『15の君へ』

ベジブル学生パラレルのスピンオフとして書きました『ガールの法則

MOTHER の続きで、中学生編です。

ベジブル(ヤムもか)、バダセリ感があります。]

中3に進級する際、またクラス替えがあった。

少子化のため、学校の統廃合が盛んに行われているせいかもしれない。

 

だけど チチにとっては、このうえなくラッキーだった。

悟空とは また一緒だし、今年は久しぶりに ヤムチャ、

そして ブルマとも同じクラスになれたのだ。

 

帰り道、4人でおしゃべりをしながら歩いていると

小学生の頃に戻ったような気分になる。

けれども、違っていることがある。

「あっ・・。」

今の今まで、笑いながら話していたブルマが、突然立ち止まった。

前方にいる、誰かの存在に気付いたらしい。

 

「じゃ、 わたしは ここで。 また、明日ね。」

手も振らずに駆けだす。

車道の向こう側、ずいぶん先を、一人で歩いていた少年を追いかけるために。

「ベジータか。」

ヤムチャが ぽつりと つぶやいて、悟空が とぼけた声を出す。

「すげー、あんな遠くに いんのによ。 ブルマは目がいいなあ。」

 

・・・ そういうことではない、と チチは思った。

ブルマとベジータの仲は、3年生になった今でも続いている。

同じクラスになれなかったことを、

ブルマは それほど嘆いていないように見えた。

おそらく、そんなことは問題ではないのだろう。

そう考えた後、チチは ヤムチャの顔を盗み見た。

整った横顔からは、特に何も読み取れなかった。

 

そのかわり、と言うべきか、彼は 悟空とチチに向かって 質問をしてきた。

「なあ、進路希望調査のあれ、 もう出したか?」

志望校を書いて、担任に提出する用紙のことだ。

二人揃って、うん、と うなずく。

「どこって書いた?」

 

「おらは、○高校だ。」 チチが答えた。

「へえ。 もっと上を狙えそうなのにな。」

○高校のレベルは、中の中、といったところだ。

「おら、家から近い方がいいんだ。」

幼い頃に母親を亡くしているチチは、家のことを いろいろしなければならない。

志望理由は 他にもある。

なんとなくであったが、悟空も そこに進むのではないかと思ったのだ。

 

抜群の運動神経を誇りながら、とうとう どこの部にも入らなかった悟空。

それは 武天老師が率いる亀仙流の道場に、休まず通いたいからだ。

中学にも、そして この辺りの高校にも、武道系の部は なかったはずだ。

歩いても通える○高校ならば、道場通いを楽に続けられる。

チチは、そう考えたのだ。

 

それなのに、悟空が発した言葉は 意外なものだった。

「オラ、高校には行かねえ。 あの紙にも そう書いて出したぞ。」

「えっ・・。」

どうして?  詰め寄る前に、ヤムチャが聞いてくれた。

「そんな。 どうすんだよ、卒業したら。」

「んー、道場で働きてえって頼んだんだけどよ・・・。」

「バッカだなあ。 あそこが、人なんか雇えるわけないだろ。」

ヤムチャもまた、小学生の頃から道場に通う仲間だった。

 

「じゃあ 金もらう代わりに 道場で寝起きすっから、あとはメシだけ食わしてくれって言ったんだけどよ、

 怒られちまった。」

「・・・。 給料払うより、高く つきそうだもんな、おまえの場合。

で? どうするつもりだよ。」

「しょうがねえから、父ちゃんの仕事場で つかってもらおうかなと思ってさ。 

あっちでも道場探して・・・  見つかんなきゃ 一人で修行するさ。」

 

あっち。

そう。 内容は知らないけれど、悟空の父親は 今、自宅から通うことのできない遠方で仕事をしている。

休みには、帰って来ているらしいが・・・。

小5の時から中3になったこれまで、ずっと同じクラスだった。

高校も きっと、同じところに行ける。

そう 思っていたのに。

 

「じゃあ、 おら ここで・・・。」

チチもまた、ろくに手も振らずに、早足で横断歩道を渡ってしまう。

考えてみれば、チチの家は あちらの方にあるのだ。

なのに いつも、こちら方面にあるスーパーだのドラッグストアだので買い物をしていく、

などと理由をつけて ついてきた。

 

「あーあ。 かわいそうに。」

「? 何がだ?」

呆れながらも、一旦 足を止めて ヤムチャは忠告する。

「なあ、 もう一度 ちゃんと考えろよ。 高校くらいは行っといた方がいいよ、多分。」

「だってよ、オラ 勉強嫌えなんだもん・・。」

「そりゃ、よーくわかってるけどさ。  ちょっとは苦手なこともやれよ。」

 

