『長い髪』 パン編
悟天おにいちゃんのアパート。 この時間じゃ、きっとまだ帰ってないわね。
おばあちゃんから合鍵も預かってきたけど、一応ブザーを押してみる。
すると玄関の扉の向こうから「はい。」と女の子の声が聞こえてきた。
もしかして、恋人かしら。
ドアを開けてくれたその人を見て、わたしは驚いた。
「ブラちゃん・・・。」
「パンちゃん・・・。 久しぶりね。」
ブラちゃんはびっくりした顔をしながらも、わたしに部屋にあがるよう促す。
「これ、おばあちゃんに頼まれたの。」
さっぱりと片付いている部屋を見回していたら、
ブラちゃんはわたしが手にしていた紙袋を受け取った。
食べ物が入っている容器を慣れた様子で冷蔵庫にしまうと、
「お茶淹れるわね。」とやかんを火にかける。
「あの・・・ もしかして、悟天おにいちゃんと・・?」
「まだ、恋人じゃないわ。」 一旦、言葉を切る。
「だけど、いずれそうなるわ。」
はっきりと答えるブラちゃんの強い眼差しに、わたしは思わず見とれてしまう。
同じ学校じゃないからよく知らないけれど、
彼女のことを好きな男の子はきっとたくさんいると思う。
それでも一回りも年の離れた幼馴染のことを想い続けている、
その理由って 何だろう。
わたしたちの中に流れている、今はもうどこにも無い星の民族の血。
それと関係があるんだろうか・・・。
そんなことを考えながらわたしは言った。
「ブラちゃん、小さい頃から悟天おにいちゃんのこと、大好きだったものね。」
「ふふっ・・ まぁね。」
お湯が沸いた音がして、ブラちゃんがキッチンに立つ。
「でもね、ちょっぴり当てつけもあったの。
お兄ちゃんが、パンちゃんにばっかり優しくするから。」
お茶を淹れてくれていた彼女は、その時のわたしの顔を見ていない。
他愛のないおしゃべりを少しだけしたあと、
使ったカップを手早く洗ってブラちゃんは時計を見る。
「もう7時だわ。帰らなきゃ。わたし、門限が7時半なの。」
「悟天おにいちゃん、帰ってこなかったね。」
「ぎりぎり間に合う時もあるのよ。そんな時は車で家の近くまで送ってもらうの。」
にっこりと笑う。 そして付け加える。
「わたしが、待っていたいのよ。」
日が落ちてしまった道を、久しぶりに一緒に歩く。
「ブラちゃん、大人っぽくなったね。それに、すごくきれいになったみたい。」
「パンちゃんこそ・・・。髪、伸ばしたのね。とってもよく似合ってる。」
彼女とちょうど同じくらいの長さになった毛先を指でつまんで、わたしは答える。
「ありがとう。だけど、もう切っちゃおうかと思って・・・。」
「えーっ・・・気をつけなきゃ。もしかしたら、伸びてこないかもしれないわよ。」
そう、それはサイヤ人の特性・・・。
誰が聞いているわけでもないのに、ブラちゃんは声をひそめる。
そんな話ができるブラちゃんは、わたしの幼馴染。
家が遠いせいもあって、学校に行くようになってからはあんまり会えなくなったけど
小さい頃は いつも一緒に遊んでた。
生まれた時は尻尾が生えてて、物心ついた頃には空を飛べた。
「わたしはまだ、切る勇気はないわ。
うちのママは、お兄ちゃんを産んでからずっとショートヘアにしてるけど。」
・・そして、その頃まだ少年だった彼女の兄、トランクスはわたしの恋人。
そう呼んでもいいのだろうか。
彼の都合で呼び出されて、わたしには不相応な部屋でひとときを過ごす。
あるきっかけでそんなふうになってから、もう数か月になる。
家族や友達には、嘘をついてばかりいる。
今日も ここに来る前少しの間、一緒にいた。
そういえば今日、トランクスはこんなことを言っていた。
自分の父親と妹・・・ ブラちゃんのことを。
『父さんがブラに戦うことを教えようとしないのは、
母さんにそっくりなあいつに痛い思いをさせたくないからなんだよ。』
仕事に戻るために慌ただしく身仕度をしていた彼が、
どうしてそんな話をしていたのか思い出せない。
その時わたしはぐったりと目を閉じて、ベッドに身を沈めていたから。
あんなふうに、あんなふうにされているとだんだんわからなくなってくる。
トランクスはわたしのことが好きなのか。
わたしは彼のことを本当に好きなのか・・・。
「やっぱり、もったいないわよ。 こんなにきれいな髪・・。」
ブラちゃんが手を伸ばして、わたしの髪に触れる。
大きさも感触も違うのに、触れかたが似ていると思ってしまう。
トランクスに、彼女の兄に。
「ありがと・・。 でも、切ると思う。
もう伸びてこなくてもいいの。なんだか自分らしくない気がするの。」
街灯に照らされたパンの横顔が、ひどく大人びていることにブラは気付いていた。
けれどもそれが、自分の兄のせいであることを・・・
つややかに伸びた黒い髪に、
ほんの数時間前 彼が幾度も指を通していたことを彼女は知らない。
そして、これからも知ることはないのだった。