283.『永遠 (とわ)』
[ 『サイヤの常識 地球の非常識』の続きで、トラパンの娘・キャミが主人公です。
あの人が登場します。]
少しだけ疲れてしまった
その日、いつもよりも早い時間に 自分の部屋のベッドに入った。
それなのに
2〜3時間ほど経ったのち、わたしは目を覚ましてしまう。
部屋に、人の気配を感じたためだ。
誰? と声をあげるよりも早く、道着姿のその人は言った。
「おっす。
悪かったな、起こしちまって。」
その声も、話し方も、何故だか
とても なつかしく感じる。
初めて会ったはずなのに、わたしは確かに
その人のことを知っていた。
「えーと、
おめえ、名前は何ていうんだっけ?」
「・・キャミよ。」
「ふーん、キャミってのか。
キャミ、キャミ・・ 」 何度もつぶやいている。
「おじいちゃんが
つけてくれたの。 だけど、考えたのは おばあちゃん。」
「へえ。 オラの名前も、じいちゃんがつけたんだぞ。 あ、そうだ。 オラは・・ 」
「孫悟空さんでしょ。 わたしの、ひいおじいちゃんよね。」
「なんだ、知ってたんかあ。」 楽しそうに笑っている。
「それにね、大おじさんでもあるわ。」 「ん? そうなのか?」
「そうよ。
ママのおじいちゃんだから ひいおじいちゃん。
そして、悟天おじさんのお父さんってことは 大おじさんになるの。」
「へえー。 何だか
ややこしいなあ。」 「ほんとね・・。」
だけど
この先、わたしと ・・・が結婚したら、もっと複雑になってしまうのだ。
「今日は・・ いや、もう昨日か。 すまなかったな、願いを叶えてやれなくて。」
「えっ?」
「ベジータとブルマが
生まれ変わって出会えるように、神龍に頼んだだろ?」
突然
現れた理由は、それについて 何かを伝えるためなのだろうか。
「オラも
いろいろ聞いてまわったんだけどさ、 やっぱり すぐには無理らしいんだ。」
「じゃあ、
どのくらい待てばいいの・・?」
とても悲しそうな顔になった。
問いかけながら
わたしが、泣いてしまったせいかもしれない・・。
「・・・。 でもよ、大丈夫だ。 あの二人は
また一緒になれるぞ。
おめえが考えてるのとは、ちょっと違うだろうけどな。」
「ほんと?」 「ああ。」
笑顔に戻った。 それは
わたしが涙をぬぐって、顔を上げたためだろうか。
わたしの大おじさんで、ひいおじいちゃん。
今 目の前にいる
この人は、基本的には いつも笑っているんじゃないだろうか。
笑顔が消えてしまうのは、向き合っている相手が、怒ったり
泣いたりしている時。
それって、なんだか・・。
この地球の、ううん、宇宙全体の救い主でありながら、ある大きな戦いの末、
ついに姿を消してしまった
ひいおじいちゃん。
親しかった人達は
いつからか、こう 口にするようになった。
『あいつは
とうとう、神様になっちまったんだな。』 ・・・
見た目は全然
それらしくない。 だけど 中身は意外と、神様っぽいかもしれない。
「それにさ、
この15年・・16年だったか? ベジータの近くには、やっぱり ブルマがいたんだぞ。」
「・・・。」
「あっ、
いけねっ!!」
あわてた様子で、自分の口を手でふさぐ。
「これは
教えんなって言われてたんだ。 おめえが この先、生き辛くなると いけねえからって。」
そこまで言われちゃったら
もう・・。 わたしは苦笑してしまった。
「わたしが、おばあちゃんの生まれ変わりなのね?」
「あーあ、 わかっちまったか。」
「やっぱり、そうだったの・・。」
しばしの沈黙の後で、わたしは告げた。
「わたし、平気よ。 むしろ
うれしいし、
それに 今までボンヤリしていたものが はっきり見えるようになったみたいな・・ いい気分だわ。」
「おめえ、やっぱりブルマに似てんな。 最初
見たときは、パンに似てるかなって思ったけど。」
優しい声で口にする、ママの名前。 ママは大変なおじいちゃんっ子だったという。
すかさず
尋ねてみる。 「ママや、他のみんなには 会っていかないの?」
「そうだな。 そうしてえけど・・。」
あいかわらずの笑顔が、ほんの少しだけ寂しげに曇る。
「あんまり
時間がねえんだ。 遅くなると、怒られちまうしな。」
さっきも思ったのだけど、神様のような人というのは
何人もいるようだ。
「いったい、誰が
ひいおじいちゃんのことを怒るの?」
わたしの疑問に、あっさりと短い答えを返す。 「ん? チチだよ。」
「チチって、ひいおばあちゃんね。 ひいおばあちゃんと、一緒にいるのね。」
小さい頃に亡くなったけど、ちゃんと覚えている。