じゃあな、と言い残してヤムチャも走り去っていった。

まったく、 ブルマにしても、チチにしても。

なんで わざわざ、ひと癖ある相手を 好きになるのだろうか。

そんなことを思い、深いため息をつきながら。

 

 

「たでえま。」

自宅の、玄関の扉を開ける。

鍵は かかっていない。

父親は仕事で不在がちだし、兄も どこかへ行ってしまったきりだ。

けれど 悟空はもう、この家に一人きりではなかった。

 

「・・・今さっき、担任から電話があったよ。

 あんた、高校行かないって言ったって?」

 

声の主、 それはセリパだった。

昨年から、彼女は ここに住んでいた。

つまり 悟空の、継母となったのだ。

 

「おやじには話したのかい。」

悟空の 父親のことだ。

今では夫となった男のことを、セリパは そんなふうに呼んだ。

うなずいた悟空に、重ねて尋ねる。

「何て言ってた?」

 

「俺はどっちでもいい、好きにしろって。  あと、働きてえなら いつでも来いって。」

「あの野郎、 いい加減なこと言いやがって・・。 てめえの息子だろうが、まったく。」

ひとしきり悪態を吐いた後、きっぱりとセリパは告げた。

「高校は行きな。 あんたは、あと3年くらいは勉強した方がいい。」

「でも、オラ 勉強嫌えなんだ・・。」

「嫌いなことをするんだって、修行のうちだろ。」

 

さっき、ヤムチャに・・  

いや、それだけではない。

少し前には亀仙人に、もしかしたら担任の教師からも、同じようなことを 言われていたかもしれない。

けれども何故か セリパの口から発せられた言葉は、聞き流すことができなかった。

 

「だいたいね、甘いんだよ。 おやじのやってる仕事に乗っかろうなんてさ。

 力だけあったってダメなんだ。 バカには務まらないよ。」

「・・・。」

「わかったの? 返事は。」

「わ、わかったよ・・。」

 

だが 頷いた後、セリパは深いため息をついた。

「けど・・ あんたの成績ときたら ひどいからねえ。 どうしたもんか。」

塾とか、家庭教師に頼まなきゃならないのかね。

付け加えられた言葉に、悟空は震え上がった。

「やっぱ いいよ、 オラ。 勉強なんか、学校だけでたくさんだ。」

「ダメだ。 男に二言は無しだよ。 ああ、でも、あんまり金がかかるのは困るね。

 あたしは しばらくの間、あんまり働けないんだ。」

「? なんでだ?」

「やっぱり、気付いてなかったのか・・・。」

 

上体を わずかに反らすようにして、腹部を指さす。

そこまでしても 悟空は、きょとんとしたままだ。

「???」

「・・・。 もういいよ。 明日、あの子に聞きな。

 あの、髪の長い、まじめな子・・・。」

「? チチのことか?」

「そう・・。 そうだ。 塾のことも、あの子に聞いてみな。

 どっちにしろ、もう少し ちゃんと勉強してもらうよ。

 私立はダメだからね。 場所だって、近い方が ありがたいね。」

 

自宅から遠くはない、そこそこのレベルの公立。

それらの条件を満たしているのは・・・

○高校。

さっき言っていた、チチの志望校である。

 

 

「悟空さ、気付いてなかっただか。」

翌日、チチの口から、セリパの腹の中に赤ん坊がいることを知らされた。

チチとセリパは、近所のスーパーなどで たまに顔を合わせるのだという。

 

「夏には生まれるって言ってただよ。」

「わかんなかった・・。  だってよ、腹なんて ちっとも膨らんでなかったぞ。」

「横から見れば、わかるだ。」

「ま、しょうがないわね。 孫くんだもの。」

ブルマが口を挟んで、そんなふうに まとめた。

 

今は放課後。

悟空とチチは、ブルマの家に来ていた。

『やっぱり、高校に行くことになっちまった。』

教室で、悟空に そう打ち明けられて、チチは すっかり うれしくなった。

しかし 今度は、果たして合格できるかということが心配になってしまう。

塾のことも、自分は行ったことがないから詳しくない。

そこで、ブルマに助けを求めたというわけだ。

 

「はい。 これ、やってみて。 力試しよ。」

コンピューターからプリントした、昨年の入試問題だ。

聞けば、過去数年分を保存してあるという。

チチも 新聞に載っている問題を、試しに解いてみることは あるが・・・。

常に学年一位のブルマ。 彼女は、ちゃんと努力をしているのだ。

 

