『My Little Lover』
[ 『はじまりのうた』から5年後。 パン10歳、トランクス23歳です。
ブルマとパンのやりとりが気に入っています。]
パンがC.C.にやって来た日から、早いもので5年が経った。
それは つまり、平和を勝ち取ったあの日からも、5年余りが過ぎていったということになる。
トランクスは今、都の復興のために、文字通り あちこちを飛びまわっている。
10歳になったパンも、いつの頃からか それを手伝うようになっていた。
周囲の人々は彼らのことを、あまり似ていない兄妹だと思っているだろう。
それくらい、二人は いつも一緒だった。
けれど 今日、パンは一人で帰宅した。
「ただいま。」 「あら、おかえり。 トランクスは? 一緒じゃないの?」
にこやかに尋ねるブルマに対し、パンの声は沈んでいる。
「先に帰ってきちゃった。 女の人と話してたから。」
「へえ、 そうなの。」
それは ある意味、人々が心に余裕を取り戻した証でもある。
けれどもパンの表情は、喜びとは ほど遠かった。
「このところ しょっちゅう聞かれてたの。 だから 自分で聞いて、って言ったの・・・。」
「聞かれてたって、何て?」
「トランクスに、恋人がいるかってこと。」
「・・・。 わたしが恋人よ、って言えばよかったじゃない?」
それは とても、ブルマらしい言葉だった。
「そんな。 そんなこと言ったら、笑われるわ。」
「どうして? あと 少し経てばね、」
パンの大きな瞳を縁取る、濃く 長い睫毛。 それを見つめながら、ブルマは続ける。
「パンちゃんだって、おんなじことを聞かれるわよ。 恋人はいないのかって。」
「そんなこと、ないもん。」 拗ねたように、唇を尖らせる様子も愛らしい。
自分の魅力にまだ気づいていない この少女に向かって、ごく あっさりとブルマは告げた。
「わたしは、トランクスのお嫁さんにはパンちゃん、ってずっと思ってるけどね。」
「そんな。」 パンは頬を赤らめる。
「そんなの・・。 わたしは妹みたいなものだもん。 周りの人も、トランクスだって そう思ってる・・。」
「パンちゃんったら さっきから、そんな、ばっかりね。」
目の前にいる少女に、言い聞かせるように続ける。
「確かに わたしもパンちゃんのことを、ほんとの娘みたいに思ってるわよ。 でも、違うでしょ?」 「・・・。」
「思い通りに生きればいいのよ。 この世界はね、一度壊れたも同然なの。 だから、」
好きなように生きればいいと思うの。 誰かをひどく悲しませるようなことをしなければ、ね。
最後は とても、小さな声になった。
そして、まるで振り切るかのように、もう一言を付け加える。
「パンちゃんのパパとママも、そう願ってると思うわよ。」
「ほんと?」 「そうよ。 天国から、ずっと見守ってくれてるの・・。」
天国。 その言葉を口にすると いつも、ブルマは とても悲しげになる。
「ブルマさん。」 「ん? なあに? あら・・。」
パンは両手を、向かい合ったブルマの細い肩に置いた。
「抱っこなの? 甘えん坊ねえ。」
だが もう、抱き上げることは難しい。 椅子に深くかけたブルマに、半身をあずける形になる。
「大きくなったわね。 思い出すわ、 このうちに初めて来た日のこと。」
風呂に入れて体を洗ってやりながら、尻尾の痕を確かめようとした。
そのことを察したパンは、裸のままで一目散に逃げ出したのだ。
「もうっ。 それ言っちゃヤダって、いつも言ってるのに。」
パンは抗議をしながらも、ブルマの胸から離れない。
C.C.に来る前のことを、幼かった彼女は もう あまり覚えていなかった。
けれども、こうしていると思いだすのだ。
母の顔、 明るい色の瞳。 自分と同じ、黒い髪。
病床から、やせてしまった両腕を、こちらに伸ばしていた姿。
か細い声で、何度も名前を呼んでくれた・・・。
だけど、パンは涙を止めた。
髪をなでてくれているブルマの肩が、ふるえていることに気付いたためだ。
しばしののち。 「ただいまー。」
勢いよく扉が開いて、トランクスが戻ってきた。
「あれー? なんだよ、パンちゃんは甘ったれだなあ。」
「いいじゃない、たまには。」 トランクス、 うらやましいんでしょ。
そう続けようとした時、ブルマが口を挟んだ。
「違うわよ。 わたしが、抱っこしてもらってたの。」
きっぱりと、けれども とても、 静かな声で。
それには答えず、やや大きな声でトランクスは言った。 「腹減ったな。 夕飯まだ?」
ブルマが あわてて立ち上がる。
「いけない、なんにもしてなかったわ。 パンちゃん、手伝ってね。」 「うん、もちろんよ。」
そそくさとキッチンへ向かう二人の後ろ姿に、トランクスが茶々を入れる。
「手伝ってって・・。 逆だろ。 パンちゃんが料理して、手伝うのは母さんの方じゃないか。」
そう。 食事の用意に関しても、いつの頃からか そうなってしまっていたのだ。
「いいじゃないの、 適材適所よ。 パンちゃんのおばあちゃんも 料理自慢だったのよ。
遺伝かもしれないわね。」
「ちぇっ、 誤魔化すのがうまいんだから。」
笑い合う親子を見つめながら、パンは考えている。
大きな悲しみに呑みこまれてしまうことなく、勝利を、平和を手に入れた人たち。
以前、 トランクスが言ったことがある。
『母さんはね、おれの前では絶対に泣かないんだよ。』 ・・・
そうではないということに、今日 彼女は気がついた。
扉の向こうに、彼の気を確かに感じ取っていたのだ。
トランクスは、見ないようにしてあげている。 母親であるブルマさんの、泣いている姿を。
お嫁さんにも、恋人にもならなくていい。
それでも わたしは、トランクスのそばにいる。
この世界には存在していない、彼の妹の代わりで構わないから。
そして いつの日か、彼が泣きたい時には・・・
その時。 トランクスが そっと ささやいた。
「さっきの人には ちゃんと断ったよ。 今は そんな気持ちになれないからって。」
ホッとして、口元が思わず笑ってしまいそうになったけど、わざと こんなふうに答える。
「そんなの。 わたし、まだ 子供だもん。 そんなこと言われたって、わかんない。」
「また そんな、って言ってるわ。」
ブルマさんが笑いながら、小さな声で つぶやいていた。