321.『タイムマシンにお願い!』
[ 『Liar』 『I love you』 の続き、ブルマの想いです。]
一人のはずの部屋。 気配に気づいて、顔を上げて驚く。
「孫くん・・・。」
どうして? あんたはもう、ずっと前に死んでしまったはずだわ。
「もしかして わたし、死んだの? あんたが迎えに来てくれたわけ?」
「違う。」
やけにはっきりと、孫くんは答えた。
「そう。 じゃあ これは、わたしの見てる夢なのかしら。」
今度は何も答えない。
「・・ねえ、 もしかして、悟飯くんに何か聞いたの?」
それとも天国からは、全部お見通しだった? 大事な息子によくも、なーんて文句を言いに来たとか?
まさかね。 だったら、チチさんが来るはずだものね。 思わず苦笑いしてしまう。
けれど その後 すぐに、両目から涙があふれ出てくる。
「悟飯くんは、かわいそうな子だわ。」
こんなふうに誰かのことを言うのは、いいことじゃない。 そんなことはわかってる。
だけど涙と一緒に、言葉も止まらなくなる。
「だって あの子が戦いを始めたのって、4歳? 5歳? ・・その年齢の頃、孫くんは何をしてた?」
孫くんは、何も言わずにわたしを見つめている。
「悟飯くんは とうとう学校にも行けなかった。 楽しいこともなかったわ。
サイヤ人はそういうものかもしれないけど、あの子は半分 地球人なのよ。」
泣きながら話すわたしの肩を、孫くんが両手で引き寄せる。
胸元に顔を埋める形で、涙のまじった声でつぶやく。
「だから・・ どうにかして、なぐさめてあげたかったの。」
「少なくとも悟飯は不幸じゃねえよ。 おめえに見守られながら大きくなって、
死んじまってからもそんなふうに言ってもらえるんだからな。」
・・やっぱり、これは夢ね。
わたしが欲しかった言葉をかけてもらえるのは、わたしが見ている夢だから。
きっと そうだ。
それでも 構わず話しかける。 だって、本当に久しぶりなんだもの。
「初めてじゃない? 大人になった孫くんと、二人きりで話すのって。」
涙を拭って、なつかしい顔を見上げる。
「そんな暇、全然無かったものね。だって、」
ようやく宇宙から戻ったと思ったら、病気なんかで・・・。
そのことは口にしない。 そのかわり、ずっと思っていたことを言ってみる。
「かわいい女の子・・ チチさんと、さっさと どこかへ消えちゃってさ。」
生意気よ。 呆れちゃうほど、何にも知らない子供だったくせに。
「だけど、悟飯くんだって そうなってたはずなのよね。
ふさわしい年頃の かわいい子と、幸せになってたはずなのに。」
一度止めた涙が、また あふれてくる。
「それなのに わたしとなんてね・・・。 ほんとにかわいそうだわ。」
何か言いたげな孫くんに向かって続ける。
「こんな世界じゃ、おしゃれも お肌の手入れも ろくにできないのよ。
おかげでわたし、すっかりおばさんだもの。」
孫くんは笑いだした。
「ブルマらしくねえんだな、と思ったけど そんなことねえな。 十分おめえらしいや。」
つられて、わたしも泣き笑いになる。
「ありがと。 ・・もう、離れましょ。 チチさんに叱られちゃうわ。」
そう。 孫くんは何故か、わたしの両肩にまわした腕を 解こうとしなかった。
わたしは こんな話をする。
「あんたが死んじゃった時ね、クリリンくんや、いろんな人が あんたを生き返らせようとしたのよ。」
地球のドラゴンボールでは無理だというなら、もう一度 ナメック星の人たちに頼もうって言ってたの。
宇宙船が必要なら、わたしも協力するつもりだったわ。
「だけど、チチさんだけが反対したの。
チチさんは孫くんに、もう どこにも行ってほしくなかったのよね。」
触れることや 話をすることが二度とできなくても、自分のそばで眠ってほしかったんだと思う。
その気持ち、今のわたしには よく、わかるの・・・。
孫くんの大きな手のひらが、涙で濡れたわたしの頬を包み込む。
その手をとって、そっと 唇で触れてみる。
どうしてこんなに温かいんだろう。 夢だって いうのに ・・。
笑顔をつくって わたしは言った。
「もう、チチさんのそばを離れちゃダメよ。 生まれ変わっても 一緒になるのよ。
苦労をかけた、罪滅ぼしにね。」
あんたも結構、自分勝手なところがあるもんね。 だけど いいな、チチさんは。
わたしの会いたい人は、この世にも、天国にもいないのよ・・・。
孫くんがどんな顔をしたかは見ていない。 トランクスの呼ぶ声で わたしは目覚めた。
いつの間にか、自分の部屋のベッドに寝かされていた。 書庫で倒れていたらしい。
「びっくりしたよ。 床の上で、まるで死んでるみたいに眠ってるんだもの。」
半壊のままのC.C.。
この目立つ建物を 人造人間がそのままにしているのは、
ゲームのラストステージのように考えているからなのだろうか。
たくさんの物が使えなくなってしまったけれど、父さんの蔵書は かなりの数が無事に残った。
このところ ある分野の書物に首っ引きのわたしに対し、トランクスはどことなく批判的だ。
「信じられないよ、そんなことができるなんて。」
「・・信じられないことは、世の中に いくらでもあるのよ。」
そうよ。
こんな世界になることも、異星人の男を愛して、その子供を産むことも あの頃は考えられなかった。
「まぁ、こんな世の中だからね。 部品を調達するのも、エネルギーを確保するのも一苦労だわ。
実現するまで、数年はかかるでしょうね。」
「それまでに おれが、人造人間を倒すさ。 だから 必要なくなるよ、タイムマシンなんて。」
師であると同時に 唯一の友人でもあった悟飯くんの影響なのか、
トランクスは いつでも、とても穏やかに話す。
だけど こんな時だけは、不敵という言葉がふさわしい表情になる。
ベジータは今も、この子の中で生き続けている。
悟飯くんも、そうだった。 道着を着た彼を見て、何度 息を飲んだかわからない・・・。
「疲れてるだろ。 少し眠るといいよ。」
部屋を出て行く息子の、後ろ姿に向かってわたしはつぶやく。 心の中で。
トランクス、たとえ あんたが今日 人造人間を倒したとしても、わたしはタイムマシンを作る。
孫くんを死なせないこと。
それは、奴らを倒すためだけが目的じゃないの。 これは、わたしの戦いなの。
別の未来を、わたしは作りたいの。