281.『はじめのいっぽ』
[ 未来トラパン前提の、未来ベジブル転生ストーリーで、
二人の娘=ブルマの生まれ変わり、という設定です。
お許しくださるかたのみ、お進みください。
『 Forget me not 』 『 Time goes around 』と併せてお読みいただけましたら
うれしいです!]
今は平和な この世界。
だが かつて、何もかもが破壊され、罪なき人々が死んでいった時代があった。
それは戦争でも侵略でもなく、人造人間と呼ばれる 二人組の男女の仕業だった。
悪の組織による改造手術で、凄まじい力を得た二人。
十数年の長きにわたって人々を苦しめ、滅亡の一歩手前まで 追い込んだ
奴らは、
ある日突然姿を消した。
その理由については、さまざまな説がある。
街を破壊しつくして楽しみが無くなり、ついに お互いを殺し合うに至った。
あるいは、機械化されていない生身の部分が病に侵された、などだ。
中でも 最も有力なのは …
現れた一人の戦士が、奴らを倒したというものだ。
その戦士は まだ若い男で、空を飛ぶことができたという。
何にせよ それは、俺が生まれる前の話だ。
人造人間が現れない、どこかに潜んでいるのか、いや違う。 滅びたのだ。
俺が この世に生まれてきたのは ちょうど、人々が そう口にし始めた頃だった。
成人した俺は、教師という職に就いた。
子供の頃から、学ぶことは嫌いではなかった。
しかし 自分でも、向いていないと つくづく思う。
そして4年目の春。
俺は一人の 女子生徒と出会った。
キャミという名の その生徒は、あのC.C.社の社長の娘だ。
C.C.社。
かつてはホイポイカプセルという大発明の商品化、独占販売で、地球一の大企業と言われていた。
人造人間による攻撃で、事実上 壊滅状態となっていたのだが、都の復興とともに復活。
新時代を生きる人々の暮らしを、あらゆる面から支えている。
そういうわけだから 当然、家は裕福なのだろう。
いい家庭教師を、いくらだって雇える。
それなのに キャミの奴は、俺に向かって こう頼んできたのだ。
『放課後に、わたしの勉強を見てほしいの。
長い時間じゃなくていいわ。 お礼代わりに、お手伝いもしてあげる。
プリントの印刷なんか、任せてちょうだい。』
『冗談じゃない。』
きっぱりと言い放つ。
『ダメだ。 一人の生徒に、そんな特別扱いができるか。』
黙ってきびすを返したキャミは、なんと その足で 校長室へと向かった。
校長に、直談判したのだ。
生徒に… 特に女子生徒に甘いところのある校長は、あっさりと丸めこまれ、許可してしまう。
俺に対しては、こんなふうに言っていた。
『あまり負担にならない程度なら、いいんじゃないかな。
昔はね、中学生は みんな、塾という所へ通っていたんだよ。
出来る子は伸ばすための、そうじゃない子は補うための塾が、ちゃんと あったんだよなあ。』
… ある年代以上の人間の話は、いつも昔話になる。
ところで、キャミは 文句なしに前者の方だ。
皆が帰った教室で 俺にしてくる質問は、学年よりも ずっと進んだ、高度な問題ばかりだった。
くそっ、まったく。
どこが負担にならない程度なんだ。
イヤミのつもりで言ってやる。
『C.C.社製のコンピューターに教わった方が早いんじゃないのか。』
大きな瞳をさらに見開き、キャミは即座に こう答えた。
『そんなの、つまんないわ。』
スイッチが入ってしまったらしく、さらに続ける。
『一人じゃ飽きて、行き詰まっちゃう。 でも パパたちは忙しいし…。
おばあちゃんが生きててくれてたらな。
わたしが、生まれる前に死んじゃったの。』
言葉を切って、こうも続ける。 どこか自慢げに。
『すごい科学者だったのよ。 それにね、すっごい美人だったの。』
『ふん…。』
流れを切り、担任教師らしい質問をしてみる。
『友達はいないのか。 一緒に勉強してくれるような奴は。』
『ご心配なく。』
ぴしゃりと言った後、この生意気な生徒は、俺に問い返してきた。
『先生は、友達 いるの?』
『 … 。』
答えを待たず、キャミは勝手に話し始める。
『わたしはね、ママに何でも話すの。 だから いいのよ。
うちのママね、とっても若いの。 わたし、18の時の子なのよ。
パパも若く見えるんだけど、ママとは13歳も違うの。』
そして ようやく、こう締めくくった。
『13歳年上。 わたしたちと おんなじね、 ベジータ先生。』
その青い瞳で、俺の顔を じっと見つめながら。
『おまえ、友達は いるのか。』
『ご心配なく。』
同じような やりとりを、何度か繰り返した。
クラスの、特に女子との いざこざが、多少あったらしい。
