『待っている、待っていた』

ベジブルで晩年のお話をたくさん書いたのですが、悟チチver.のつもりです。

永遠(とわ)』、『いつか、きっと と併せて お読みいただけましたら

うれしく思います。 ]

ブルマの死から およそ10年の時が流れた、ある日のこと。  

チチが、天に召された。

二人の息子と その妻、子供たち。 

そして、初孫だったパンが、夫となったトランクスとの間に もうけた娘… 

チチにとっては曾孫にあたる女児、キャミ。

大勢の家族に見取られての、穏やかな最期だった。

 

あの世の入り口。 ここに来るのは初めてではない。 二度目だ。  

もっとも、ある年代以上の人間は皆 そうなのだが。

 

「うむ。 まったく、文句のつけようがない。」  

チチの顔を目にした閻魔は、いかにも 嬉しげに語り始める。

「あの 最強にして自由奔放な男を、妻として長年支え続け、

大きな力を受け継いだ息子たちを、強さと優しさを兼ね備えた、申し分のない男に育て上げた。」

「…。」  

確かに、それは自分の誇りだった。 

しかし、改めて言葉にされると やや面映ゆい。

そんなチチの気持ちをよそに、閻魔大王は こう続けた。

「チチよ。 おまえには 夫である孫悟空に続き、宇宙をつかさどる神に順ずる地位を与える。」

「? 何だべ?」  

耳を疑った。 老いてからも、聴力は そう衰えていなかったはずなのだが。

 

「いいか。 

おまえの夫 孫悟空は、今から20年程前、数々の働きを認められ、神の一員となったのだ。 だが、」

さらに続ける。 年を重ねたチチに向かって、まるで言い聞かせるように。

「あのとおり、型に はまらん奴だからな。 まあ、いろいろと…。 

そのへんは、おまえが一番 よく知っているのだろうがな。」

確かに。 こちらの世でも夫は、あの調子なのだろうか。

「そこで、おまえの出番なのだ。」 

「おらの?」

「そうだ。 計り知れない力を持つ あの男の抑止力となり、

また、掛け替えのないパートナーとして、奴を再び、支えてやってほしいのだ。」

その言葉で、チチは はっとなった。  

あることを、思い出したのだ。

 

かつて ブルマが存命だった、けれど もう、お互いに若くはなくなっていた頃。 

こんな やりとりをした。

 

あの日、ブルマは とにかく元気がなかった。

今ならば わかる。 もう長くないことを自覚し、憂えていたのだろう。

だが その頃は まだ、病気のことを打ち明けられていなかった。

理由を尋ねたチチに、ブルマは、まるで 取ってつけたような答えを返した。

夫であるベジータに関する 、別に 今始まったわけではないようなことへの愚痴の数々。

あきれ半分でチチは答えた。 

『仕方ねえだな。 ブルマさは、そういう男に惚れちまったんだから。』

顔を上げ、笑顔になって ブルマは言った。 

『そうね。 チチさんだって、そうだものね。』

 

『? おらか?』  

『そうよ。 ねえ、わたし思うんだけど、あと何年か何十年かして チチさんが あの世に行ったら… 』

一旦、言葉を切る。 

『チチさんも、神様になるんじゃない?』  

『まさか…。』

地球のみならず 宇宙全体を、何度も危機から救った悟空。

ある大きな戦いの末に 姿を消してしまった彼が、神の一人となったこと。

それは 残された家族や友人たちの、共通認識となっていた。

 

『悟空さは わかるが、なんだって おらが?』 

『そりゃあ、チチさんあっての孫くんだからよ。 

チチさんが そばにいてこそ、立派な神様になれるんじゃない? うん、きっと そうよ。』

うなずいて、一人納得した後で、ブルマは こう付け加えた。

『でも 一応、念押ししておくわね。 あの世の入り口で、閻魔様に会った時に。』

『何言ってるだよ、縁起でもねえ。』

… あの時は、そう答えた。

 

 

「どうなのだ、チチ。 引き受けてくれるのだろう?」

大きな声での問いかけで、チチはようやく、我に返った。 

やや複雑ではあった。 けれど、素直にうなずいた。

 

