「準備できた? じゃあ、行きましょう。」
娘に声をかけた後で、ブルマは気付いた。
「あら? ベジータは?」
普段着姿のトランクスが、一人分のコーヒーを淹れながら言った。
「少し前に出て行ったよ。」
今日は休日だ。
ブラは 両親とともに、孫家へ結婚の挨拶に行くはずだったのだ。
ブラの表情が暗くなる。
「どうしてパパを とめてくれなかったの?」
「俺が何か言ったって無駄だろ。」 「ひどいわ、
そんな言い方。」
言い合う兄妹を ブルマが制した。
「じゃあ、トランクスが来てくれない?男親がいなきゃ 格好つかないわ。」
「・・悟天のところだって いないだろ。」
「悟飯くん一家が、同席してくれるんじゃないかしら。」
と、いうことは 彼女も姿を見せるんだろうか。
返事を迷っているトランクスの顔を、じっと見つめてブルマは言った。
「まぁ、いいわ。 わたしたちだけで行くわよ、 ブラ。」
ブルマたちは孫家に着いた。
前の晩から来ていた悟天が出迎える。
チチが駆け寄ってきて、身重のブラを気遣った。
そして、ブルマと顔を見合わせる。
二人は、満面の笑みを浮かべてお互いの肩を抱き合った。
「うれしいわね、 チチさん!」
「まったくだ。 まさかこうなるとは、思ってなかっただよ。」
母親たちの喜び合う姿に、ブラと悟天も笑顔になった。
少し離れた場所から、ベジータは孫家を見つめていた。
この場所へは、かつて たびたび訪れた。 まだ幼かった娘を連れて。
父親の後を継いで、社長となったブルマは多忙だった。
トランクスが小さかった頃は 彼女の母親が子育てに協力していたが
ブラが生まれる少し前に他界してしまった。
出産後、しばらくの間 仕事をセーブしていたブルマだったが
やはり そうもいかなくなった。
ベビーシッターを雇うという話も出たのだが、ベジータは家に他人を入れたくなかった。
結果、彼は一日のうちのかなりの時間、ブラの相手をしてやる羽目になってしまった。
だが物心がつき始めると、子供は遊び相手を欲しがるようになる。
娘にせがまれ、ベジータは仕方なくここへ来た。
ブラと同い年の、サイヤ人の血を引く女児と会わせてやるために。
「こんにちは。 お久しぶりです。」
背後から、声をかけられた。
少女のような、 けれど子供ではない 女の声。
孫家の孫娘で悟飯の長女、 パンだった。
荷物を持っている。 買い物をしてきたようだ。
「ブラちゃんたち、来てるんですよね? このたびは、おめでとうございます。」
礼儀正しく頭を下げる。
なのに、ひどく不機嫌な様子でベジータは答えた。
「何が めでたいっていうんだ。」
ベジータの気持ちを察したパンは、こんな話を始めた。
「少し前のことなんですけど・・
久し振りに会ったブラちゃん、とっても幸せそうでした。」
会った場所は、悟天の部屋だ。 だからそれは言わなかった。
「愛されてる自信みたいなものを、すごく感じたんです。 それに・・ 」
ベジータは、パンの黒い瞳をじっと見つめている。
「迷ってないかんじがしました。
本当はそうじゃないとしても、それを見せない強さが、わたしは とってもうらやましかった。」
それから笑顔でこう言った。
「あの二人の赤ちゃんは、とってもかわいいと思います。」
その一言に、ベジータはもう言い返すことができなくなった。
「一緒に行きましょう。」
促しながらパンは、こんなことも言った。
「わたしはクォーターですけど、ちゃんと尻尾があったんですよ。」
家のドアを開けながら、独り言のようにつぶやく。
「サイヤ人の尻尾って、一体 何代先までついてるんでしょうか・・。」
「さあな。」
ベジータは、思わず笑ってしまった。
パンの黒い瞳と髪。
それがサイヤ人の血によるものか、
地球人である祖母や母から譲られたものなのか、もうわからない。
ブラの子供はどうだろうか。
トランクスが子供を持ったら、どうなるだろうか・・・。
そんなことを考えながら 皆の前に現れたベジータを見て、妻と娘は同時に叫んだ。
「ベジータ!!」 「パパ!!」
その様子を見て、笑って頷いていたチチは 孫娘に声をかけた。
「さて、昼のしたくにかかるとするか。 パン、手伝ってくれ。」
「うん、 おばあちゃん。」
「わたしにも手伝わせて。」 席を立ってブラが言った。
「あんた、つわりは大丈夫なの?」 母からの問いに
「平気よ。」 と、笑顔を見せて。
「昔を思い出しちゃうなぁ。」
しみじみとひとりごちた後、悟天はブルマたちに説明する。
「あの二人、小さい頃よく このうちの台所を手伝ってたんですよ。
おやつなんかも作ってもらったなあ。」
「やっぱり、トランクスも連れてくればよかったわね・・ 」
ブルマが、誰にともなくつぶやいた。
にぎやかな昼食の席で、ブラはパンに話しかける。
「パンちゃん、やっぱり髪を短くしたのね。」
最後に会った時の二人の髪は、ちょうど同じくらいの長さだった。
「うん、あれから何度か切ったのよ。 でも、また伸ばそうかしら。
ブラちゃんの結婚式に向けて。」
「いいわね。 わたしも髪形を変えてみたい・・。」
どう見ても母親譲りとしか思えないブラの髪は、
実は 一定の長さから伸びてこない、サイヤ人の特性を持っていた。
「ブラちゃんがショートヘアにしたら、ブルマさんと見分けがつかなくなっちゃうよ。」
「そうね。 そっくりだものね。」
遅れて参加した悟飯とビーデルの言葉の後で
悟天は一言だけ、 だが はっきりと言った。
「おれは間違えたりしないよ。 いくら そっくりでもね。」
満ち足りた表情で、ブラは ほほ笑んでいる。
それを見ながら パンは考えていた。
ブラちゃんに赤ちゃんができたことを聞いた時、
恋人を飛び越して奥さんになっちゃうのね、 って ちょっと思ってしまったの。
だけど違うわね。
お母さんになっても ずっとずっと、恋人みたいな奥さんでいるんだわ、 きっと。
ブラちゃんがブルマさんに一番よく似ているのは、そういうところなんじゃないかしら。
ほんとにおめでとう。 幸せになってね。
夫のために料理を取り分けているブルマが たびたび自分の方を見ていたことを、
パンは気付いていなかった。