033.『もう、戻らない』

ベジブルのサイヤ人パラレルの補間です。

サイヤ式』と『地球式』の間くらいのお話です。]

夜。  ベジータはいつも、ほぼ同じ頃にこの部屋を訪れる。 

だから今日は、もう来ないだろう。

 

彼が来ないと、わたしは本当にすることがない。

 

まさか出歩くわけにもいかないし、そもそも娯楽の乏しそうな星だ。 

少し前に、わたしはベジータに言ってみた。

『こう見えてもわたしは、将来を嘱望された科学者だったのよ。』 

ベッドの中で、わたしの肩を抱いていた彼は 何も言わない。

『小さくてもいいから、研究室が欲しいの。 きっと、役に立つ物を作れると思うわ・・・。』

 

たとえ それが、破壊や殺戮に加担する物でもいいと思った。 

何もせずに過ごすことが、苦痛で仕方がなかった。

 

ベジータは一言だけ言った。 『考えておいてやる。』  ・・・

 

その時、ドアが開いた。  聞き慣れた足音。 

 

マントや装備をはずし、ブーツを脱ぎ捨てて、ベジータがベッドに入ってくる。

 

背中を向けていたわたしは 肩に手がかかった瞬間、勢いよく向きを変えた。

彼の背中に、両腕をまわす。 

これ以上できないくらいに、きつく。

 

「起きてたのか・・。」

「今日は もう来ないと思った。 あの人たちも、そう言ってたわ。」

 

侍女たちのことだ。 だけど、直接 会話をするわけじゃない。 

悪意に満ちた、聞えよがしの噂話。

話相手すらも、今の私には ベジータ 一人だけだった。

 

「もうじき結婚式だから、忙しいんでしょう?」 

仰向けにされたわたしは、彼の頬を両手で包んで唇を重ねる。 そっと、短く。

 

「女どもは そんなことまで話していたのか。 務めだけに専念しろと伝えたはずだが・・。」

「王子様の命令を、ちゃんと聞かないみたいね。 あんた、敵が多そうだものね。」

図星なのか、不愉快そうなベジータと、それでも何度も唇が重なる。

 

敵が、多い。 

レベルが全然違うけれど、わたしにもそんなことがあった。

地球一の科学者だった父さんの影響で、幼いうちから その道へ進んだ。 

努力も人一倍してきたつもりだけど、恵まれた境遇への嫉妬は随分あった。

 

だから ドラゴンボールを探す旅は、本当に楽しかった。

わたしが何者なのかなんて、全く知らない人たちとの出会い。 

旅に出た目的は、今 思えば そういうことだった気がする・・・。

 

伸びたわたしの髪の、毛先の辺りを弄んでいたベジータの指先が、耳たぶに移動する。

つけたままのピアスには、わたし自身の手で壊したドラゴンレーダーの心臓部が仕込んである。

もしかすると彼は、そのことを知っていて わたしを保護しているんだろうか。 

いつの日か、ドラゴンボールを我が物にするために。

 

頭の中の疑問とは、別のことを尋ねてみる。

「婚約者は、きれいな人?」 「・・よくわからん。 考えたことがない。」 

つぶやきながらベジータは、慣れた手つきでわたしの服を脱がしていく。

 

「じゃあ、 わたしのことは きれいだと思ってる?」 「イヤな女だな、 おまえは・・。」

屈強な両腕に抱きすくめられて、息が止まりそうになる。 

「答えないなんて、ずるいわ・・・

 

彼はベッドの上で、ゆっくりと、ひどく丁寧に わたしの体を開かせる。

乱暴だったのは、あの 宇宙船内の浴室での、初めての時だけだ。

 

ここに連れてこられた時。 

絶望したわたしは、死ぬことばかり考えた。

 

今すぐ天国に行きたい。 

父さんと母さん、そしてヤムチャと、地球のみんなに謝りたい。

ごめんね、 奇跡は起こせなかった。 やっぱり、わたし一人じゃ無理だった・・・。

 

そんなこと、いいんだよ。 おまえはよく頑張った。 

きっと、そう言ってくれたと思う。 あの日までは。

 

今のわたしを、地球の皆は、決して許さないだろう。

 

浅い吐息に混じってベジータが、わたしの名前を口にしたのが聞こえた。

それだけで、胸がいっぱいになる。 

名前を呼んでくれる人は、今ではもうこの人 一人だけなのだ。

だから、わたしも口にする。 彼の重さを感じながら、熱い背中に腕をまわして。

 

「好き。 好きよ、 ベジータ ・・・

 

彼は動きを終えた後、 その唇で、わたしの頬に流れる涙を吸っている。

「あんたを待ってる時、一人ぼっちで 寂しいせいよ。」 

半分くらいは、嘘じゃなかった。

 

 

夜が明ける頃。 ベジータが身支度をする気配で目が覚めた。

起きられない時もあるけど、寝ているふりをすることもある。 

彼が部屋を出るのを見るのが つらいからだ。

 

でも今朝は、体にシーツを巻きつけて ドアまで見送る。

「めずらしいな。 いつも ぐーすか寝ている奴が。」

なんとなくうれしそうに見える。 わたしは言ってみた。

 

「研究室のことなんだけど、 ベジータが わたしの顔を見る。

「やっぱり、しばらく いいわ。 だけど、ほかの頼みがあるの。」

「なんだ。 言ってみろ。」

「今度、ここに来た時に話す・・・。」

 

彼は、うつむいたわたしの腹部に視線を移した。 そして、こう言った。

「おまえが決めることだ。 好きなようにしろ。」

 

すかさず答える。「産みたいわ。」  

彼は気付いていた。  そう、わたしはベジータの子を身ごもっていた。

 

 

侵略と略奪を糧にしているサイヤ人。 

彼らが死んだら、誰一人として天国へは行けないだろう。 

 

もちろん、ベジータも。 

そして、その男を愛したわたしも、きっと、もう・・・

 

それでもいい。 

それでも わたしは もう、一人ぼっちで彼を待たなくていいのだ。

 

朝。  彼のぬくもりが残るベッドに もう一度 身を沈めながら、わたしは目を閉じた。