『Time goes around』
[ 未来トラパンの(多分)最終話です。
彼らの娘=ブルマの生まれ変わり、という考えで書いております。
お許しくださるかたのみ お読みください。
幸福だった現代では ああいうふうにしましたが、
未来では…という思いを込めたつもりです。]
母さんが亡くなったのは、おれとパンの結婚式から、わずか数日後だった。
その翌月、パンに新しい命が宿ったことを知った。
生まれてきた子は 女の子だった。
名前はキャミにしたい、と パンは言った。
「トランクスが女の子だったら、その名前に なってたのよ。
以前、ブルマさんに教えてもらったの。」
「へえ…。」
初めて聞いた話だった。
さすがは女同士。 パンは母さんから、おれが知らないことを いろいろ聞かされているようだった。
「でもね、トランクスに妹がいたとしたら、ブラってつけたんですって。」
「そうなんだ。 ブラ? キャミじゃなくてかい?」
「ブルマさんの お母さんが… トランクスにとっては おばあちゃんね。
二人目が女の子だったら ブラちゃんにしましょうって言ったんですって。」
どうしてブラかって? ひっくり返すと、ラブになるからよ。
付け加えて 笑った後で、パンは続けた。 少しだけ、しんみりとした顔になって。
「ブルマさんね、 こうも言ってたのよ。 あのね… 」
『ちゃんと結婚してたわけでもないのに 二人目の話なんて、呆れちゃうでしょ?
母さんは楽天家だったから、ベジータがいなくなることなんて 考えなかったんでしょうね。
でもね、わたしも、もしかしたら そうなるかも、なんて思ったことが あったのよ。
本当に、バカよね。』
…
ともあれ、娘の名前はキャミに決まった。
「キャミ。」
腕の中の、小さな娘に話しかける。
眩しそうに瞼が開かれ、青く澄んだ瞳が、おれを じっと見つめていた。
そうそう。 ひとつだけ、とても残念なことがあった。
パンが産気づいたのは、おれが仕事で 家を空けていた時だった。
一人で病院に行き、あっという間に お産を終えてしまったパン。
おれは我が子の誕生に、立ち会うことができなかったのだ。
それなのにパンときたら、こんなふうに言うんだ。
「立ち会いなんか、しなくてよかったわよ。 わたし、ものすごい顔をしてたもの。
それに、獣みたいな唸り声をあげちゃったし… あんな姿 見せたくない。 恥ずかしいわ。」
「バカだなあ、そんなこと 全然気にしないよ。」
おれは決心した。 次からは絶対に、何としてでも見届ける。
おれとパンの子供、 新しい、大切な命の誕生の瞬間を。
けれども何故か、その機会は なかなか訪れない。
弟や妹のできないまま、キャミは13歳になった。
けど 別に、焦ってなんかいない。
パンは若いし… というか、戦闘民族であるサイヤ人は青年期が長く、老化が ひどく遅いらしい。
おれにもパンにも、サイヤ人の血が流れている。
だから、焦る必要など まったく無いのだ。
ある朝のこと。 キャミが、こんなことを言いだした。
「わたしが一人っ子なのは、パパとママの仲が良すぎるせいなんでしょう?」
おれは ちょうど、コーヒーを飲んでいるところだった。
むせて咳き込みながらも、どうにか返事をする。
「何を言ってるんだよ。 いったい誰が そんなことを…。」
「んー、近所の人かな。 友達のお母さんだったかも。 忘れちゃったわ、少し前に聞いたから。」
どこまで わかっているのやら、こんなことまで尋ねてくる。
「仲が良すぎると、却って子供ができないっていうこと? どうしてなのかしら。」
「知らないよ!」
まったく、朝っぱらから ませた口をきいて。
「そんなことより、最近 帰りが遅いんじゃないのか。 さっさと帰って、」
「勉強は してるわよ。」
確かに、学校の成績は優秀だ。
「… それは感心だな。 けど、体を鍛えることも忘れちゃダメだぞ。」
「わかってるけど、時間が足りないのよ。」
おれとパンの子供だ。
頑健で、身体能力も抜群だというのに、勉強の方が ずっと好きらしい。
パンによれば 理数系にはやたらと強く、他は まあまあらしいけど。
「さ、そろそろ行こうっと。」
そう言って席を立った娘に、今まで 洗い物をしていたパンが 声をかける。
「あまり遅くならないのよ。 先生に、迷惑をかけちゃダメ。」
「先生?」
怪訝そうな おれに向かって、パンが説明してくれる。
なんとキャミは放課後、担任の教師に 補習のようなことをしてもらっているらしい。
勉強好きなキャミは もちろん、授業についていけていないわけじゃない。
学年よりも ずっと進んだ、難しい問題の解き方を教わっているというのだ。
居直ったように キャミは言う。
「いいじゃない、学ぶことは良いことでしょ。 それに、手伝いだってしてるのよ。
資料探しとか、プリントの印刷とか、いろいろね。」
そんなことをしていたら、周りに誤解されちまうぞ。 おまえだけの先生じゃないんだから。
そう言うつもりだったのに、おれの口は何故か、別の言葉を発している。
