For You

月に願いを』の続きで、『いつも一緒に』の前哨にあたるお話です。]

いくら母親とはいえ、他人が口を挟むべき問題ではない。 それは よくわかっていた。

けれど どうにも我慢しきれず、ブルマは疑問を口にした。 

「ねえ トランクス。 パンちゃんとは いったい、どうなってるわけ?」

 

パンの男友達への嫉妬が引き金になり、互いの想いを確かめ合う形になった夜。  

あれから もう、二年余りが過ぎた。

それなのに この二人ときたら、相変わらず 仲は良いものの

いまひとつ進展しているように見えなかった。

「どうって・・。」  トランクスは口ごもった。 

 

あの日のことを思い出す。 

秘めていた想いを打ち明け、幸福感に満たされた夜。

次第に距離を縮めていき、互いの背中に両腕をまわした。 

小さな唇はやわらかで、艶やかな黒髪が 心地よく頬を撫でた。

それで もう、十分なはずだった。

 

だが 突然、それだけでは足りないと感じたのだ。 

自分の中に半分流れる、サイヤ人の血のせいなのだろうか。

もっと きつく、力を込めて抱きすくめたい。 何もかも、彼女の全てを自分のものにしたい。

焦れたような、焦がれるような衝動が体の中を駆け巡る。

パンもきっと、同じように感じている。 

そう思っていた。

けれども 夜空に浮かんだ満月を、厚い雲が再び覆い隠した、その時。  

微かな、まるで絞り出すような声で、パンは訴えた。

『お願い、トランクス。 わたし、 まだ ・・・ 』

 

トランクスがためいきをついた。 

その表情を目にしたブルマは、打ち明けられなくとも 多くのものを感じ取った。

こんな言葉をかける。 

「あんたたちは、ちょっと難しく考えすぎね。 男と女って、もっとシンプルでいいと思うわよ。」

「・・・。」 

「もしかして、わたしが同じ家にいるのが よくないのかしら?」 

「なに言ってんだよ・・。」

「いっそ、入院しちゃった方がいいのかしらね。」

 

母が発した一言を、トランクスは聞き逃さなかった。 

「入院? やっぱり、具合が良くないんだね?」

「違うわよ。」 あわてて付け加える。 

「言ってみただけ。 いつもとおんなじよ。 薬は ちゃんと飲んでるし・・。」

ブルマは数年前から、通院と服薬を続けていた。

 

「別に、家にいたって同じでしょ。 

会社はあんたが、家のことはパンちゃんが しっかりとやってくれてるんだから。」

「だけどさ・・。」 「わたしのことが心配だったら、 」 言いかけてやめる。 

その代わり、息子に向かって こう尋ねた。

「パンちゃんといる時、幸せだって思うでしょ?」 

「うん。」  深く うなずく。 

 

その答えに満足しながら、ブルマは続ける。 

「悟飯くんもそうだったんでしょうね、 パンちゃんのお母さんと過ごしてた時。」

「・・・。 そうだね。」  

そして、母さんも。 父さんと過ごした短い時間は、幸福だったと思いたい。 

こんなことを考える。 

暗黒時代に生を受け、生き抜いてきたおれたち。

おれたちには幸せになる権利、だけでなく 義務があるのかもしれない。

無残に消されてしまった、たくさんの命の分まで。

 

 

ドアの前を、何度も行ったり来たりした。 

だが、意を決して、トランクスは パンの部屋を訪ねた。

「どうしたの、 こんな時間に。」 

少し驚いた顔をしていたが、パンは笑顔で 彼を迎えた。

 

「この部屋に来るの、久しぶりよね。」 

「そうだね。」  答えながら、ぐるりと見回す。

パンの部屋。 物が溢れている世の中ではない。 

それでも 自分なりに工夫をし、かわいらしく飾り付けている。

「いかにも 女の子の部屋ってかんじでさ、 なんだか息苦しくなっちゃうんだよな。」 

「えーっ、ヘンなの。」

 

クスクスと おかしそうに笑った後で、パンは彼に声をかける。

「もうじき、トランクスの誕生日ね。」 「ああ、そうだっけ。」 

「今年は、何かプレゼントしたいわ。 何が欲しい?」

「いいんだよ、そんな。 パンが作ってくれる おいしい夕飯を、いつもどおり みんなで食べられれば。」

「そんなの つまんない・・。」

不満げなパンの顔を見つめる。 今はへの字になっている、小さな唇。 

そのやわらかさが、はっきりと よみがえってくる。

 

「パンが欲しい。」 「えっ?」

ついに言ってしまった。  もう、後には引けない。  

「もう待てないよ。 待ちたくないんだ。」

「トランクス・・。」 「・・今夜、この部屋で寝てもいい?」

その言い方に、少しだけ笑って パンは答える。 「まだ、誕生日じゃないのに?」 

「あ、 そうか。 そうだよね・・。」

 

