Forget me not

For you と 『いつも一緒に の間に入るお話です。

未来ベジブル感が含まれます。]

訪れた仕立て屋さんで、ブルマさんは ずっと泣き通しだった。 

店を出た今も、ハンカチを目元に当てたままでいる。 

そのハンカチは何年か前に、わたしが贈った物だ。

クリスマス? 誕生日? もしかしたら、母の日のプレゼントだったかもしれない。

 

「もう。 ブルマさんったら、泣きすぎよ。」  

「だって・・ あの 小さかったパンちゃんが、こんなにステキな女性になって・・。 

ドレスも、とっても似合ってたわ。」

と言っても まだ、生地やデザインを決めただけなのだ。 

今から これじゃあ、結婚式の当日は どうなっちゃうのかしら?

 

そんなことを考えながら歩いていると、ブルマさんが立ち止まった。 

「どうしたの?」

「パンちゃん。 ついでに もう一つ、わがまま言っていいかしら。」  

「なあに? わたしにできること?」

「あのね、 わたしを抱えて 飛んでほしいの。 空の上から、都を見てみたいのよ。」

 

トランクスと一緒にトレーニングを続けている わたしにとっては、おやすい御用だ。

けれど なるべく人目につかないように、街外れまで歩いた。  

道行く人達への、配慮のつもりだ。

空から突然現れた人造人間の恐怖を、思いださせてしまわないように。

「まあ、新製品の実験だって言えば、わかってもらえると思うけどね。」

トランクスと共にC.C.社を再建した、ブルマさんらしい言葉だった。

 

両腕で しっかりと抱え上げた後、地面を蹴って、空高く浮かび上がる。

「きゃー、 すごいわ! やっぱり ジェットフライヤーとは一味違うわね!」  

ブルマさんが、声を弾ませて はしゃいでいる。

「トランクスに言えば、いつだって こうして飛んでくれるのに。」

「うーん、 ちょっと照れくさいわね。 それに パンちゃんが、ヤキモチ妬いちゃうと いけないし。」

ちょっとだけ、わたしは むきになる。 

「妬かないわ、ヤキモチなんて。」  

からかわれてるって、わかっているけど。 

「だって トランクスが優しいのは、小さかった頃 ブルマさんが いっぱい抱っこしてあげて、

うんと可愛がったからでしょう?」

「そうね、 そのとおり。」 

うなずいた後で、付け加える。

「パンちゃんは、いい子ね。」

 

その後 ブルマさんは、しばらくの間 都を見降ろしていた。

立ち並んでいる 小さな店。 整備された道には、車が行き交う。 

そして 夜になれば、温かな明かりが灯されるだろう。

人口が、激減してしまった地球。 昔とは、比べるべくもないのだろうけど・・・

「ああ、 ここまで戻ったのねえ・・。」

気がつけば、ブルマさんの頬は また、流れる涙で濡れていた。

 

かける言葉を探し当てる前に、ブルマさんは口を開く。 

「わたし、結構 泣き虫なのよ。 強くて泣かない母親っていうのはね、トランクスのつくった幻想なの。」

「・・・。」

「体力の無い わたしが これまで生きてこられたのはね、

C.C.が残ってたこと、悟飯くんとトランクスに守られていたこと、 そして・・」

ちゃんと覚えていて、思いだしてあげなきゃいけない。 そう思い続けていたからよ。

小さな声で、そう付け加えた。

 

それらには答えを返さず、わたしは敢えて こう言った。

「都は、これから もっともっと栄えていくわ。 

より機能的に、だけどクリーンに、文明と自然を調和させるの。」

実を言うと それは、トランクスの口癖でもあるのだ。

 

ゆっくりと、地上に降りる。 車を使えば早いのだけど、のんびりと歩いて戻ることにする。

「?」  ブルマさんが また、立ち止まった。 

視線の先を辿ってみると・・  黒い髪の男の子がいた。

こちらからだと、顔は見えない。 けど わたしより、いくつか年下だろうか。 

背は、あまり高くない。

「ブルマさん?」   はっとしたような顔で返事をする。 

「あっ、ごめんね。 何でもないのよ。」

 

・・ 少し前から わたしは、こんなことを考えるようになっていた。

昔どおりではないけれど、平和が戻った この世界。 いわゆる、ベビーブームだという。

最初に人造人間が出現した日から もう、30年ほど経っている。 

今の、そして これから産まれてくる子供たちというのは

もしかすると、犠牲になった人達の生まれ変わりなのではないか。

つまり・・ ブルマさんが愛していた、 ううん、今でも愛している人。

トランクスのお父さんである彼は既に、新しい命として、

この地球のどこかに 存在しているのではないだろうか。

あの世では、会うことの許されない二人。  

だけど生まれ変わった、新しい命同士なら・・・。

 

わたしは、首を横に振った。 やわらかな手を、しっかりと握りしめて言う。

「もう。 今日のブルマさん、ちょっと おかしいわよ。 泣いちゃったり、ボンヤリしちゃったり。」 

「ほんとね。 年のせいなのかしらね。」

「何言ってるのよ。 あのね、わたしね、」 

何とか元気づけたくて、こんなことを言ってみる。

「なるべく たくさん、子供を産むつもりなのよ。 

サイヤ人は暴れん坊だから、ブルマさんにも うんと手伝ってもらわなきゃ。」

「パンちゃん。 もしかして、もう ・・?」  

おなかの辺りを、見つめられる。 

「やだあ、まだ 違うわ。」 「なーんだ、残念!」

二人して、手をつないで、笑いながら 歩いて行く。

 

C.C.に来る前のことは、もう、あまり覚えていない。

だけど ブルマさんと一緒にいると、おぼろげな記憶が よみがえってくる。

ママの腕に、しっかりと抱かれていたこと。 

こんなふうに 手をつないで、夕暮れの道を歩いたこと・・・。

 

「パンちゃんとトランクスの子供か・・。 楽しみね。 すっごく可愛い子でしょうね。」 

そう言った後、 もう一言を付け加える。

「でも、おばあちゃんなんて呼ばせちゃイヤよ。 絶対ね。」  

それは とってもブルマさんらしい言葉で、なんだか わたしは ほっとした。

 

だから、気のせいだ。

さっき、空の上で、腕の中に納まっていたブルマさんの体が、驚くほどに軽かったこと。 

儚い と思えるほどに、頼りなげだったこと。

きっと わたしの、考えすぎだと思う。