363.『眠り』

[ 120.『地球式』のつづきです。]

わたしは朝、起きられない。

妾のくせに、部屋を後にする王を見送りもしないと、侍女たちもあきれている。

 

理由はちゃんとある。  夜中に目が覚めてしまうのだ。

ベジータはいつも、眠りながら無意識にわたしを抱きすくめる。

屈強な腕に包まれて、身動きがとれないわたしは、仕方なしに彼の顔を見つめる。

射るような鋭い目は今は閉じられ、静かな寝息だけが聞こえてくる。

 

こうしていると、忘れてしまいそうになる。

この男が、地球をどうしたのか。

わたしはどうして、ここにいるのか・・・。

 

ベジータの唇がかすかに動く。

いつもと違う小さな声を、わたしの耳はとらえてしまった。

「母上・・・。」

 

 

「まったく、よく眠る女だな。」  その夜も、ベジータはこの部屋に来た。

マントをはずし、靴を脱いでベッドに入る。

 

「今日は、さすがに来ないと思ってた・・・。」

背を向けたまま、わたしは続ける。

「結婚式だったんでしょう? お妃さまは、どうしてるの? ひどい男ね・・・。」

 

答えないベジータに、後ろから抱き寄せられた。

その手をとって、おなかに当てる。

「さっきまで、動いてたのよ。 生まれたら忙しくなって、眠れなくなるわ。」

「サイヤ人は、子育てをしない。」

「わたしは、サイヤ人じゃないもの。  この子は、自分の手で育てるわ。」

 

ブルマは、言ったことを実行していた。

寝る間を惜しんでわが子の世話をし、寝顔さえも飽きない様子で見つめていた。

「あんたと同じ顔して眠ってる。 かわいいわね・・・。」

 

俺は、何故これほどまでにこの女にのめりこんでしまったのか、

ようやくわかった気がした。

 

ずっと蓋をしてきた、遠い記憶。

訓練の合間に、いつも同じ場所に駆けて行った。

 

笑顔で迎えて、つかの間のやすらぎを与えてくれた女。

いつの間にか姿を消した、あれは母親だったのだろうか。

少なくとも、父の正妻ではなかった。

そして、黒い髪ではなかったような、後ろ姿に尻尾がなかった気さえする・・・。

 

「疲れてるんじゃない?」  ブルマが、顔を覗き込む。

「わたしもちょっと、寝不足だわ。 今のうちに・・・」

いっしょに寝よう。

最後の言葉は、小さくささやく。

 

ブルマを抱いているつもりで、抱かれていたのは俺のほうだったのかもしれない。

母になった女のぬくもりを、体じゅうに感じながら、俺は深い眠りに落ちていった。