それでもキャミは 放課後の、俺との [勉強会] をやめようとはしない。
仕方なく 校長に相談すると、こんな答えが返ってきた。
『要するに、やっかみなんだろうね。
でも 本人が それほど希望してるんなら、続けてやったらどうだい。』
そして、こんな一言を付け加えた。
『平和だからこそ、かもしれないよね。』
確かに、人造人間が のさばっていた頃は それどころではなかっただろうが…。
そもそも 学校というもの自体、満足に機能していなかったのだ。
まあ、いい。
どうせ、卒業するまでのことだ。
そう割り切り、付き合ってやることにした。
毎回、三十分か四十分程度。
その 限られた時間の中で、キャミは難問を解き、あれやこれやと語りかけてきた。
内容は主に家族のこと …
特に、生まれたばかりの弟の話が多かった。
季節は移り、無事に卒業を迎えたキャミ。
高校にも、至極 優秀な成績で合格した。
それでも その後も、あいつは やって来た。
学校帰りに、わざわざ顔を出す。
もちろん毎日ではなく、週に一〜二回程度だったが。
そのことで 俺が何かを言おうとすると、あいつは先に こう答えた。
『ご心配なく。 楽しくやってるわよ。
居心地は、高校の方が いいみたい。
少なくとも、何の努力もしないくせに 言いがかりだけ つけてくるような人はいないから。』
『 …。』
『あとね、標準服が無いのも 楽チンでいいわ。』
一旦 言葉を切った後、そんなことも付け加えていた。
『なら、もういいだろう。 わからないところが あるなら、今の担任に質問しろ。』
『うーん、今は、どっちかっていうと、ベジータ先生が心配だから来てるのよね。』
『なに? 何が心配なんだ。』
『だって、小学校の先生なんて、大変そう。 それも受け持ちは、低学年のクラスなんでしょ?
3年生だっけ?』
『 … 2年生だ。』
チッ、 大きなお世話だ。
希望したわけではない。
だから あまり例のないことらしいのだが、俺は 同じ地域の小学校に転勤になった。
子供の数に対し、教師は 今も不足している。
人造人間が現れなくなってから もう、三十年近く経つというのに…
ちゃんとした教育を受けた者が 少ないためだ。
これも、奴らが もたらした弊害の一つかもしれない。
そんな ある日、事件は起こった。
課外授業で、出来たばかりの高層ビルの見学をすることになった。
昔から そうだったというが、集団の中には、とにかく 人の言うことを聞かない奴が混じっている。
大声で怒鳴りつけ、追いかけて襟元を引っつかみながらの引率。
一番の目的である 展望台を見せてやり、
下りのエレベーターに 順番に乗せていた、その時。
途中の階にある飲食店で 火災が起きたというアナウンスが入った。
非常階段を使って 何とか下まで下り、外に出て点呼をとる。
『〜 くん!』
隣のクラスの 女教師が叫んだ。
『先生、どうしましょう! 一人いないんです!』
… 何度も言うが、子供の数に比べ、教師が足りていない。
いなくなったのは いわゆる、手のかかるタイプの子供だ。
無理をせず、保護者に頼んで 同伴してもらうべきだった。
考えていても仕方ない。
階段を駆け上がり、最上階に戻る。
『!』
いた。
混乱の中 パニックになり、列から離れてしまったのだ。
『おい!』
それでも、呼びかけると すぐに駆け寄ってきた。
それにしても、新時代を迎えてから 最高層の施設と謳われているビルだというのに、
ソフトの面は ひどく お粗末だ。
煙が立ち込めてくる。
救助は、外からだろう。
だが、屋上に通じるドアは 固く施錠されている。
『くそっ!』
おびえる子供を、抱えながら毒づく。
『助かったら、教師なんぞ すぐに辞めてやる…。』
その、わずかに数秒のち。
俺は、信じられないものを目にした。
展望台のガラス窓の外に、人がいる。
命綱の類は見えず、まるで浮いているようだ。
『先生! もう 大丈夫よ!』
分厚いガラスを隔てていても、そう言っているのが わかった。
地上から、およそ150メートル。
空中に浮かんでいる人物は まぎれもなく、普段着姿のキャミだった。
『先生、下がって!』
そう言ったことも わかった。
キャミは宙に浮いたまま、両手首を合わせたような、独特の構えをとった。
そして 間もなく、衝撃波が発射された。
厚いガラスが砕け散り、強い風が吹き込んでくる。
信じられん。 銃も何も、持っていないというのに。
『先生、早く!』
そうだ。 余計なことを考えている場合ではなかった。
救助ヘリは まだ来ない。
子供だけでも 引き渡そうとすると、またしても、信じがたいことが起こった。
『しっかりつかまってね。
