040.『娘』

ブラは、悟天を待っていた。

外で待ち合わせるのは久しぶりのことだったけれど、

目的が目的であったため、浮き立った気分にはなれなかった。

 

「ごめん、 遅くなって・・・。」

仕事を早めに切り上げて、ずいぶん急いで来たはずなのに ほとんど息が乱れていない。

戦いから離れても、彼はやはり普通の男ではないのだ。

そんなことを思って少しだけ笑顔になったブラを、悟天は優しく促した。

「行こうか。 診療時間が終わっちゃうといけない。」

 

二人の行先は、産婦人科だった。

年の離れた幼馴染なのか、そうではないのか、

あいまいだった関係に終わりを告げて、少し前に二人はようやく結ばれた。

それから間もなくブラに、来るべきものが来なくなってしまったのだ。

 

「婚約者です。」

病院のスタッフにはっきりと告げて、悟天も診察室に入った。

不安げなブラと、そっと手をつなぐ。

 

「ああ、よく見えますね。」

カーテン越しに、医師の声が聞こえてくる。

モニターには、規則正しくリズムを刻む小さな命が映し出されていた。

 

「すごいなぁ・・・。」

診察を終えて入ったコーヒーショップで、悟天は何度も同じ言葉を繰り返した。

「あんなに小さい時から心臓って、しっかり動いてるんだなぁ。 

命って、すごいよね。」

「・・悟天、 うれしそうね。」

病院でもらった胎児の写真を離さない恋人に向って、ブラは言う。

産まないことなど考えられないけれど、

家族に、 特に父親になんと言えばいいのだろうか。

「うれしいよ。 ブラは、うれしくないの?」

 

なんてシンプルな言葉。

このところ胸の内を占めていた不安感が、薄れていくのを感じる。

「わたしも、うれしい・・。 」

 

その頃。

ブルマは、トランクスの運転する車の助手席にいた。

大学病院での診察を終えた後だった。

黙り込んでいる息子に軽口を言う。

「せっかくとれたお休みなのに、母親を病院に連れて行くなんて、地味ねぇ・・・

 デートする相手はいないの?」

「そんなことより・・・手術しない気なの?」

トランクスは母親に詰め寄る。

「どうしてさ。」

「あんたやブラが、まだ子供だったらそうしただろうけど。」

 

手術で、死は引き伸ばせるかもしれない。

しかし体力が奪われ、確実に衰えてしまうだろう。

母は、そんな自分を父に見せたくないのだ。

 

トランクスが何か言おうとした、その時。

ブルマが小さく叫んだ。

「あれ、ブラじゃない? 一緒にいるの、悟天くん?」

信号待ちの車から、コーヒーショップの窓辺で向かい合う二人の姿が見えていた。

 

 

「よぉ。」

躊躇するブルマとともに店に入ったトランクスが、仲良さげな二人に声をかける。

 

「お兄ちゃん・・・  ママも・・・ 」

「内緒でつきあってるんなら、こんな目立つ席に座るなよ。」

「内緒になんかしてないよ。」 悟天がきっぱりと言った。

席についたブルマとトランクスに、さっき病院で渡された写真を見せる。

「僕たちの子供ができたんです。」

あっけにとられた親子に向かって、彼は続ける。

「結婚を許して下さい。

 ほんとはブラちゃんが大学を卒業してから、と思ってたんですけど。」

 

「ブラ・・・ 赤ちゃんって、ほんとなの。」

母からの問いかけに、娘はこっくりとうなずく。

「恋人ができたんだな、と思ってはいたけど・・・ 悟天くんだったのね・・・。」

 

「もう、だいぶ前からだろ?」  トランクスが口をはさむと、

「ちゃんと好きになってくれたのは、最近だわ。」 ブラが小さな唇をとがらせ、

「そんなことないよ・・・ 」 悟天があわてた。

子供のころと変わらない、三人のやりとり。

ブルマはついつい笑ってしまう。

「まさか悟天くんとねぇ。  それで、ブラの気持ちはどうなの。」

「産みたい。 病院のモニターに映ってた赤ちゃん、

 まだすごく小さいけど、元気でかわいかった・・・。」

 

遅くに生まれたこともあり、甘やかして育ててしまった娘。

その娘がいつの間にか、母親の顔になりつつある。

ブルマはため息をついた。

「わたしは反対しないわよ。年上の悟天くんなら、むしろ安心だし・・・。」

安堵の笑顔を見せた娘に、付け加える。

「だけど・・ 問題は・・・ 」

 

「おまえ、 殺されちまうだろうな。」

沈黙を破り、トランクスが隣に座る悟天を茶化した。

ブラが本気で怒りだす。

「ブラと そうなった時から、覚悟してるよ。  だけど、わかってもらわなきゃ。」

 