「いっぺんに5教科なんて できねえよ。 オラ死んじまうよ・・。」

「しょうがないわね。  じゃあ、今日のところは数学と英語だけに しといてあげる。

 はい、スタート!」

ストップウォッチを使い、時間も きっちり測ってやらせる。

うんうん苦しみながら、それでも 悟空は、解答用紙に向かっている。

ブルマとチチは その間、おしゃべりに興じたりはせず、ノートを広げて 他の勉強をしていた。

定期テストの範囲が、発表されたばかりだったのだ。

 

数十分経ったのち、アラームの音が鳴り響いた。

「はーい、終了。 どう? できた?」

鉛筆を投げ、疲れ切った様子で 机の上に突っ伏す悟空。

「やれやれ、こんなことぐらいで・・・ だらしないわねえ。」

解答と照らし合わせて、採点を始める。

「うーん・・・。」

結果は、思ったとおりだった。

「それでも、このあたりの問題は結構できてるみたいね。」

「ああ。 昔、ブルマに教わったからかな。」

「そうだっけ? 5年生・・4年生の時かしら。」

 

二人のやりとりを聞いて チチの胸は ずきん、と痛んだ。

けれども それは、すぐに消えてしまった。

何故なら・・・

コツン。  

部屋のガラス窓に、小石か何かが当たったような音が聞こえた。

それに気づいたブルマときたら、まるで弾かれたように立ち上がり、

そそくさと部屋を出ようとする。

「ごめんね、ちょっとだけ失礼するわ。  そこの、おやつでも食べて休憩してて。」

「やったあ!」

悟空は さっそく、隅に用意されていた肉まんに手を伸ばした。

「この後は英語をやるわよ。」

そう言い残して、ブルマは出て行った。

 

小石を投げたのは、もちろんベジータだ。

携帯電話を持っているだろうに、ずいぶんとクラシックな呼び出し方だ。

いや、 もっと言えば ここへ来て、一緒に勉強すればいいのに。

彼は本当に へそまがりで気難しいのだった。

 

 

思ったよりも長い時間、ブルマは戻ってこなかった。

だが もちろん、ケンカなどをしていたわけではない。

ほんのりと 上気した頬を、手で押さえるようにしながら、

空になった皿を見つめて ブルマは言った。

「・・あら、 おやつ もう食べちゃったの。  じゃあ、別のを何か もってこようかな。」

「やった、すげえや。 さすがはブルマんちだな。」

ほとんど一人だけでたいらげたくせに、

悟空は歓声をあげた。

いつも あれこれと世話をやいてくれるブルマの母は、今日は不在だった。

 

「チチさん、 運ぶのを手伝ってくれる?

 孫くん! 食べたら 今度こそ英語をやるわよ。

 ぼーっとしてないで、教科書でも見てなさい。」

肩をすくめた悟空を尻目に、 チチとブルマはキッチンへ向かった。

 

「ブルマさは、●高校に行くんだべ?」

そこは 中学でトップクラスの生徒が目指す、この辺りで一番の進学校だ。

「ベジータも、一緒か?」

「うん。 そうよ。」

はっきりと答える。

常に一番であるブルマには、今一歩だけ及ばないようだが

ベジータも優秀であることに かわりない。

「うらやましいだ・・。 

 もしかして、大学も おんなじとこに行くつもりだか?」

「・・・。」

 

しばしの沈黙。

けれど その後、しっかりとした口調でブルマは告げた。

「大学は 無理ね。  わたしね、大学は、海外の学校に行くの。」

・・・

 

 

「孫くん。 チチさんをおうちまで送ってあげてね。」

ブルマに そう命じられ、すっかり日の落ちた道を、二人は並んで歩いている。

いつも 一緒に帰っている。

けれども 今は二人きりで、しかも辺りは薄暗い。

もっとドキドキしてもいいはずなのだが、

チチの頭の中は先程の、ブルマとの会話で占められていた。

 

『そのこと、ベジータは知ってるだか?』

『ううん。 しばらくは言わないつもりよ。』

『そんな、 どうして・・ 』

『わたしね、 楽しくなくなっちゃうのは、イヤなの。』

『・・・。』

『みんなと一緒で、 ベジータもいて、今 わたし、すっごく楽しいの。

 高校はチチさんたちと別で 寂しいけど・・・。

 それでも、できるだけ 楽しく過ごしたいと思ってるの。』

 