それと この子が落ちないように、気をつけてあげて。』
そう言いながら キャミは俺ごと、その両腕で抱え上げたのだ。
空を飛び、ゆっくりと着地する。
助かった。
だが いったい、どうなっているんだ。
『おい、 どういうことだ。
何故 おまえは、あんなことができるんだ。』
『えーっと… あっ、そうそう。
あのね、C.C.社で開発中のマシンを使ったの。 人命救助するための物よ。』
しどろもどろで説明をするキャミは、Tシャツとジーンズだけという軽装だ。
そんな御大層な装置を、どこに着けているというのか。
その時、 『せんせーい。』
『大丈夫ですか!?』
他の子供たちや教師、そして 今さらだが救急隊員らが、続々と こちらへ駆け寄ってきた。
『まずいわ、騒ぎになっちゃう。 うまく言っといてね、ベジータ先生!』
そんな言葉を残し、あいつは再び 空に浮かんだ。
そして、あっという間に 見えなくなった。
俺と一緒に助けられた子供が、空を見上げて つぶやいた。
『あの お姉ちゃんは、正義の味方なの?』
その言葉は、俺の中にあった ある記憶を蘇らせた。
次の日の夕方。
俺はC.C.、 キャミの家を訪ねた。
それにしても でかい家だ。
玄関に辿り着く前に、声をかけられる。
「先生じゃ ありませんか。」
キャミの母親だ。
「昨日は大変でしたね。 お体は、大丈夫なんですか?」
その足元では、幼児が土をほじくり返している。
まだ幼い 下の息子を、庭で遊ばせていたようだ。
黙って一礼だけを返した俺に、
「呼んできますね。 ちょっと待っていてください。」
そう言い残し、小走りで その場を去って行った。
残された幼児、 つまり キャミの、年の離れた弟だが…
小さな顔を上げ、俺の方に目を向けた。
黒い瞳と髪。
顔立ちは、誰とも あまり似ていない。
もしかしたら、死んだ祖父あたりに似ているのかもしれない。
「おじちゃん、だあれ?」
「おまえの姉さんの、元担任だ。」
「たんにんって なあに?」
… 少し、難しかったか。
「学校の、先生だ。」
「えー? こいびとじゃないの?」
こいつ …。
赤ん坊なのか ませているのか、どっちなんだ。
そうこうしているうちに、キャミがやってきた。
「先生! 来てくれるなんて うれしい!
体は平気? 煙を吸ってたでしょ。 それに、あの子は大丈夫だったの?」
ああ、とだけ答えて、目で促す。
家には邪魔せず、庭で話すことにした。
ちょっとした公園くらいの広さがあるのだ。
改めて、俺は尋ねた。
「昨日の あれは何だったんだ。 なんで おまえは、あんなことができる?」
「… だから、C.C.社製のマシンを使って飛んだのよ…。」
「ほう、たいしたものだな。
そのマシンを使えば、素手から衝撃波のようなものまで出せるようになるのか。」
しばしの沈黙。
その後で、キャミは俺に向き直った。
「緊急の時は仕方ないけど、あまり目立つなって言われてるの。
特に パパからね。 ああ、でも… 」
そんなことを口ごもったのち、意を決したように続ける。
「昨日 わたしがやったことは、パパとママに教わったの。
パパとママは もっとすごいわ。
弟は まだ小さいけど、すぐにできるようになると思う。」
「おまえたち一家は いったい…」
「先生には ちゃんと話すわね。
あのね、わたしの家族には、宇宙人の血が混じってるの。」
一旦 言葉を切り、淡々と続ける。
「でもね、飛べるのも 力が強いのも、それだけのせいじゃないわ。
昔は、純粋な地球人の中にだって それができる戦士がいたのよ。
うんと修行をすれば、できるの。」
「… 人造人間に立ち向かった戦士、か。」
「うん、そうね。 わたしのパパは、その最後の戦士だったの。
ねえ、先生!」
「? なんだ。 … おいっ!!」
まただ。
キャミの奴は 昨日に続いて また、その両腕で 俺を軽々と抱え、空の上に浮かび上がった。
「うふふ。 またパパに叱られちゃうけど…。
でも わたし、もっと自由に飛びたいのよ。」
空の上、キャミの腕の中で俺は口にする。
今まで、誰にもしたことのない話を。
「昔、若い女が飛んでいるのを 見たことがある。」
「えっ?」
「俺が まだ、ガキの頃の話だ。
飛んでいたのは、黒い髪の女だ。 明るい色の髪の女を抱えていた。
ちょうど、こんなふうにだ。」
「それ、ママだわ。 そして、抱えられていたのは おばあちゃんよ、きっと。」
「ばあさんか。 おまえの… 」
「そうよ、何度か話したでしょう。 C.C.社の二代目で、すごい科学者だったの。
おまけに、ものすごい美人。」
おぼろげだった女の姿が、はっきりと蘇ってくる。
そうだ。
