・・?」

 

「王は、今朝 ある星へ出発されました。 あのかたも賛成なさるでしょう。」

 

その言葉を、わたしは否定しきれなかった。

眠るわが子を、何も言わずに見つめていたベジータ。

彼はずっと そのつもりだったのだろうか。

彼の その姿を、不器用な愛情だと思っていたわたしは甘すぎたのだろうか・・・。

 

「ねぇ、待って。」

相手が同じ女性であることに望みを託して、わたしは彼女に訴えた。

 

「確かに この子は暴れん坊で、家の中だけで育てていくのは無理だろうと思ってたわ。」

何より、この子自身が自分の力を試したがる日がやってくると思う。 だけど ・・・

「まだ、 あと何年か待ってほしいの。」 

 

「理由は?」

あいかわらず表情のとぼしい彼女の顔を まっすぐに見つめてわたしは言った。

「わたしのことを、覚えていてほしいからよ。 連れて行ってしまったら、この子は・・

母親であるわたしのことを 忘れてしまうわ。

 

彼女の眉が微かに動いた。

「おまえには まだ、その子がいるでしょう。」

まだ目立たない腹部を見つめながら彼女は言う。

そう、わたしはベジータの二人目の子を宿していた。

 

「それでも寂しいというのなら、王に頼んで何人でも子を作ればいいのです。」

「そんな・・・。」

 

その時。 トランクスが起き上った。 

いつの間にか、目を覚ましていた。

 

「出て行け。」  「トランクス・・?」

わたしは、耳を疑った。 これまで、ほとんど言葉がでていなかったのに。

 

「おまえとなんか、行かない。 ママをいじめるな。」

小さな手を、独特の形にかざす。 彼女に向かって。 

「ダメ!!」 

 

とっさにトランクスの手を掴んで押さえた。

ぎりぎりのところで力を加減したらしく、手のひらを少し火傷しただけで済んだ。

 

「ママ、 ママ ・・・ トランクスが泣いている。

「大丈夫よ。何もしてない人に、こんなことしちゃダメなのよ。」

 

彼女は 少しの間、わたしたちを見ていた。

そして その後、何も言わずに立ち去った。

 

 

城の中。 グレはとまどっていた。

 

しなやかな白い手に 醜い傷を負わされても 少しも怒ることなく、あの女はこう言っていた。

 

『トランクスは、ちゃんとお話ができたのね。ママ、心配してたのよ。

だけど、あんな言葉遣いはダメよ ・・・

 

これまでに味わったことのない感情が押し寄せてくる。

自分ではどうすることもできない。

 

「グレ。」 聞き慣れた声に呼び止められる。

王妃となった自分のことをそう呼ぶ者は、もうほとんどいなかった。

「ターブル・・。」

 

「どうしたんです、 あなたが走るなんて。 ・・それに、

「・・私だって、走ることもあります。」

年齢の近い二人は、幼なじみだった。

ベジータによく似た顔立ちの この星のもう一人の王子は、彼女の顔をじっと見つめる。

「泣いているんですか。」

「泣く? 私が・・・

自分でも気付かないうちに 涙があふれていた。 グレは両手で顔を覆った。

 

ターブルは人に見られぬよう、彼女を自室に連れて行った。

 

「兄上には何度も忠告しました。 王妃を、あなたをもっと大切にするようにと。」

 

グレは首を横に振った。

「そういうことではないのです。あの女と初めて話をしてみて、それがよくわかりました。」

堰を切ったように言葉があふれ出してくる。

「私に、王妃の・・ あのかたの妻の資格はありません。

 あのかた、ベジータが私に触れようとしないのは、あの女のせいだけではないのです。

だって、私は ずっと・・・

 

うつむくグレの 少女のように小さな肩を、ターブルはそっと抱き寄せた。

 

「・・何度目かの忠告の後、兄上が僕に言ったんです。」

彼は一旦、言葉を切る。

 

「グレはこの星の王妃になるために育てられた。

けれど、それは必ずしも自分の妻になるためではない、と。」

 

「どういうことです?」 グレは顔を上げた。

 

「もっと言えば、自分は長男だから王になったのではない。

全て、戦闘力で決まったことなのだと・・。」

つまり、僕の力が足りなかったのです。 あなたを妻にするための力が。

 

付け加えられた言葉の後で、グレは再び 首を横に振った。

ひどく悲しげな様子で。

「私も、本当はわからないのです。」

「グレ・・?」 ターブルは、自分の腕の中の彼女を見つめる。

 

「母や姉、私の一族の女たちは確かに、戦闘力の高い男児に恵まれました。

 けれど、私にそれが可能であるかどうかなんて、誰にもわかりません。 誰にも・・・。」

 

最後まで言い終わらぬうちに、グレは嗚咽を漏らし始めた。

震える小さな肩を抱く腕に力を込めて、ターブルは言った。

「一緒に、この星を出よう。」

 

「え・・?」  「遅すぎなくてよかった。」

「そんなこと、無理です。 それに、今 言ったように私は・・。」

 

「僕は、後継ぎが欲しいんじゃない。」

彼女の頬を濡らしている涙を拭ってやりながら、彼はもう一言 添えた。

 

「僕が欲しいのは、あなただけだ。」

 

 

その後。 

いつものようにベジータは、ベッドに横たわっている。

 

トランクスを身ごもっていた時と同じく、おなかの目立ち始めたわたしを彼は抱こうとしない。

けれども 夜になるとここを訪れて、朝まで一緒に眠っていく。

 

傍らに横になって、話しかける。

「見逃してあげるなんて、いいとこあるのね・・。」

王家の女の姦通は、場合によっては死罪だという。

 

「フン。 ターブル程度の戦闘力では、どうせ 宇宙では長生きできまい。

死罪にするまでもないだろう。」

 

そんなふうに嘯きながらもベジータは、ちゃんと二人の後始末をしてあげたらしい。

王妃は表向きには急死したことになっていた。

 

「ねぇ、お願いがあるの。」 わたしの言葉に なんだ、とベジータが視線を向ける。

「この家に、研究室を作りたいの。」

「・・何のためにだ。」

 

「まず、この家のセキュリティ。あんなに簡単に破られるんじゃ意味ないわよ。

わたしが一から作り直すわ。」

この子のためにも、ね。 

彼の手をとって、おなかに当てる。もう、元気に動き始めている。

ベジータは何も言えなくなった。

 

「それと・・ 戦闘服を開発したいの。今の物より もっと優れた、性能のいい物を。」

言葉を一旦終えて、彼の鋭い目をじっと見つめる。

「トランクスが、戦うようになる日のために。」

 

わたしの顔を見つめ返して、ベジータは 何かを言いかけた。 

わたしは敢えてそれを遮る。

「あ、王妃には してくれなくていいわよ。 この星は好きになれそうもないもの。」

 

ベジータは苦笑いの表情になり、向き合っていたわたしを抱き寄せた。

腕の中でわたしは小さく囁く。

「この星は大キライ。 だけど・・・ あんたのことは好き。

 

わたしは ずっと、死ぬまで、あんたのそばにいるつもりよ。