Last Smile

王と王妃』の前哨にあたるお話です。

懐かしい匂い』と併せてお読みいただけましたら うれしいです。

純粋サイヤン男女がこんなにおとなしいはずはないですが、

そこは目をつぶってくださいますよう、お願いします。]

城から離れた場所に建てられた一軒の屋敷。

入口を守っていた兵士は、僕のことを止めなかった。

 

不思議な色の長い髪、 大きな青い瞳。

尻尾のない異星人を あんなに近くで見たのは、初めてのことだった。

異星人の女は自分の方から歩み寄ると、僕の前に膝まづいた。

『お母さんに・・ 王妃様に言われて来たの?』

しなやかな指先が、頬に触れる。

『本当に、そっくりなのね・・・。』

誰に? 父上にか?  それとも ・・・。

 

王をたぶらかしている異星人の女が、

今度は あなたの兄上までも毒牙にかけようとしているのよ。

 

母上の言葉を思い出した僕は 後ろに一歩下がり、女に向かって利き手をかざした。

女は取り乱すことなく その手をとり、自分の胸に当てさせた。

『いいわよ。 撃ちなさい。』

微笑みを浮かべながら、女は確かにそう言った。

 

五歳だった僕の発した、一発のエネルギー波によって女は死んだ。

城に戻ってそのことを告げた時の、母上の顔。

表情に乏しかった母上が 初めて見せた満面の笑顔を、

僕は決して忘れることはないだろう。

 

 

城の中の一室。

形ばかりの見張り番は、僕を止めはしない。

重い扉の向こうの 殺風景な部屋の中には、一人の女がいた。

 

辺境の惑星から来たという、尻尾の付いてない女。

部屋の入り口近くに立ったまま、女に向かって手をかざす。

かわった色の瞳と髪が、幼い頃に この手で殺した女のことを思い出させる。

この女もまた、驚いた顔をしただけで 取り乱す様子を見せなかった。

僕は尋ねた。 「命乞いをしないのか。」

 

「もう少し後だったら、したと思うわ・・。」  腹を手でさすりながら答える。

女は身ごもっていた。 

兄上の子であることに 疑いを挟む余地はなかった。

腹の中にいるうちから既に、スカウターは高い数値を示していた。

この星では、全てが戦闘力で決まるといっていい。

それなら戦闘力次第では、混血でも 後継者になりうるのだろうか・・。

 

「どうせ子供は、産んだらすぐに取り上げられるぞ。」

かざしていた手を下ろした僕に、女は言った。

「だったら、今 殺して。」

まっすぐにこちらを見つめる。

見透かすような青い瞳に、一瞬たじろぐ。

 

「・・どちらにせよサイヤ人は、子育てなどしないんだ。」

「わたしはサイヤ人じゃないもの。 それに、 」

一旦言葉を切った後、きっぱりと言い切る。

「子育てしないなんてこと、ないはずだわ。」

「なんだと? どういう意味だ。」

大きな腹を再び手でさすりながら、女は答える。

「みんな誰かのおなかの中で育てられていたはずなのよ。

 こんなふうに、重たい思いをさせて、ね。」

 

「・・・。」  

「この子、男の子なのかしらね?」

おそらく そうなのだろう。 生まれ出る前から この戦闘力ならば。

「あんた、ターブルくんっていったっけ。 ベジータから聞いてるわ。 

 この子 案外、あんたに似てるかもしれないわね。」

馴れ馴れしい物言い、 親しげな笑顔。

「おかしな女だ・・。」

それだけを言い残し、僕は部屋を後にした。

 

兄上が 城から離れた場所に、屋敷を建てようとしていることを僕は知っている。

あの女のためだ。

兄上はあの女を、手放さないつもりなのだろうか。

 

 

城の奥、 限られた者しか出入りを許されていない場所。

一日のほとんどを、彼女はそこで過ごしていた。

 

「グレ。」

声をかけると 彼女の目と口元は、笑ったように わずかに動く。

けれど 僕の発する次の言葉で、彼女の顔は再び曇る。

「兄上の・・  あの女に会ってきました。 女は、やはり・・ 

「身ごもっているんでしょう。」

うなずいた僕に向かって、彼女は尋ねた。

「美しい女、なのですか?」

 

僕は驚いた。

生まれた時から この星の王妃になるべく育てられてきたグレ。

時間をかけて特別な教育を受け、宇宙はおろか 外へもあまり出たことがない。

他人と自分を比べることなど、ほとんどなかったと思う。

「・・よくわかりません。 尻尾のない、おかしな色の髪と瞳を持った女です。」

 

僕と彼女は同い年だ。

同じ部屋で、机を並べて学んだ時期もあった。

勉強家で、物静かな少女だったグレ。

あれから十数年が経つ。 けれども彼女は、まるで変わっていないように見える。

文字通り、 本当に、 何一つ。

 

戦闘力の高い子供を産ませることにこだわって、近親婚を繰り返したためではないか。

グレの幼さを、そんなふうに評する者がいる。

そのうえ・・ 

兄上が異星人の女などにうつつを抜かすのは、妃が未熟で相手にならないせいだ、

などと噂する者さえも。

彼女の耳にも届いているのだろうか。

だとしたら、二重にも三重にも、グレは傷ついているはずだ。

 

けれど彼女の小さな顔からは、感情があまり読み取れない。

王族の妃は常に、遠縁の一族から選ばれる。

つまりグレは、母上とも親戚の間柄だ。

無表情だった母上が、僕に笑顔を見せてくれたのは たった一度。

父上が囲っていた異星人の女を 殺したと告げたあの日、

ただ一度だけだった。

 

グレが笑顔を見せる時。

それは やはり、あの女が死んだ時なのだろうか。

そう考えると、僕は何故か 胸がひどく痛くなった。

 

小さな手をとって引き寄せる。

サイヤ人としては小柄な僕の、ちょうど胸のあたりに 顔を埋める形になる。

黒い髪に、指をくぐらせてみる。

肩がびくん、 と動いたけれど、彼女は言葉を発さない。

羽のように軽い体を抱きかかえて、誰も来ない所へ連れ去ったとしたら。

怒るだろうか。 泣くだろうか。  それとも、 あるいは ・・・

 

抱きしめていた腕を解いて、彼女の前に膝まづく。

顔を上げ、小さな肩に手を置いて、そっと唇を重ねてみる。

彼女は逃げず、じっとしていた。

 

 

離れた場所から自分たちを見ていた者がいたことに、二人は気づいていなかった。

兄が妃に指一本触れない本当の理由を、その時の彼は まだ知らなかった。