地上に降りた後 あの女は、離れた場所から俺のことを、何故か じっと見つめていた。
「名前はね、ブルマっていうの。」
「ブルマ …?」
声に出して、発音してみる。
すると まるで、胸の奥深くにあった、これまで固く閉ざされていた物が
こじ開けられたような、
それにより、中身が一気に溢れだしてくるような、
そんな感覚にとらわれた。
空の上。 キャミの顔がとても近い。
その口元が はっきりと、俺の二番目の名前を告げた。
「ベジータ。」
ブルマ、というのは パパのお母さん、
つまり、わたしの おばあちゃんの名前だ。
わたしが、生まれる前に亡くなった。
先生は さっき、その名前を口にした。
そのことで何故、どうして、こんな気持ちになるんだろう。
ひどく幸せで、わずかに切なく、胸がしめつけられるような…。
キャミ、と呼んでもらう時とも、少し違っている。
だから わたしも呼んでみた。
「ベジータ。」
…
先生も、同じ気持ちだったのだろうか。
ちょっと信じられなかったけれど、今日、わたしの願いの一つが叶った。
とても短いキスだった。
でも 決して、偶然ぶつかった、なんてことではない。
心臓の音が、聞こえているんじゃないかと思う。
でも キスについては、何も言わないことにする。
照れくさかったこともあるけど その方が、早く大人になれる。
そう思ったからだ。
しおらしく 黙っているかと思えば、キャミは やはり口を開いた。
地上に降りる前、明りの灯った街並みを 見降ろしながら。
「きれいね。 … 」
「年寄り連中は皆、昔の都は こんなもんじゃなかった、
もっと まぶしいくらいに煌びやかで昼と変わらんくらいだった、
なんてことを 言うがな。」
「そうね。 でも わたしは、これくらいが いいと思う。
夜と昼が同じなんて おかしいし、星だって
よく見えなくなっちゃう。」
暮れた空には、星が輝き始めている。
キャミの意見には、概ね同意だ。
だが、C.C.の娘としては どうなのか。
死んだ祖母のような科学者を目指しているのではなかったのか?
俺が口にする前に、キャミは はっきり言い切った。
「これからは もっと良い時代になるわ。
人間と自然と科学を、きれいに調和させるの。」
そして 地面に降り立つと、いつものように呼びかけた。
「ねえ。」
「なんだ。」
ぺこりと、頭を下げて詫びる。
「さっきは、呼び捨てにしちゃって ごめんなさい。」
「… 別に かまわん。 俺はもう、おまえの担任じゃないんだ。」
「そうだけど、先生は先生だから…。
でもね、わたしが18になったら、さっきみたいに呼んでいい?
ベジータって。」
何故18なんだ、と尋ねる。
すると、「ママが わたしを産んでくれた年だからよ。」
という答えが返ってきた。
ついでに もう一つ、以前から思っていたことを尋ねてみる。
「なんだって おまえは、わざわざセカンドネームの方で呼ぶんだ?」
「えーっ、 だって … 」
青い瞳を、さらに大きく見開いて続ける。
「ベジータの方が、先生に合ってるわよ。
どうして、〜 なんて名前なのかしら。」
「悪かったな。 〜 は、俺の親父の名前なんだ。」
「あら、ごめんなさい! お父様は、お元気なの?」
「死んだ。 とっくの昔、俺が生まれる前のことだ。」
「ごめんなさい …。」
「かまわん。 よその子供を庇って、あっけなく死んだ。
あの時代を生き抜いたっていうのにな。
教師をやっていたんだ。」
「ねえ。」
だから、先生になったの。 てっきり、そう続くのだと思った。
だが、違った。
「わたしが、18になったら … 」
「なんだ。 まだ何か あるのか。」
「うん。 また、キスしましょうね!」
そう言って、キャミは走り去って行った。
自分の家に向かって、振り向かずに 手を振りながら。
… まあ そう、深刻に受け止めることもない。
若い女の言葉ほど、当てにならないものは ないんだ。
しかし 俺の脳裏には、ある光景が はっきりと浮かんでいる。
さっき会ったチビ、 キャミの、年の離れた弟。
今度また、あいつに誰だと尋ねられたら。
恋人なのかと聞かれたら。
…
「あー、 くそっ!!」
俺は首を、激しく横に振った。
「俺は 本当に、教師には向いていないな…。」
ひとりごちていると、頭の中に、誰かが直に話しかけてきた。
[ そんなこと、ないんじゃない。 ]
人に言ったことはない。
だが ガキの頃から、そういうことが何度かあった。
女の声だ。
死んだ母親だろうかと、ずっと思っていた。
が、違うかもしれない。
いつか見た、女の姿が目に浮かぶ。
キャミの祖母だったという女の 青い瞳は いつしか、
あいつの それと重なっていた。