お料理が
とっても上手で、優しかった ひいおばあちゃん。
「それじゃあ、急いで帰ってあげなきゃ。」
そして
ごく自然に、こんな言葉が口から出てきた。
「これからは
ずっと一緒にいてあげなきゃダメよ。 さんざん 寂しい思いをさせたんだから。」
その後、
ひいおじいちゃんは こう言っていた。
「そっか、わかった。 目だ。 おめえ、目がブルマと
おんなじなんだな。」
やっぱり、笑いながら。
翌朝、いつもと同じように
目覚めた。 もしかすると、あれは夢だったのだろうか。
実は
わたしは、もうひとつだけ 不思議な記憶を持っている。
生まれた日のことを、覚えているのだ。
あの日
わたしは 病院の、キャスター付きの小さなベッドに寝かされていた。
たくましい二本の腕に、抱きあげられる。
ため息が聞こえる。 安堵の中に、ほんのわずかな落胆が
混じっているのが感じられる。
だけど
手が、指先が、とても優しく わたしの髪を撫でている。
産まれて初めて、瞼を開く。
まぶしい。
抱いてくれている人の顔は、まだ
よく見えなかった。
けれども
わたしの目を見つめ、たった一言 その人は つぶやく。
『ブルマ。』
この話は、ほとんど誰にもしたことがない。 知っているのは、わたしの恋人だけだ。
「行ってきます。」
「キャミ。」
朝食の後、いつもどおりに出かけようとした
わたしを、パパが呼び止める。
「途中まで
一緒に行こう。 車で送るよ。」 「うん・・。」
C.C.に寄ってから登校していることを、パパは知っているはずだ。
C.C.は ここから目と鼻の先にあって、送るまでもない。
案の定、あっという間に着いてしまう。 これは
つまり、わたしと二人だけで話がしたいということだ。
「えーと、その・・ 気付いてるかもしれないけど、
」
もう、先に言ってしまう。
「ママに赤ちゃんができたこと?」
「・・そうだよ。 やっぱり
わかってたのか。」
「うん。
気でなんとなく わかったし、それに ブラちゃんが教えてくれたわ。」
「ちぇっ、あいつ・・。 いくつになっても
おしゃべりだな。
おまけに、まだ名前で呼ばせてるのか、全く。」
それには答えず
わたしは言った。 車の窓から、C.C.を眺めながら。
「ここのみんなは女の子を期待してるみたいだけど・・ 多分
弟ね。 赤ちゃんは、男の子だと思う。」
「やっぱり
そうかあ。」
やや大げさに、パパはため息をついた。
「だって、ここのみんなの気と似てるもの。」
それに・・
今は話すつもりはないけれど、昨夜会った
ひいおじいちゃんの気とも、よく似ていると思ったのだ。
「きっと
修行が何よりも好きな、すっごく元気な男の子よ。 勉強は苦手かもしれないわね。」
「それは
ちょっと 困るな。 男なら後継ぎに、って思ってるのに。」
助手席に座っている
わたしに向かって、パパは続ける。
「だから
キャミ。 おまえは好きなように・・、」
「あのね、パパ。 C.C.社は わたしが継ぐわ。
おばあちゃんみたいになれるか、パパのような社長を目指すかは まだわからないけど。 だけど・・
」
言葉を切って、一気に言ってしまおうとする。
「一人じゃ無理だわ。 おばあちゃんだって、精神的な支えがあったから
頑張れたのよ。
だから、わたしも・・。」
その時。 C.C.の玄関から、人が出てくるのが見えた。
あれは、わたしの恋人だ。 こちらに向かって、一礼をする。
「行きなさい。」
「パパ・・。」
車から一旦降りて、ドアを開けてくれる。
「学校に遅れるなよ。 今の話の続きは、また
改めてしよう。」
「うん・・。 行ってきます。」
C.C.へ、 いや、恋人の元へ駆けて行く娘。
その後ろ姿を見送りながら、トランクスは
ひとりごちている。
「・・どこまでやれるか、お手並み拝見だな。」
一人娘が
一番年上の従兄に恋をしていることに、彼はとっくに気付いていた。
ただの
いとこではない。 彼らは近すぎる。
だが・・・
サイヤ人の血を濃く受け継いだ、若い男女だ。 反対しても押し切られるのは、目に見えている。
「あーあ。 娘なんて、ホントに
つまんないもんだな。 二人目は男で、よかったかもしれない。」
バックミラーに
うつっている自分の顔は 今さらながら、亡くなった父親に よく似ていると思う。
「父さんはいないし、男なら
いずれ、パンの手には負えなくなるだろうな。
おれが鍛えてやらなきゃ。 これからは もっと時間をつくるようにしないと・・。」
口の端に笑みを浮かべながら、彼は付け加える。
「重力室の調整は、キャミに頼むことにするか。」