『月に願いを』
[ 『はじまりのうた』 『My Little Lover』 の続きで、トラ28歳 パン15歳です。
この年までトランクスに何も無いのもなあ・・と思い、
こんな設定にしてしまいました。]
「あーあ・・。」
自宅であるC.C.に帰って来たトランクスは、力無く、という表現がぴったりの様子で
ソファに腰を下ろした。
「おれってダメだな。」 深いため息をついて、うなだれている。
こういう息子を見たのは、これが初めてではない。 二年ほど前にもあった、とブルマは思い出す。
トランクスが、当時 交際していた女性と別れてしまった時だ。
付き合う、別れるなどといっても、 まだまだ不自由な世の中である。
お互いの家族に紹介し合い、視野に入れていた結婚が白紙になった、といったところか。
男女の別れの理由などというものは、一つではないだろう。
けれど一番大きな原因を、ブルマはわかっているつもりだった。
「ねえ、パンちゃんはどうしたの? 学校は とっくに終わってる時間でしょ?」
「・・・。 逃げられた。 おれ、もう 嫌われちゃったよ・・。」
「何言ってるのよ。」
C.C.で引き取ってから 早10年。 パンは15歳に成長した。
それは つまり、この地球が平和を取り戻してから10年余が過ぎたことになる。
都の復興はずいぶん進んだ。
だが、とにかく人口が激減してしまっていたたため、それまでのようには とてもいかない。
思うにまかせないことも多かった。
そんな中であっても、新しい時代の象徴である子供たちは 次々と産声をあげていた。
豊かではないけれど、もう怯えて暮らす必要のない この世界。
親となった大人たちが考えたのは、子供に教育を受けさせることだった。
地域によって規模はまちまちだったものの、学校の数は増えていた。
その一つに、パンは通っている。
自分では気づいていないようだが、パンは とても魅力的な少女だ。
近頃は なんと、学校で親しくなった少年に送られて帰ってくる。
今日も そうだった。 日の沈みかけた薄闇の中、 玄関の前で 笑顔も交えて、何やら話しこんでいる。
まるで、別れを惜しむかのように・・・。
それを目にしたトランクスは カッとなった。 だから、あんなふうに言ってしまったのだ。
『パン。 いい加減にしろ。 さっさと家に入るんだ。』 ・・・
しかし、彼女は言うとおりにはしなかった。
短い抗議を口にした後、暮れてゆく空に向かって、パンは飛び去って行った。
その場に残された少年は、何か言いたげな顔で トランクスを見つめていた。
けれども 何も言うことをせず、一礼をして走り去った。
「かっこ悪いよな、 おれ。 まるで わからずやの親父みたいだ。」
学校では、通っている子供の数に対し 教師は不足していた。
パンの薦めでブルマ、そしてトランクスも新生C.C.社の操業の傍ら、教壇に立ったことがある。
だから、さっき会った パンの男友達が 真面目で、
年下の子供の面倒もよく見る 良い少年だということは知っていたのだ。
それなのに・・・。
「やきもち、ね。」 「・・・。」 返す言葉が無い。
「すぐに追いかければよかったじゃないの。」
「追ってくるな、って言われちゃったんだよ。」
「だったら迎えに行きなさいよ。」
気を読めば、居所はすぐにわかるはずだ。 なのにトランクスときたら、つべこべと口ごもっている。
パンよりも13歳も年上で、もう いい年だというのに。
でも、仕方がないだろう。 暗黒時代と呼ぶべき世界で 学校にも行けず、
戦いと修行のみに明け暮れる少年期を送ってきたのだから。
それに・・・。 ブルマは思う。
その年齢の頃は自分だって、大いに惑っていた。
長年の付き合いだったヤムチャとの別れ、 ベジータとの出会い、 そして・・・
「ねえ、トランクス。」 息子に向かって、ブルマは話し始めた。
「わたしね、今でも時々泣いちゃうことがあるのよ。 気付いてたでしょ?」
そう。 母の涙を、トランクスはずっと、気付かないふりをしていた。
それは思いやりと・・ 見たくない、という気持ちが半々だったかもしれない。
「大体はね、あんたの父さん・・ ベジータのことを考えてるのよ。」
言葉を切って、ブルマは続ける。
「死んじゃって、もう会えないことは もちろんつらいんだけど・・。 もっと悲しいって思うのはね、」
自分の気持ちを、ちゃんと伝えられなかったことよ。
小さな声で付け加えた。
「母さん・・。」
「わかるでしょ? わたしの言いたいこと。 せっかく生きてるんだから、思う存分、思ったとおりに、」
「うん! ありがとう。」
母の言葉が終らぬうちに、トランクスは文字通り 家を飛び出していった。
「やれやれ、世話が焼けるわね。 まあ、仕方ないか。」
しみじみとひとりごちた後、 少しの間 ブルマは咳きこんだ。
「パン。」 トランクスからの呼び掛けに、ゆっくりとパンは振り返った。
居所はすぐに わかった。 それ程遠くへは行っていなかったし、気も消していなかった。
武空術も 気を操ることも、自在にこなしてしまうパン。
それらは もちろん、今 目の前にいるトランクスに教えられた。
