片腕だけになった彼からわたしは、たやすく逃れることができたのだ。
「僕は、あなたを母親だなんて思ったことはありません。」
私の顔をこちらに向けさせるためには、
抱き寄せている右腕を解かなくてはならなかったのだから。
「トランクスが、帰ってくるわ。」
せめてもの抵抗は、唇によって遮られる。
「僕が、イヤですか・・・。」
鍛え上げられた左腕があったはずの場所が目に入る。
「ずるいわ。 そんな言い方・・・ 」
わたしを抱こうとする男は、どうしてみんな、こうなのだろう。
息が止まるほどきつく抱きすくめて、まるで貪るみたいに唇を押しつけてくるくせに、
その先のことはあまりわかっていないのだ。
だからわたしは両手で頬を包みこんで、自分の方からもう一度、深く、長く、唇を重ねる。
右手をとって、胸の上に当てさせる。
戦いに明け暮れる男を体ごと、包み込んであげる。
できる限り、優しく、やわらかく。
体を離したあと、彼女はまるで何もなかったみたいにすばやく身なりを整えた。
トランクスに知られたって、僕は構わない。
さすがにそうは言えなかった。
だから、その代わりに言ってみた。
「ブルマさんは僕のこと、好きですか?」
その時の彼女の表情を、僕は忘れることが出来ない。
「当り前じゃない。」
答えたあと、思わず口に出してしまう。
「そんなこと、初めて言われたわ・・・ 」
最初の恋人には、いつだって自分の方から聞いていた。
『わたしのこと、好き?』
奥手だったあいつは照れながら、それでもいつも答えてくれた。
『好きだよ。』
そして・・・ あの人。
わたしに、一人だけ子どもを授けて死んでいった。
あの人には、最後まで聞けなかった。
ずっと・・・ ううん、 せめて もう少しだけ一緒に過ごせていたら、
尋ねることができたのかしら。
そうしていたらあの人は、何か答えてくれただろうか。
一体何と、答えただろうか。
彼女の心が今でもベジータさんのものであることを、僕はわかっていた。
だから彼女が天国のことを口にした時、僕はこう言った。
「一緒にいてあげる。」
それはベジータさんには決してできないことだったからだ。
だけどその約束が守れないということは、僕が一番よく知っていた。
あの言葉が嘘になってしまった日、僕はひどく後悔した。
彼女には、 たった一言贈ってやればよかったんだ。
何も飾らず、「愛してる」 と、ただ一言を。