152.『新しい冒険』

煙草』『事故』『少年のころ』と続けてきました ナメック星IFストーリーの

最終話です。 ここにヤムチャが戻ってきたら どうなるのだろうと思いまして…。

 『ため息は誰のせい?』という話をリメイクした感じでもあります。

ヤムブル感が強めですが(別れの話なので)、話の流れ上、こちらにupします。]

その光景を、ドアの隙間から目にした時。

まるで、周りにある全てのものの動きが 止まってしまったように感じた。

どうしてか それは、おれが この世に戻ってきた あの瞬間を思い出させた。

殺された… 死んでしまった あの時のことではなくて。

 

神龍の力によって生き返り、こちらの世界に飛ばされた。

落ちた場所が C.C.の庭にある人工の池の中だったことに、おれは しばらく気付かなかった。

水の冷たさよりも、飛びついてきたプーアルの温かさ、ふわふわした毛の感触、大きな泣き声。

それらに すっかり気を取られていたためだ。

離れた場所から こちらを見つめていたブルマの、ほっとしたような表情。

それに気付いたのは、さらに後のことだった。

 

どこかに修行に出ているらしく、鉢合わせしたことは まだない。

けれど ベジータの奴が このC.C.を、地球での基地のように扱っているという事実。

それはブルマではなく、プーアルやウーロン、お母さんの口から聞かされた。

ブルマもまた、家にいることが少なくなっていた。

C.C.社を継ぐことが正式に決まり、以前よりも忙しくなったからだ。

帰ってくれば来たで研究室に籠ってしまうブルマを、ようやく捕まえて問いただす。

すると、こんな答えが返ってきた。

「だって、うちが引き受けてやらなきゃ 騒ぎになっちゃうでしょ。」

 

確かに。

例えば、腹をすかせた あいつが、作物や家畜に手を出したとする。

怒って 見咎めてきた人を傷つけたり殺したりすれば、警察、悪くすれば軍隊が出てくる。

そうしたら もっと、ひどいことになってしまうかもしれない。

裕福なC.C.で面倒を見てやることで、そういったトラブルを避けようというのだろう。

けど。

「危ないじゃないか。 そんな、何をやらかすか わからない奴を家に入れるなんて。」

「…。 今は、孫くんと決着をつけることが第一みたい。 だから、大丈夫よ。」

 

なんだか まるで、早く話を終わらせたいみたいだ。

そうなんだ。 このところ ずっと思っていたことだけど、やけに よそよそしい…。

「だからってさ、」

おれは食い下がった。 それが一番、言いたいことでもあった。

「戦闘服の開発まで引き受けることはないだろ。 いいか、悟空を倒すためってことは つまり、」

この地球を終わらせる手伝いじゃないか。

言い終える前に、きっぱりとブルマは口にする。

「そうはならないと思う。」

そして、こう付け加えた。

「多分 もう、地球を制圧することには興味がないと思うの。

 とにかく、孫くんの帰りを待ちましょうよ。 それからだわ。」

かつては恐ろしい敵だったピッコロが、今では味方になっていること。

ブルマは それを、期待しているのだろうか。

でも、それだけだろうか。

 

言いかけた その時。 内線電話が鳴り響いた。

ブルマが素早く受話器を取る。

「そう! 待ってたのよ、すぐに繋いでちょうだい。 もしもし、お世話になってます…。」

話し方が、微妙に変わった。

どうやら仕事の電話のようで、おれは席をはずすしかなかった。

かつて、修行にかまけてばかりいた おれに、不満をぶつけていたブルマ。

けど おれだって、研究室に籠っちまった おまえには、声をかけられないんだよ。

 

難しい専門用語だらけの、おれには まるで理解できなかった その電話。

それが、外注していた特殊素材についてだったということ。

ベジータが心待ちにしているであろう 戦闘服の完成が近付いていること。

おれが それを知るのは、その日から一週間ほど後だ。

 

ベジータがやって来た、いや 戻ってきた。

C.C.は広いから、まだ顔は合わせていない。

だが 気ですぐにわかった。

今、研究室に 奴はいる。 ブルマと、二人きりで。

なさけないことに おれは、ドアの隙間から様子を窺うしかなかった。

ドアを開いて声をかけ、同席させてもらうことは、何故か どうしても出来なかった。

小さな部屋というわけではない。 

だから 細かいことは聞き取れず、内容はよくわからない。

それでも二人は会話を続ける。

冗談や軽口を言っている様子は無く、むしろ たびたび 口論のようになる。

声を荒げたりはしていないのだが…

「!」

 

信じられないことが起きた。

唐突に、だが言い方を変えれば ごく当たり前のように、二人の顔が重なった。

どちらかといえば、ベジータの方からに見えた。

ブルマは抗わない。

かと言って馴れ馴れしく、腕をまわしているわけでもない。

それでも、見えるわけではないけど、その唇が ゆるく開いて、奴を受け入れているのがわかる。

昨夜、おれの前では固く、きつく結ばれていた唇。

戻ってきてからというもの ずっと、何だかんだと理由をつけて拒まれ続けていた。

そのわけを思い知った。

 

