136.『今宵、ドレスを身にまとい』

愛妻家』、 家族の肖像 と併せてお読みいただけましたらうれしいです!!]

西の都の繁華街。

大勢の人々が行き交う待ち合わせ場所で、ブラは いち早く悟天の姿を見つけた。

手を振り続ける娘を、ブルマが微笑ましげに見つめている。

 

今日は、ブラが結婚式で着るドレスを決めるために ショップへ足を運ぶ日だ。

これまで口を出さなかったブルマが、今日だけは同行したいと言ってきた。

 

「ごめんなさいね、 急に・・・。お邪魔だと思ったんだけど。」

「そんなことありませんよ。 じゃあ、行きましょうか。」

そこからほど近い場所にあるブライダルの専門店に

向かって、三人は歩き出した。

 

広々とした店内は、平日にもかかわらず カップルで賑わっている。

その中には、ブルマのような母親らしき女性の姿も見受けられる。

何度か通って目星をつけていた数着を手にした店員とともに、

ブラは試着室へ入って行った。

 

もっと時間があれば、デザイナーに依頼して 一からオーダーしてやりたかった。

だが ブラのような若い娘は、こういった

雑誌に載っているような店の物の方が気にいるのだろう。

実際 その店には、妊娠中の花嫁のための

サイズ調整が可能なドレスも数多く揃えられていた。

 

ソファに腰を下ろした悟天が、ブルマに話しかける。

「ブルマさんが一緒で助かりましたよ。

 僕はあんまり、気のきいたことを言えないから・・・。」

「そんなの構わないのよ。

 思った通りのことを、言ってあげればいいの。」

 

ブルマは思い出していた。

もう 20年程も前、彼の兄である悟飯の結婚式の日のことを。

 

小さかった悟飯が立派な青年になり、初恋を実らせた姿を見て

ブルマは、あきらめかけていた二人目の子供が どうしてもほしくなった。

だが、全く別の思いを抱いたらしいブルマの母は こう言った。

『ブルマさんたちも、ちゃんとした式を挙げたらどうなの?』

『うん、 そうね・・・。』

 

自分としても、全く考えなかったわけではない。

今のベジータならば、うまく話をすれば

しぶしぶながら 承知してくれるかもしれない。

 

しかし その後 間もなく、

待ち望んでいた二人目の子を身ごもったことに気付いた。

長く重かったつわりが ようやく治まった頃、

ブルマの母は再び 式の話を持ちかけてきた。

 

『うーん・・。 もうおなかも少し目立ってきたし、

 この子が物心ついてから一緒に挙げた方がいいんじゃないかしら。』

腹部をさすりながら、またしても先延ばしにしようとする娘に 母は言った。

『それじゃ、 間に合わないわ ・・・ 』

 

常に笑顔を絶やさず、衰えた様子を家族に見せない母だったが

別れの時は 確実に近づいていたのだ。

 

結局、 自宅にカメラマンを呼んで 家族で記念撮影だけをすることになった。

この時 ブルマは自分の好みではなく、母が見立ててくれたドレスを身にまとった。

ささやかな親孝行のつもりだった。

 

『ねぇ、 どう?』

ブルマは夫に向かって尋ねる。

装飾や、肌の露出の少ない 上質の生地のドレスだった。

そのためか、彼は いつもの一言を口にしない。

 

『わたし、 きれい?』

『フン、 あいかわらず己惚れの強い女だ。』

『なによ。 こんな日くらい 言ってくれてもいいじゃない。 』

 

その時。 ブルマの母が口を挟んだ。

『口に出さなくても、 ちゃんと思ってるのよね。』

そして、こう続けた。

『最高にきれいだと思ってるから、ベジータちゃんは ブルマさんを奥さんにしたんでしょう?』 

・・・

 

 

試着室の扉が開いた。

純白のドレスをまとったブラが、こちらを向いて微笑んでいる。

ブルマが何かを言う前に、悟天が口を開いた。

「きれいだよ、 ブラ。 すっごく、きれいだ。」

「ありがと。 でも まだ、何着も着てみるのよ。 ちゃんと見て、一緒に選んでね。」

幸せな笑いが その場を包む。

小さな声でブルマはつぶやいた。

「よかったわね、 ブラ ・・・。」

 

じっくりとドレスを選び終えて 店を出た後、

二人からの食事の誘いを ブルマは丁寧に断った。

「ママったら。 パパのことが恋しくなっちゃったんでしょ。」

「ふふっ。 そうよ。」

 

急いでC.C.に戻り、居間にいた夫に駆け寄って 声をかける。

「ねぇ、 見てよ、 ベジータ。」

「何だ。 騒がしい。」

携帯電話のカメラで撮った、娘の姿を見せる。

「素敵でしょ。 とっても幸せそうよね。 わたしたちの娘よ・・・。」

 

何も言わずに画面を見つめる夫に向かって尋ねる。

「きれいだって、思うでしょ?」

 

しばらくのち、 彼は微かにうなずいた。

ブルマは微笑む。 心の底から、うれしそうに。

「ブラにも言ってあげてね・・・。」

 

ベジータは答えなかった。

彼がその時、 娘の花嫁姿に妻を、自分たちを重ねて見ていたということを、

ブルマは気付いていなかった。