166.『いつか、きっと』

[ 晩年のお話の集大成のつもりで書きました。

天国と地獄』 『永遠(とわ)』と併せてお読みいただけましたら うれしいです!!]

戦闘民族の王子として 生を受けた彼、ベジータ。

彼が死に至ったのは…  

彼にとっては、三度目の死だったのであるが、その理由は、戦闘における敗北ではなかった。

 

サイヤ人の血を濃く受け継いだ子や孫に囲まれて、ゆるやかに年を重ねていった彼。

目に見えぬ衰えにより、彼はついに その、波乱万丈の生涯の幕を閉じた。

おだやかで平和な朝、 住み慣れたC.C.の一室で、愛した女の面影を残す 孫娘の腕の中で。

大きな青い瞳を見つめて、最後に彼は口にした。 

「ブルマ。」 …

 

彼を看取った孫娘、 トランクスとパンの娘である彼女は、必死に考えた。

亡き祖母の代わりに、何と答えてやればよいかを。 

彼女が口にした言葉、それは、

「また、会いましょうね。」

 

 

三度目の死。  もう三度目となる、あの世の入口。

かつて 多くの命を奪い去った彼は当然、即刻 地獄へ送られるはずだ。

なのに、いつも 保留にされる。 

ドラゴンボールを含む、いわゆる 『神』 と呼ばれる者たちの、不可思議な力によって。

それならば 今回の、この出来事も そうなのだろうか。

 

理由はわからない。 またしても彼は、すぐに地獄へ送り込まれない。

彼は、旅をさせられていた。 自分自身の、過去をたどる旅だ。

といっても地球に来てからの、記憶の隅に追いやられてしまった日常を、もう一度過ごしている形だ。

理由は、本当にわからない。

これといった事件の起こらぬ、平穏なひと時を過ごす。

在りし日の妻、ブルマと共に眠りに落ちて、

目を覚ませば また別の、それから少し 時を経た、平和な朝を迎えるのだ。

 

下手なことを口にすれば、歴史を変えてしまうかもしれない。

それでも 確実に、ブルマの笑顔は増えていた。 

『どうしちゃったのよ、あんた ほんとにベジータ?』 

そんなことを、何度も尋ねられた。

もっと笑顔にさせる言葉を、彼は ちゃんとわかっていた。 

けれど、言えなかった。

何故か、呪いでもかけられたかと思う程に、その言葉だけは 口にすることができなかった。

 

そして また、別れの時が近づいてきた。

身ぎれいにし、いつもどおりに振舞うことで、病に侵されている事実を隠し通そうとしたブルマ。

最期の時。 

せめて一言、愛していると言ってやりたい。 

だが やはり、言葉が出てこない。 まるで、喉に鉛でも詰まってしまったかのように…。

ふと、彼はひらめいた。 

答えてやること、それならばできるのではないか。

頼む。 愛しているかと、問いかけてくれ。 そうしたら、すぐに頷いてやる。

愛してる。 ただ一言、つぶやくだけでも構わない。 

『俺もだ。』  

たった一言、答えてやるだけで済むのだから。

 

それなのにブルマの口から、その言葉は出てこなかった。

命の灯が 消えようとする瞬間、 弱々しく、とぎれとぎれに発せられた言葉。 それは、

「また、会いましょうね。」

 

人生で、身も心も全て愛した、ただ一人の女。

その女、ブルマを見送ったのち、彼、ベジータも また、異なる世界へと旅立った… 

いや、飛ばされた。

霞のような、白い靄に覆われた 奇妙な場所。 

それは死の直後、閻魔大王による審判の後で、

占いババに導かれ たどり着いた場所と そっくりだった。

 

結局 また、戻ってきたということか。 

いったい 何のための旅だったのか、はっきりとは わからずじまいだ。

ともあれ 俺はようやく、地獄へ送り込まれるらしい。

 

心を静め、覚悟を決めた その時。  

「よお。」

聞き慣れた、だが 今では ひどく懐かしいものとなった声が、耳に飛び込んできた。 

「久しぶりだな、ベジータ。」

「…! カカロットか! 貴様、どこにいる!」

 

ほどなくして、姿を現した宿敵。 最後に向き合った時は、少年の姿をしていた。 

だが 今 目の前にいる男は、そうなってしまう前の、成人の姿だ。

いや、そんなことは どうでもいい。 矢継ぎ早に、彼は尋ねる。 

「何なんだ、ここは。 それに貴様は何故、こんな所にいる?」

昔どおりの呑気な口調で、答えが返ってくる。

「んーとよ、まず 場所は、現世とあの世の境目、だな。 

で、オラがここにいんのは、まあ その、役目を買って出た、からかな。」

 

「役目、だと?」 

「そうだ。 ああ、もう めんどくせえから 言っちまおう。 

ベジータ、おめえ もう、地獄へ行かなくてもいいぞ。」

「なんだと…?」  彼は気色ばんだ。 

「どういうことだ! だいたい、何故 貴様なんぞに そんなことを!!」

「うん、おめえが そう思うのは無理ねえな。 

実はオラ あの後、神様の仲間入りをさせられちまったんだ。」

「…。」  

それを聞いても、彼は驚かなかった。

地球だけにとどまらず あらゆる世界を救った男、孫悟空は、ついに神となった。

残された家族や友人たちは皆、いつの頃からか そう考えるようになっていたのだ。

 