「用があるなら、何とか言ってきたら どうだ?」

「! ヤムチャ! いつから そこにいたの?」

いつの間にか、無意識のうちに おれは、足を踏み出していた。

けど 本当になさけないことに、二人に向かって詰め寄ることは出来なかった。

もしかしたら、予想していたのかもしれない。

こんな みじめな真似をしたのは、自分の目で確かめるためだ。

人から聞いた話などではなくて。

 

「ヤムチャ、 待ってよ!」

ブルマが追ってきた。

けれど 足を止めることなく、おれは自分の部屋に向かった。

長い修行に出た時も、死んでしまっていた時も、

いつでも戻ってこられるよう、そのままにしておいてくれていた部屋。

遅れてやって来たブルマに、背を向けたままで尋ねる。

「おれがいない間、何があった?」

「…。」

答えない。 言い方を変える。

「いつから ああなった? 何が きっかけなんだ?」

しばしののち、ブルマは ようやく答えを返した。

「… 言えない。」

 

おれは、荷物をまとめ始めた。

カプセルではなく、もともと持っていたナップサックを使う。

そもそも、たいした物は無い。

もう使わない物、自分の金で買っていない物は置いていくから、これで十分だ。

 

「ねえ、ヤムチャ、」

「出て行くよ。 その方がいいだろ。」

「でも、こんな急じゃ…  ?」

床に投げ出された数冊の本。 手に取ったブルマが、怪訝な顔をする。

「何、これ? どうして こんな本があるの?」

それは、会社経営に関する本だ。

「勉強してみようと思ったことがあったんだよ。 ブルマと一緒になるなら、必要だと思ったんだ。」

「ヤムチャ…。」

「でも、やっぱり無理だった。 1ページめからチンプンカンプンだよ。

おれ 子供の頃、あんまり学校に行ってなかったんだ。

体力勝負の仕事なら ともかく、スーツを着て働くなんて、出来っこないんだよな。」

だからこそ、うんと強くなりたかった。

悟空と戦えるくらいに。

でも、 それも…

 

やや大きな声で おれは言う。

「ここを出て行っても おれはずっと、ブルマの友達でいるよ。

 この先 何が起きても、ベジータがいなくなった後も ずーっとだ。」

気は感じなかった。

けど、奴は聞いている。 そう思ったからだ。

 

うつむいて、声を出さずに ブルマは泣いていた。

ヒステリーを起こしながら ぎゃーぎゃー泣いているところは何度も見た。

だけど こんなふうに泣く姿を見たのは初めてだった。

「なんだか、変わっちまったな。 女の子から いきなり、大人の女になっちまったみたいだ。」

それは、心の中で言った。

 

 

家を出て行くヤムチャとプーアルを、玄関から ちゃんと見送ることは出来なかった。

窓辺に立って泣いていた わたしに、ベジータが声をかけてきた。

「おい。」

少し驚いた。 もうとっくに、どこかに行ってしまったと思っていたのだ。

振り向かずに答える。

ひどい顔をしているし、声には涙が混じっているから。

「何? 戦闘服のことは、さっき話したとおりよ。 まずは修行で試して、それからね。」

「…。」

「?」

沈黙。 何故だろう。 彼は立ち去らない。

その後 彼が発した言葉は、さらに わたしを驚かせた。

「泣くな。」

「えっ?」

耳を疑い、聞き返す。  彼は こう、付け加えた。

「俺の前で、泣くな!」

 

「… それ、命令?」

「そうだ。」

その言葉はベジータの、腕の中で聞いた。

 

けれど ヤムチャとは、意外と早く 再会することになる。

巨大で邪悪な気を感じ取り、仲間たちが集結したためだ。

やって来たのは フリーザ一味。

宇宙から戻ろうとする孫くんを追い越し、ひと足早く 地球に降り立ったのだ。

だけど 奴らを倒してくれたのは、みんなの中の誰かではなく、遅れて現れた孫くんでもなかった…。

ところで わたしは、その現場にはジェットフライヤーで向かった。

ベジータは絶対に、連れて行ってはくれないから。

 

あれから何年経っただろう。 ベジータは、まだ わたしの元を去っていない。

行きがかり上、今のところ、かもしれないけど。

ヤムチャとは、ずっと友達だ。

彼は あの、別れになった日に 言ったことを守ってくれている。

 

野次馬で じゃじゃ馬なんて言われたけれど、ナメック星を最後に、冒険の旅はしていない。

理由は、戦えない わたしは足手まといにしかならないということが よくわかったから。

それに、何といっても忙しくなった。

何せ、母親兼科学者、C.C.社の社長でもあるんだもの。

そして 何よりも あの男、ベジータを愛して、生きていく日々。

それこそが、とんでもなくスリルに満ちた、冒険そのものだからだ。