「うん、うん。 そうだとも。」  

満足げに、笑顔を浮かべて閻魔は続ける。

「おまえには、あれだ。 何といったかな、孫悟空の頭に嵌められた金色の輪。 

あれの役目を担ってほしいのだ。」

金色の輪? ああ、物語の方の孫悟空か。

言いつけに背いて 暴走しようとすると、頭を、恐ろしい力で締め上げたという不思議な輪。

はたして自分に そんな力が… 

疑問を口にする前に、閻魔が切り出してくる。 

「よし、では さっそく。」

 

あわてて訴え出る。 「ちょ、ちょっと待ってほしいだ。」

「何だ?」 

「悟空さに、会えるだか?」 

「そうとも。 久しぶりの再会だ。」

「なら その、もうちょっと、何とかしてもらえないのけ?」 

「?」  

戸惑う閻魔に、部下の一人が耳打ちをした。 

久々に夫に会うのだから、もう少し若く 美しくなりたい。 多分、そういうことですよ。 

そのように、ちゃんと説明をしてくれたようだ。

「ああ、なるほど。 わしは どうも、その辺りの感覚には疎くてな。 どれ、じゃあ、特別だぞ。」

そう言って、閻魔は人差し指を向けた。 七十路となっていた、チチに向かって。

 

何度か やり直してもらった。 

「うん、これだ。 これでいいだよ。 すまなかったな、面倒かけちまって。」

「おまえも なかなか うるさい、いや手厳しい女だなあ。」 

少々疲れた表情で、閻魔がひとりごちる。

「まあ、そうでなければ サイヤ人の妻など、やっていられなかったろうが…。」

チチはピンと来た。 

10年前に ここに来た、ブルマのことを言っているのではないか。

そうだ、ブルマはどうなったのだろう。 

まだ天国にいるのか、 それとも もう…。

ある考えが頭をよぎる。 

そのことを尋ねようと、口を開きかけた 数秒のち。

チチは、ある場所にいた … いや、飛ばされていた。

そう、 そこは孫家。 

長年にわたって住み続けた、彼女にとっての城であった。

 

だが、誰もいない。 

玄関の戸を開けてみる。 遠くの方は、はたしてどうなっているのか わからない。

が、少なくとも、庭や近所は そっくり同じだ。 

しかし やはり、人の気配は感じられない。

室内に戻ったチチは、台所を点検してみた。 

食器や鍋のほか、食材も ある程度揃っている。

とりあえずは それを使い、料理を作ることにした。 

家族の姿はなく、空腹というわけでもない。 けれど そうすることにより、気分が落ち着いてくる。

 

「さ、これで いい。 あとは煮込むだけだ。」  

つぶやきながら 大鍋を火にかけた、まさに その時。

扉を、勢いよく開く音が聞こえてきた。 続いて、耳に届く。 

「たでえま!」

なつかしい、忘れたくとも決して、忘れることなどなかった声。

「悟空さ… 」 

思わず、息をのむ。

「チチ! 来たんだな。 オラ、ずーっと待ってたんだぞ。」

 

夢にまで見た姿。 ただし 最後に過ごした頃の、少年の姿ではない。 

ちゃんとした、というのも おかしいけれど、とにかく大人の姿をしている。

「待ってたって… そりゃあ、おらのセリフだべ。 何にも、一言も無しに、あんな…、」

最後までは言えなかった。 涙と嗚咽で、声にならなかったためだ。

「悪かったよ、 ごめんな。 ごめんな、チチ。」

向き合った彼に、抱き寄せられる。 

厚い胸に、顔を うずめる形になる。

彼は、青い道着を着ている。 思い出す。 

出会った頃に着ていた物に似た生地を選び、縫い上げた日のことを。

 

「言い訳になっちまうけどよ、オラ あの時、えれえ神様たちに ちゃんと言ったんだ。 

チチが待ってるから 困るって。」

言葉を切って続ける。 

「けど、押し切られちまったんだ。 

チチがこっちに来たら必ず、すぐに一緒にさせてやるからって、何度も言われてさ。」

言いたいこと、聞きたいことは、山のようにあった。 なのに、涙が止まらない。

それでも 夫、悟空の胸は、 髪を、背中をなでてくれる手は 温かい。

チチは また、思い出している。 ブルマは あの時、こう付け加えた。

『いいなあ、 チチさんは。』 

その言葉の意味は、あの時には わからなかった。

結果的に、なのかもしれない。 しかし ベジータは、妻であるブルマの元を去らなかったではないか。

そう思った。

だが あの二人は おそらく、再会することは許されない。

少なくとも こんなふうに、自分たちのようには。

それを思うと尚更に、チチの瞳からは涙が溢れた。

 