「おめえが地球に来る、五年くれえ前かな。 地球の神様に、後を継げって言われたんだ。」 

言葉を切って、さらに続ける。

「そん時は 冗談じゃねえって、チチを連れて逃げだしたんだけどよ。 

ちょっと もう、断れなかったんだよなあ。」

どこか、しみじみとした口調になった。

 

「もう 地球だけの話じゃねえから、結構忙しんだけどよ、今はチチも一緒だからよ … 

おめえもさ、これからも また、ブルマと一緒だ。」

「なんだと …?」 

「まず、地球に来てからの三十何年、夫婦としてだろ。 

それに、じいちゃんになってからの十何年だ。 気付いてたか?」

ああ、やはり。 孫娘のキャミは、ブルマの生まれ変わりだったのだ。

「そして また、これからもだ。 思ってたのとは、ちょっと違うだろうけど… 今は これが精一杯だ。

とにかく おめえは、新しい命に生まれ変わる。 罪滅ぼしは もう終わりってわけだ。」

 

声が小さく、遠くなる。 

目の前にいる宿敵の姿が、どんどん薄く、霞んでゆく。 

いや、もしかすると、自分の方が消えかかっているのだろうか。

振り絞るように 彼は叫ぶ。 

「ちくしょう! なんだって いつも いつも勝手に… 

俺は地獄行きのはずだろう! さっさと連れて行きやがれ!」

 

だが 既に、答えは出ていたのだ。 

一人の女を愛し、家族をつくり、命をつないでいくこと。

死によって引き離される悲しみを知ること。

さまざまな形の愛を知ること、それこそが 彼にとっての贖罪の日々だったのだ。

「くそっ … 余計な情けをかけやがって … 」

 

最後に、こんな言葉が耳に届いた。

「他の えれえ神様たちに ずいぶん頼んで、おまけしてもらったんだぞ。

いいか、今度は最初っから、強くて優しい奴として生きろよ。

そうすりゃあ また きっと、別の形で会えるさ。 その時は思う存分、勝負しようぜ。」

 

そう、 いつか きっと…。

 

 

わたしの名前はキャミ。 トランクスとパンの娘だ。 

一年程前に結婚し、今日、最初の子である 男の子を産んだ。

夫となった人は かねてからの恋人で、悟天おじさん夫妻の長男 … 

つまり わたしの、従兄でもある。

 

血が近すぎることを理由に、反対されると思っていた。 

恐る 恐るパパに打ち明けた時、開口一番、こう言われた。

『平和な暮らしで 学校にも通って、出会いは いくらでもあっただろ? 

なんで わざわざ手近なところで…。』 

言いかえそうとした わたしよりも早く、パパは付け加える。

『なんてな。 おれも昔、父さん … おまえのおじいちゃんに、そんなようなことを言われたんだよ。』

『それじゃあ、』 許してくれるってこと?

『あいつが一番、父さんに似てるもんな。』  

確かに ・・・は、兄弟の中で一番、おじいちゃんに似ている。

 

『別に、それが理由じゃないわ。』 

『それは、わかってるよ。』

笑っているパパ。 一時期よりも、ずいぶん話しやすくなったみたいだ。 

年の離れた わたしの弟… 待ち望んでいた 二人目の子供が、ようやく授けられたせいだろうか。

そのことを口にすると、 『それだけが理由じゃないよ。』 

そんな答えが返ってきた。

 

キャスター付きの小さなベッドに寝かされた、我が子の顔を じっと見つめる。

髪の色は黒。 尻尾も もちろん ついている。

 

この子が駆け寄ってきたら わたしは、力いっぱい抱きとめる。 

元気のない時には肩を抱いて、話を聞いて励ましてあげる。

大人になり、愛する人ができて、わたしの元から巣立ってゆく その日まで…。

そう、 わたしには わかるの。 この子は おじいちゃん、ベジータの生まれ変わり。 

そして わたしは、ブルマの生まれ変わりだ。

 

夫に、声をかけられる。 

「名前はどうする? ベジータにするかい?」

少しだけ考えて、わたしは首を横に振った。 

「やめましょう、やっぱり。 ほかの名前を考えましょうよ。」

すると、

「… そうだな。 おれも、たとえば 悟空ってつけられてたとしたら、かなりプレッシャーだったと思うし。」

そう言って、笑っていた。

この人を好きになった 一番の理由、それは、わたしの気持ちをわかってくれること。 

もちろん それだけじゃなく、他にもたくさんあるんだけど。 

 

そんな会話をしていたら、赤ん坊が目を覚ました。 

けたたましい声で泣く我が子を、注意深く抱き上げる。

大きな泣き声に わざと紛れるようにして、わたしは小さくつぶやいた。

「ベジータ。」 …

この子には、別の名前をつける。 

だから こう呼ぶのは これが、最初で最後になる。

 

さんざん泣いて 泣きやんで、まぶしげに開かれた黒い瞳。 

涙にぬれた そこには、わたしの笑顔が映っていた。