「先生って、若い男なんだろ? … 」
遅くまで二人きりで、大丈夫なのか。
かろうじて、それは口にしなかった。
こういう時 この娘は、正面切って反抗しない。
涼しい顔で 答える。
「確かに、まだ おじさんではないわね。 26歳だから。
わたしよりも13歳年上、つまり、パパとママとおんなじよ。」
そして、こう付け加えて出て行った。
「行ってきます。 帰りは、昨日と同じか もう少し遅いと思うわ。」
扉が閉まって しばらくしてから、やれやれと おれは ぼやいた。
「女の子ってのは難しいな。 ちっちゃな子供から 一気に大人になっちまうみたいだ。」
君も、そうだったっけ。 向き合ったパンに言おうとする。
すると それを遮るように、パンは おれの手を取って、腹部に当てさせた。
「パン…?」
以前にも、これをされたことがある。
あれは もう14年前、 キャミを授かった時だ。
「え!? もしかして、」
「もう。 トランクスってば、ちっとも気づいてくれないんだもの。
あなたこそ、修行が足りないんじゃない?」
「まったくだな、面目ない。」
まだ全く膨らんでない、パンのおなか。
それでも手のひらからは、体温と共に、強い気が伝わってくる。
静かな声で、パンは言う。
「この子も、誰かの生まれかわりなのかしらね。」
… この子 も、か。
あまり口に出してはいない。
けれど いつからか おれたちは、思うようになっていた。
キャミは、母さんの生まれ変わりなのではないだろうか。
黙ったままの おれに、パンが一枚の写真を差し出す。
「? キャミの、クラス写真じゃないか。」
「あのね、この人よ。 キャミが言ってた、担任の先生。」
「へえ…。」
髪は黒。 背は あまり高くなく、鋭い目、不機嫌そうな口元。
何だか、誰かを思わせる…。
「キャミから聞いたんだけど その先生ね、セカンドネームがあるんですって。」
「へえっ、めずらしいな。 名字のある人だって滅多にいないっていうのに。」
「ベジータっていうのよ。」
「え?」
耳を疑ったおれに、パンは重ねて言う。
「〜・ベジータっていうんですって。 キャミは、ベジータ先生って呼んでるわ。」
おれは、返す言葉を見つけられない。
それを見て、敢えて、明るい調子でパンは言った。
「まあ、偶然かもしれないけどね。」
そうだよな。 記憶が残っているわけじゃないなら、確かめようがない。
だけど もし、本当に その先生が 父さんの生まれ変わりだったとしたら。
反対したって無駄ってことだ。
キャミは あの年で もう、相手が決まってるってことじゃないか…。
「あーあ。」
「どうしたの?」
「二人目は、男がいいな。 女の子はつまんないよ。
あっという間に大人になって、さっさと好きな男をつくっちまう。
あ、だけど、」
「なあに?」
パンの肩を、抱きよせながら続ける。
「息子とはいえ、パンが他の男に優しくするのを見るのは ちょっと つらいな…。」
「もうっ、何言ってるのよ!」
呆れながら、ほんの少しだけ 怒りながら パンは笑う。
その笑顔に、おれは みとれてしまう。
ふと思った。 仲がいいと、却って子供ができにくくなるという話、
あれは本当なのかもしれない。
もっとも おれの場合は、妻となったパンを 愛しすぎているためかもしれないけど。
「やっぱり 仲がいいのよね、うちの両親は。
でも よかった。 うれしいな、弟かしら、妹かしら。」
忘れ物を取りに戻ったキャミが ドアの向こうにいたことを、おれはちっとも気づかなかった。
わたしの名前はキャミ。 トランクスとパンの娘だ。
おばあちゃんが考えたという この名前は、結構気に入っている。
長いこと一人っ子だったのだけど、もうじき お姉ちゃんになるらしい。
そして どうやら わたしは、自分のクラスの、担任の先生のことが好きらしい。
ある時、ママに言われた。
中学校に入ってから、先生の話ばかりしている。 まるで、恋をしているみたいね。
…
そうか、これが 恋!
すごく納得できてしまった。
照れたり 戸惑ったり というよりも、目の前がパーッと開けた感じだった。
それは、何年たっても恋人同士のような、あの両親の娘だからだと思う。
先生のことを わたしは密かに、ベジータ先生と呼んでいる。
普段 名乗っているファーストネームよりも、ずっと似合っていると思う。
それに 何故だか、そちらの方がずっと呼びやすかった。
先生は、わたし以外には あまり人気が無い。
授業の進め方が やたら速いし、面白いことも言わない。
成績の悪い子には もちろん厳しいけど、
いい点数をとったところで、優しくなるってわけでもない。
でも、いいところだって いっぱいあると思うの。
13歳も年上だし、わたしのことは、わりと出来のいい生徒としか思っていないだろう。
だけど このままじゃあ終わらない。
卒業後、3年後、5年後、あるいは もう少し先。
わたしたちは きっと…
それは もう、あらかじめ 決められていることのような気がする。
わたしには何故か、それがわかる。
わたしには、わかるの。