決意にも似た、ブルマの言葉。

それは小6の頃、休み時間に ぽつんと一人で、

自分の席で 本を読んでいた姿を思い出させた。

 

「どうした? 疲れたんか?」

「あっ、 ううん、何でもないだよ。」

気がつけば、家の近くまで来ていた。

「すまなかっただな。 ここでいいだよ。」

 

立ち止まり、向き合っている悟空も また、めずらしく口数が少ない。

手が、伸びてくる。

指が、頬に触れる。

もしかして、これは・・・。  

どうしよう、 どうしよう。

いや、何も、それほど動揺することはない。

チチは必死に、自分自身に言い聞かせた。

ブルマだって さっきは、訪ねてきたベジータと きっと・・・。

 

だが それは、まったくの取り越し苦労だった。

「あはは、 やっぱり やわらけーな。」

ほっぺたを つままれたのだ。

笑っている悟空の、指先によって。

 

「さっき食わしてもらった おやつみてえだな。」

「さっきのって・・ 肉まんか?」

チチは ますます、頬をふくらませる。

「違う 違う。 その後に出てきた甘いやつだよ。」

「じゃあ、あんまんだべ! もう!!」

 

ブルマの父親は、大会社の社長だ。

そのせいなのか いただきものが たくさんあり、

お菓子作りが上手な 母親が出かけていても、おやつに ことかくことはなかった。

また、思い出してしまう。

 

『わたし、一人っ子でしょ。 父さんの後を、継がなきゃいけないのよ。』

だから 大学も、そういう観点で選ばなくてはならないのだろうか。

ブルマは こうも言っていた。

『孫くんって本番に強そうだし、今から頑張れば きっと大丈夫よ。

 チチさんが お尻を叩いて、フォローしてあげてさ。

 もちろん わたしも、なんでも協力するわ。』

 

そして 部屋に戻るまでに、何度も言った。

『がんばろうね。』

 

黙り込んでしまったチチに、悟空が また 声をかける。

「どうした? 腹へっちまったのか?」

「違うだよ。 ・・・悟空さ、勉強、一緒にがんばろうな。

 おらも なるべく、塾へは行きたくねえんだ。」

「そうなのか?」

「うん。 夕飯は おっとうと食べたいからな。

 だから、あんまり遅くなりたくないだよ。」

 

「じゃあ、今日は悪かったなあ。」

とっぷりと暮れた空を見上げる。

それを見て、チチは おかしそうに笑った。

「まだ7時だべ。 このくらいなら平気だ。

 学校のそばにある塾は、さっき授業が始まったとこだよ。」

「えーっ、 そうなんか?」

悟空は、心底 驚いたようだ。

「んだ。 部活の終わる時間に合わせてるだな。」

「ひゃー・・。 みんな、すげえんだなー。  オラ、腹へって死んじまうよ。」

「何か食べてから 行ってもいいだよ。」

「そしたら、眠くなっちまう・・。」

 

まったく、この男の子ときたら。

そういうところは、何年経っても 全然変わらず、まるで赤ん坊みたいだ。

 

「赤ちゃん、楽しみだな。」

「・・・。 ああ。」

「赤ちゃんのほっぺは、おらより もっとやわらけえだよ。」

 

チチの笑顔を見ていると、何故だか とっても幸せな気分になる。

その気持ちの呼び名を、彼は まだ知らないけれど。

頑張って高校に入り、また一緒に3年間を過ごせば、わかるようになるだろうか。

ともあれ、明日になれば学校で、また会うことができるのだ。

 

「じゃあな、チチ。 また、明日な。」

「うん。 気をつけてな。」

 

走り去った悟空の後ろ姿は、あっという間に見えなくなった。

それでもチチは その場にとどまり、いつまでも手を振り続けていた。

 

 

もう一つ、悟空には 決めたことがあった。

今日から セリパのことを、母ちゃんと呼ぶ。

昔、よく わからないまま 呼んでみたことはある。

だが、本当に その立場になってからは、何故か呼べずにいた。

でも、 これからは・・・。

 

ちゃんとした呼び方してやらねえと、赤ん坊が、間違えて覚えちまうもんな。

 

母ちゃん。

そう呼んだら、セリパは いったい、どんな顔をするだろう。

まあ、だいたい想像はつく。

悟空の父親、自分の夫となった男を見つめる、あの顔と同じだ。

「あはっ、 楽しみだな。」

 

明かりの灯った家。

鍵はやっぱり、かかっていない。

ひとりごちながら、玄関の扉を開ける。

「オラ、 わくわくしてきたぞ。」