真剣な声の親友の横顔を見つめ、トランクスは席を立った。

「じゃ、行こうぜ。 おまえが父さんに殺されたら、ブラがドラゴンボールを探してくれるだろ。」

4人は、C..に向かうことになった。

 

 

「貴様・・・ よくも・・・。」

驚きのあまり、しばらく声が出なかったベジータの第一声。

ソファの隣に座ったブルマは、なんとか夫を抑えようとする。

「落ち着いてよ。 悟天くんは別に・・・ 」

「どう考えたって、ブラの方からだよな。」

トランクスが助け舟を出す。

そんなこと、・・・ と言いかけた悟天をブラが制した。

「そうよ。」  伏せていた目を上げて、両親の顔を見る。

 

「・・・小娘のくせに・・・」

静かな怒りがこもった、父親の声。

「だって、どうしても、そうしたかったの。」

 

昔、 同じようなことを自分に言った女がいた。

たしか、こんな表情をしていた。

そして、その女は今、隣にいる・・・。

 

「ブラ、 あんた大学はどうするつもり?」

夫の気持ちを察したブルマが話題を変えた。

「休学するわ。 でも、何年かかっても、ちゃんと卒業する。

 勉強を続けて、将来はC..に協力したいの。」

「思ってるほど、簡単なことじゃないのよ。」

ブルマの言葉に、悟天も力強く告げる。

「僕も、できるかぎり協力します。」

「そうよ。 わたしたち、

 普通の人よりずーっと丈夫で、体力があるもの。 なんだってできるわ。」

笑顔が戻った娘を見て、ブルマも少しだけ笑う。

「まあね・・・ 若いしね。 わたしの時よりずーっと。」

 

そういう話になると、ベジータは言葉が出なくなる。

最初の子であるトランクスの時は、

会話が成り立つくらいに大きくなるまで、自分はまるで関わらなかった。

しかし、年を重ねてから、思いがけずにできた娘に対しては違ったのだ・・・。

 

たまりかねて席を立つ。  その時。

「ベジータさん。」

自分も立ち上がって、悟天が言った。

「僕は、ブラちゃんと、生まれてくる子供を大切に守ります。 ・・・そして、」

一旦、言葉を切る。

「できるかぎりそばにいて、一緒に生きていきます。」

 

「悟天・・・ 」 ブラが、悟天の手をとった。

ブルマが、涙の混じった声でつぶやく。

「よかったわね、 ブラ・・・。」

そして、大丈夫よ、と皆に声をかけて部屋を出て行った夫を追いかけた。

 

「子供の頃は弟分だと思ってたけど、ホントに義弟になっちまうとはな。」

二人の顔を代わる代わる見ながら、トランクスがまた茶化す。

「おまえの前じゃ、ネコかぶってるんだろうけど

 こいつ相当わがままだぞ。 大丈夫か?」

「知ってるよ。 ずーっと前からね。」

兄と悟天の言葉で、ブラの頬がプッとふくらむ。

「それなら、いいか。」

トランクスが笑いだして、 その場は笑いに包まれた。

 

寝室の窓辺に佇むベジータに、ブルマが独り言のように声をかける。

「大切に守る。 できるかぎり、そばにいる。」

背中に、そっと寄り添う。

「そして、一緒に生きていく・・・

 あんたはずっとずっと、わたしたちにそうしてくれたのよね。」

 

ベジータは、小さな声で妻に尋ねる。

「おまえは、知っていたのか。」

「ううん、今日初めて聞いたのよ。

 でも恋人がいることは、なんとなく気づいてたわ。」

 

それは自分も感じていた。

刺々しさが消え、 やわらかく匂い立つような気を纏った娘。

今、傍らにいる女と、よく似ていることに驚いていた。

 

「あんたには悪いけど、わたしは何だかホッとしちゃった・・。」

背中のぬくもりを感じながら、言葉を続ける。

「ブラは、遅くにできた子だから・・・

 いつまで見ていてあげられるか、わからないものね。」

 

ベジータの表情が変わったことに、顔を見なくてもブルマは気付く。

 

やっぱり病気のことは、知られたくない。

わたしは最期まで、この人の悲しむ顔を見たくないの。

だから、どうか、黙ってること、 許してね・・・。

 

その頃。

妹とともに親友を見送りながら、トランクスが言った。

「父さんも心のどっかで、おまえでよかったって思ってるんじゃないか。」

 

外は夜になっていた。

愛する男に手を振り続ける妹を見つめながら、心の中で付け加える。

 

「絶対、口には出さないだろうけどな。」