『ガールの法則』

小学生パラレルです。 ベジブルの『チビ』の前の年のお話です。]

小学校での活動の多くは、席の近い者同士で組んだグループによって行われる。

明日は調理実習があるし、

今日は 先週行って来た、社会科見学のレポートをまとめなくてはならない。

だから、グループの中に好きな人がいると、とっても楽しい。

 

レポートをまとめる作業は、放課後 教室に残ってやってもよかった。

けれどもブルマは、グループの皆に声をかけた。

「ねえ、みんなで うちに来なさいよ。 おやつを食べながら、うちでやりましょう。」

 

ブルマが何かを提案すると 決まって、離れた場所でヒソヒソと耳打ちし合う者がいる。

だけど グループのメンバーである 悟空、チチ、そしてヤムチャは そんなことは気にしなかった。

 

ブルマの家は、噂どおりの豪邸だった。

母親は大喜びで 娘のクラスメイトをもてなした。

夕方になり、チチが他の皆より一足早く 帰ろうとすると、

ブルマの母は 彼女にそっと話しかけた。

「家にお友達が来るのは久しぶりなのよ。 また遊びに来てね。」

・・・

それを知らないブルマは、意地汚く皿を空け続けている悟空に向かって命じた。

「孫くんの家、チチさんと同じ方向でしょ。 送ってあげなさいよ。」

 

思いがけないブルマの計らいにより、チチは悟空と並んで歩くことになった。

悟空がつぶやく。

「ヤムチャの奴は、もうちょっと いるって言ってたな。」

まるで ひとり言のように続ける。

「ブルマんとこで、夕飯食って行くのかな。 いいなぁ・・。」

 

チチは思った。

ヤムチャがブルマの家に残ったのは、

夕飯をごちそうになるためでも、レポートの仕上げをするためでもない。

あの二人が付き合っている、という噂は本当なのだろう。

自分と同じ年である 小学5年生の男女が、付き合う。

いったい どんなことをするのだろう。

他の友達を交えずに、お互いの家を行き来するのだろうか。

それとも、どこかに出かけるのかもしれない。

休みの日に、二人だけで。

 

低学年の頃は人気者だったブルマが、

何人かの女子とうまくいかなくなったのは、ヤムチャとのことが原因だと思う。

運動神経が良くて 女の子に優しいヤムチャは、とても人気がある。

だけど自分は、今 隣を歩いている男の子の方が好きだ。

勉強が大の苦手で、

休み時間と体育の授業の時にはやたらと元気が良くなる、食いしん坊の男の子。

彼もブルマと仲がいい。

もしかすると、彼もブルマのことが好きなのだろうか。

 

聞いてみたいと思うけれども、さすがに口にはできない。

「あの・・。」

その代わりに、以前から気になっていたことを尋ねてみた。

「あんたのことを カカロットって呼ぶ人がいるのは、なんでだ?」

「ほんとの名前は、カカロットっていうんだ。」

あっさりとした口調で、彼は続ける。

「だけどオラは、死んだじいちゃんがつけてくれた悟空って名前の方が、ずーっと好きだ。」

小さな声でチチは言った。 「おらも そう思う・・。」 

「ん?」 「あんたは悟空さだ。 その方が、似合ってるだよ。」

 

彼は笑顔になったけれど、そのことは もう何も言わず

チチが小脇に抱えている本について口にした。

「それ、ブルマの母ちゃんから借りたんだろ。」

「うん。」

それは惣菜のほか、簡単なデザートの作り方が とても わかりやすく記された本だった。

ブルマの家でふるまわれたおやつは全て、母の手による手作りだった。

作り方を知りたがったチチに、ブルマの母はこの本を持たせてくれたのだった。

 

「おめえの母ちゃんは、料理がヘタなのか?」 「え?」

「自分の母ちゃんに教わればいいじゃねえか。」

静かな声でチチは答えた。

「おらには おっかあがいねえだ。 おらが赤ん坊の頃に死んじまっただよ。」

「そっか。」 小さく付け加えた。 「オラと、おんなじだな。」

 

わざと明るい調子で、チチは彼に話しかけた。

「ブルマさのお母さん、ブルマさに似てただな。」

「えー? そうかあ?」

髪の色も違うし、あまり そう思わなかった。

「おらも はじめはあんまり似てねえな、と思っただ。

 だけど、目をパッチリ開けると おんなじ顔だっただよ。」

「へえ・・。 オラの父ちゃんなんかさ、 ほんっとうにオラとおんなじような顔してっぞ。」

声をあげて、二人は笑った。

「明日は調理実習だな。」

「ああ。 二度も昼めしが食えるなんて、楽しみだ。」

そんなことを話しながら、手をふって二人は別れた。

 

翌日。

普段から食事の用意をしているチチのおかげで、

ブルマたちのグループは教師から大層ほめられた。

「ほんとにすごいわ。 盛り付けもきれいだし・・・。 チチさん、シェフを目指せばいいのに。」

ブルマの言葉に、チチは はにかんだ。

「おらはそんな・・。 普通のお嫁さんでいいだよ。」

そして、夫や子供に 毎日おいしいものを食べさせたい。

本当に、心からそう思う。

「そうなんか。 じゃあ、うちに くりゃあいいのに。」

「えっ・・?」

悟空の発した一言に、その場の皆が注目した。

 

「オラの父ちゃんの嫁さんになればいいのにな。 そしたら毎日、うめえメシが食える。」

「何言ってんのよ。」 

ブルマが、心底呆れた声を出す。

「あんたのお父さんなんて、もう おじさんじゃないの。

 そういう時はね、自分のお嫁さんになって、って言うものよ。」

チチは何も言えず、真っ赤になってうつむいた。

「ふーん?」

悟空はピンときていない様子だったが、否定もしない。

そこが彼のいいところだった。

 

ブルマの横顔を見つめながら、チチは考える。

はっきりと ものを言うブルマ。

大人びた彼女が 背の高いヤムチャと一緒にいると、小学生じゃないみたいだ。

一部の女子がブルマのことを悪く言うのは、嫉妬しているためだろう。

その気持ちは わからなくはない。

その女の子たちから いじめられるのが怖くて、

ブルマのことが嫌いではないのに 彼女と話をしなくなった人もいる。

だけど、自分は そんなことはしたくない。

たとえ 大好きな男の子が、自分じゃなくて ブルマのことが好きだったとしても。

 

「あーあ、 うまかったなあ。」

今日の調理実習は、5〜6時間目に行われた。

給食を食べた後だったから、皆 あまり食が進まなかった。

その中で 悟空だけは、室内を走り回って試食していた。

「うちのグループのメシが、一番うまかったぞ。」

彼の そんな一言が、チチには 何よりもうれしかった。

 

「あの・・ 」 チチはブルマに話しかけた。

「また、ブルマさの家に行ってもいいだか? おら、もっと料理がうまくなりてえんだ。

 おっとうに、うまいもの食わしてやりてえし、 それに・・」

「もちろんよ。 ママ、とっても喜ぶわ。」

それに、わたしも。

 

その時、ブルマが見せた笑顔。

それは昨日会った彼女の母に 本当によく似ていると、チチは思った。