「でも、 いいわ。」  小さな声で ささやいて、背伸びをし、彼の頬を両手で包む。 

唇を離した後で、彼女は言った。

「人工呼吸よ。」 「え・・?」 

「この部屋にいると苦しんでしょ? だから・・ きゃっ!」

パンの体が、宙に浮いた。 

苦笑するよりも先に、トランクスが両腕で抱き上げたのだ。

 

ベッドの上に、仰向けに寝かされる。 

「人工呼吸ってのは、こうするんだよ。」 

覆いかぶさる、彼の顔が近づいてくる。 

「トランクス・・。」  緊張のため、身を固くするパン。 

だが、次の瞬間。 「!」

鼻をつままれた。 

「こうやってさ、口移しで息を吹き込むんだ。」 「もうっ、 やだ、 バカあ・・。」 

照れ笑いをしながらも、 ベッドの上で 二人は離れなかった。

 

 

腕の中のパンに向かって、トランクスは つぶやいている。

「おれがタイムマシンで行って来た世界の・・ あっちのトランクスも、パンと こうなるんだろうな。」

「そうかしら。」  厚い胸板に顔を埋めて、パンは反論する。 

「むこうのトランクスは、大金持ちのお坊ちゃんでしょ? 

きれいな女の人が、周りにたくさんいるんじゃない?」

「それでも パンを好きになるよ。 絶対 そうさ。 ああ、だけど・・」 

「なあに?」 

「悟飯さんに、反対されちゃうかもな。」

「えーっ、 どうして? わたしのパパは、とっても優しい人だったんでしょ?」

艶やかな黒髪に、指を通しながら答える。 

「そうだけどさ。 可愛い娘のことにかけちゃ、ちょっと違うかもしれないよ。」

「そうかしら・・。」

 

顔を上げたパンは、なんだか とっても うれしそうだった。

そう。 パンもおれと同じで、父親を知らずに育った子だ。

その夜は同じベッドで、身を寄せ合うように眠った。 狭いけれど、温かかった。

本当に、心の底から、幸せだと思った。

 

 

数日後。  

トランクスの誕生祝いを買いたいと言うブルマと一緒に、パンも街に出た。

昔とは 比べるべくもないけれど、中心街には さまざまな店が立ち並んでいる。

 

通りを歩きながら ブルマは、こんなことを言いだした。 

「子供の誕生日って むしろ、母親の方をお祝いしてあげるべきね。」

「? どうして?」 

「だって・・ 痛い思いをして産んで、ここまで育てて、大きくしたってことでしょう?」

「ブルマさんらしい考え方ね・・。 

じゃあ、わたしの誕生日には、ブルマさんに何かプレゼントするわね。」

 

もう、十数年も前になる。 母親を亡くしたことで、パンはC.C.に引き取られたのだ。

ブルマは小さく つぶやいた。 

「パンちゃんは いい子ね。 トランクスは本当に幸せ者だわ。」  ・・・

 

「あ、 ここよ。 このお店。」  

商品の置いていない小さな店。 そこは仕立て屋だった。

顔見知りらしく、店主は大層 愛想良く迎えてくれる。  

「この子よ。 お願いね。」 「ブルマさん?」

事情を呑みこめない様子のパンに向かって、ブルマは告げる。 

「ウェディングドレスを作ってもらうのよ。 もちろん、パンちゃんのね。」  

 

タキシードは形が決まってるけど、ドレスはやっぱり、着る本人がデザインを決めなきゃ。 

楽しげに ひとりごちるブルマに、パンがあわてて口を挟む。 

「そんな、どうして急に、」 

「急じゃないわ。 わたしはずーっと考えてたの。 トランクスだってそうだと思うわ。」

言葉を切って続ける。 

「お願い、パンちゃん、 花嫁姿をわたしに見せて。 何だったら、届けなんかは出さなくてもいいのよ。」

「そんなこと・・。」 「さっき言ってくれたでしょ? わたしに贈り物をくれるって。」 

「でも、わたしの誕生日は まだ先だわ。」

笑顔で、けれども きっぱりとした口調でブルマは言った。 

「前倒しでお願い。 もう待てないの。」

 

そういえば、数日前にも トランクスと似たような やりとりをした。

ブルマの強引さに、なかば押し切られる形で パンは応じた。

 

採寸を済ませたのち、 純白の布地を あれこれ体に当ててもらう。

ただ それだけのことで、ブルマは何度も涙ぐんでいた。

 

その理由を パンが知る日は、もう すぐ そこまで来ていた。