「チチ、もう 泣かないでくれよ。 オラ、どうしていいのか わかんねえよ…。」

心底、困惑しきった声。 

その声で、チチは ようやく顔を上げた。

「悟空さのことだけじゃねえだよ。」 

「ん? そうなのか?」

「んだ。 いろんなことが あっただよ、 悟空さが いねえ間。」

「そっか。 でも、強え敵なんかは、現れなかったはずだろ?」 

「…。」

チチは苦笑した。 実に、夫らしい言葉だった。

 

「それにな、年をとると どうしても、涙もろくなるだよ。 おらは もう、ばあさんだからな。」

「えっ、 チチがか? 全然 そう見えねえぞ。 

あれ? むしろ最後に見た時より、ちょっと若くなってねえか?」

気付いたのは、この男にしては上出来だ。 

だが本当は、ちょっとどころではない。

閻魔大王の力によって 20代… 悟飯を産んで母親となり、悟天を授かるまでの 約10年。 

チチは今、その頃の姿でいる。

長い髪を高い位置で結い上げ、前髪を、眉の下で切りそろえていたスタイル。

後半は、正直言って 良い思い出が少ない。 

怒ってばかりいた気がする。 特に 夫である、悟空に向かって。

さっきのように、泣けばよかった。 

もっと もっと 思い切り、気持ちをぶつけてやれば よかった。

何故 しなかったのだろう。 

まだ幼かった息子の手前だろうか。 それとも 単に、悔しかったのだろうか。

無上の強さを誇る夫に、泣き顔を見せることが…。

 

「チチ。」  

両肩に、大きな手のひらが置かれる。 温かい。 

顔が、どんどん近付いてくる。 だから あわてて、腫れてしまった瞼を閉じる。

この家には にぎやかだった家族の姿はなく、二人きりだ。 

唇が、そっと触れ合う

だが その時。  

シュー、カタカタ。  蒸気で、鍋のふたが持ち上がった。

「いけねえ、忘れてただ。 これを作ってるところだっただよ。」

「おっ、 うまそうだな。 やったあ、チチの作った めしが食える。」

 

できあがった料理を、皿によそってやりながら尋ねる。 

「これまで、めしは どうしてただ?」

「それが こっちじゃさ、食っても食わなくても、どっちでも いいんだ。」  

なるほど。 どうりで、空腹を感じないと思った。

「でも オラ、チチの めしなら食いてえぞ! ひゃー、久しぶりだなー! いただきまーす。」

 

大皿を、またたく間に からにしていく夫。 その様子を見つめながら、チチは考えている。

これから どうなるのだろう。 

あらゆる次元を飛び回っているらしい夫に、はたして ついていけるだろうか。 

そんなことが、できるのだろうか。

もしかすると … 

また この家で、彼をずっと、待つ羽目になるのだろうか。

 

けど、何だか もう、 それも いいような気がしてきた。 

思えば ずっと、自分は そうしてきたではないか。

また会える日を待って、迎えに来てくれる日を 心待ちにした。

一緒になってからだって、狩りや修行を、ひとまず終えて戻ってくるのを待っていた。

さっきのように 大鍋で、おいしい食事の用意をしながら。

そして…

遠い場所から戻る日を、奇跡が起こる瞬間を、ずっと ずっと 待ち続けた。

彼の帰る家、 故郷になるということ。  

自分に力があるとすれば、そういうことではないだろうか…。

 

「チチ。」 

「あっ、すまねえだな、ぼんやりしちまって。 おかわりか?」

「うん! それとさ、さっき チチが言ってた、向こうで起きた いろんなことっての。 

その話、オラにも聞かせてくれよ。」

 

チチは ようやく、心からの笑顔を見せる。

神龍に、彼女は直接、願いを唱えたことはなかった。 

だが やっと、叶えられたのだ。

愛する夫と二人で過ごす、おだやかな時。 

これこそが、長いこと待ち続けた幸せ、彼女の願いなのかもしれない。

「いつまで続くか、わかんねえけどな。」

「ん? なんか言ったか、チチ。」

「何にも言ってねえだよ。 あのな … 」