この、10年の間に・・・。
「さっきは悪かったよ、 ごめん。 一緒に帰ろう。 母さんも心配してたよ。」
「・・・。 どうして、謝るの?」
頷く代わりに質問をしたパンに、トランクスは こう答えた。
「あんなふうに、怒った声を出しちまったからだよ。 パンは別に悪くないのに。」
そして 一呼吸をおいた後で付け加える。
彼にも 彼女にとっても、とても重要な一言を。
「ものすごく、イライラしたんだ。 パンが 他の誰かを好きになることが、すごくイヤだった・・。」
「トランクスって、勝手よね。」
以前から知り合いだった女性と 結婚するかもしれない。
そう聞かされた時、パンは必死に笑顔をつくった。
やはり自分は妹なのだ。 別の次元の世界には存在しているという、年の離れた妹。
その、代わりなのだ。
それならば それでいい。 家族として そばにいられるなら。
幸せになる姿を、見届けられるのなら・・・。
それなのに 、トランクスは 相手の女性と別れてしまった。
どうして、と 詰め寄った自分に、その女性は笑顔で答えた。
『パンちゃん、 あなたのせいよ。』 ・・・
声には、涙が混じっていた。
この話を、パンは誰にもしていない。 それでもトランクスは、こんな言葉を口にする。
「パンのことを、そういう目で見ちゃいけないと思ってたんだ。 まだ、君は子供だったから。」
「ほんとに勝手だわ・・。」
だけど 自分も、似たようなものかもしれない。
通い始めた学校で知り合って、仲良くなった男の子。
以前から気付いていたけど はぐらかし続けて、今日、ついに 好きだと言われた。
優しくて、とても 頭のいい男の子だ。
普通ならば うんと喜んで、こっくりと頷いて、いずれは恋人と呼ぶようになるのだろう。
なのに 自分は、そうできなかった。
その理由は、うんと小さかった頃に、トランクスという人に 出会ってしまったから。
二人の距離は、いつしか縮まっていた。
トランクスは両腕を伸ばし、パンの肩を引き寄せた。
抱きしめる形になる。
「なつかしいな。 初めて会った時も こうしたっけ。 ジタバタして、逃げようとしてたけどね。」
愛らしい唇を尖らせて、パンは言い返す。 「もう、逃げたりなんかしないわ。」
「そうだね。 それに あの時は、」
耳元に向かって、彼は小さく付け加える。 「・・裸だったっけ。」
「もうっ、 バカ!」
片手を上げて、ぶつ真似をする。 笑いながら、避けるふりをする。
それでも、二人は離れない。 さらに、もっと 近づいていく。
唇が重なる。
けれども そっと触れただけで、あっという間に離れてしまう。
「そういえば・・ 」 パンが声を発し、疑問を口にしたからだ。
「トランクス、まだ 怒ってるの?」
「? どうして?」
「だって トランクスが わたしを呼び捨てにするのって、怒ってる時だわ。」
「そうかな・・。」
苦笑いをし、考えるそぶりを一応してから、彼は両手で、柔らかな彼女の頬を包み込む。
深く 長い、二度目のキスが終わった後で トランクスは言った。
「これからは、パンって呼ぶことにするよ。」 「うん。 わたしも・・ 」
「君はずっと、トランクスって呼んでただろ。」
いつの間にか、すっかり夜になっていた。
夜空を覆っていた雲が晴れて、月明かりが二人を照らし始めた。
「遅いわねえ、 あの二人。」
だが 言葉とは裏腹に、ブルマは まったく心配していなかった。
二人は うまくいったのだろう。 気を読むことなどできないけれど、 そうに違いないと思う。
これは いわゆる、女の勘というものだ。
「あらっ・・ 」 窓の外を目にして、思わず 声を上げる。
「満月だったのね。」
トランクスとパンは、どちらも サイヤ人の血が混じっている。
赤ん坊の頃に切り取ってしまったけれど、立派な尻尾が生えていた。
「大猿には もう ならないけど、野生の血が騒いで、いつもよりも大胆になっちゃうかもね。 ふふっ。」
もう、今夜は帰って来ないかも。 いきなり、孫ができちゃったりして。
「まあ さすがに、そこまではないか。 だけど、」
それでも いいのに。 つぶやきながら、苦しげに咳きこむ。
トランクスにも パンからも、うるさく言われて かなわない。
だから もう、しばらく 煙草を口にしていない。 それなのに ずっと、イヤな咳が止まらないのだ・・・。
「わたし、 もう あんまり 時間が無いのかも。」
ひとりごちた後、ブルマは 首を横に振る。
「孫は ともかく、パンちゃんの花嫁姿は是非 見たいわね。」
どちらかというと パンは、そういうことを 照れくさがる子だ。
「でも、天国から お母さんが見てくれるって言えば、きっと承知するわ。 楽しみね・・。」
物資が豊富であるとは言い難い。
昔・・ 自分が若かった頃のようには いかないだろう。
それでも、できる限りのことをしてやりたい。
「ウェディングドレスか。 いいなあ・・。」
窓越しに、円い月を見つめながら 話し続ける。
「わたしも着たかったのよ。 言える雰囲気じゃなかったけど、ホントはね。」
最初は仲間、 友達に向かって。
けれど最後は いつも、たった一人の男に ブルマは話しかけているのだった。