目を覚ますと、ベッドの上だった。

ドアが開く音。

「あら、起きたのね。 ちょうどよかった。」

 

半身を起した悟飯に、ブルマがほがらかに声をかける。

そして、軽食をのせたトレイを手に、すぐに戻ってきた。

「トレーニングの途中で倒れちゃったのよ。

 まだ、体力が戻ってないみたいね。  あ、 そのままでいいわよ。」

 

ベッドの傍らの椅子に腰かけたブルマは、彼の口元にスプーンを運んでやる。

反射的に口を開けてしまった悟飯の、ひどく照れくさそうな顔。

彼女は笑って「じゃあ、お皿のほうを持ってあげるわね。」と言った。

 

数か月前の人造人間との戦いで、彼は瀕死の重傷を負った。

命はとりとめたものの、左腕を失ってしまったのだ。

 

「トランクスは・・・ 」

「悟飯くんをここに運んだあと、もう少し特訓してくるって。

 ねぇ、 それ、 おいしい?」

はい、 と頷いてひたすらスプーンを口に運ぶ。

その旺盛な食欲に、ブルマは思わず笑顔になった。

 

「昔は母さん任せで、料理なんて全然できなかったのにね・・・

 何が幸いするか、 わかんないわよね。」

そんなふうに言ったあとで、こう続ける。

「トランクスが強いだけじゃなくて、いい子に育ってるのは悟飯くんのおかげだわ。」

 

青い瞳でじっと、目の前の青年を見つめる。

「・・・こんな状況じゃない平和なC.C.で育ててたら、ああはなってなかったわね。

 父さんたちもわたしも、ついつい甘やかしすぎちゃいそう。」

「そんなこと・・・ 」

ベジータさんが、いたじゃないですか。

 

頭に浮かんだその名前を、悟飯はあえて口にしなかった。

 

「トランクス、遅いわね。」

食べ終わって空いた皿をトレイに戻しながら、ブルマはつぶやく。

「まだ、戻らないかもしれませんよ。  ・・気を利かせてくれてるのかも。」

 

何かを言いたげな悟飯の様子を、彼女は少し前から気づいていた。

 

「もう少し、横になってるといいわ。」

部屋を出ようとするブルマの後ろ姿に向かって、彼は言う。

「僕も、トランクスがいてくれて本当によかったですよ。

 僕にも、弟か妹がいたはずなんです。」

「え?」

 

思わず足を止めて振り向いたブルマに

悟飯は、感情の読み取れない不思議な表情で言葉を続けた。

「お父さんが亡くなった時、

 お母さんが何か月も起きられなかったこと、覚えてますか?」

ブルマは息をのむ。

「もっとも僕も、その頃はよくわかってなかったんです。

 ずいぶん、後になってから・・・ 」

 

手にしていたトレイを落とすように床に置き、

ブルマはしゃがんだまま両手で顔をおおった。

 

チチとの、最後のやりとりを思い出す。

 

『しっかりして、チチさん。 悟飯くんのことはどうするのよ・・・』

『おらも行ってやらねえと・・・ 悟空さだけじゃ、心配だからな。

 ブルマさ、 悟飯のこと、 どうか・・・ 』

 

「そんなに泣かないでください、 ブルマさん。 そんなつもりで言ったんじゃ・・・ 」

ベッドから出た悟飯が、ブルマの肩を支えて立たせる。

 

残された彼の右手が、泣き顔を隠している彼女の両手をずらす。

顔が、近づいてくる。

「僕は、あなたのことを母親だなんて思ったことはありません。」

 

片腕だけしかない彼から ブルマは、たやすく逃れることができたのだ。

この青年は決して無理強いなどはしないのだから。

けれども、彼女はそうしなかった。

 

 

この子とこんなに体を近づけるのは、初めてってわけじゃない。

抱えられて空を飛んだこともある。

あれは、地球ではない場所だった。

そして、初めて会った日。

海に囲まれた島で、おびえる彼のふるえる小さな肩を

わたしは しっかりと抱きしめた・・・

 

あたたかいものが、また頬を伝って落ちる。

「どうして、泣くんですか・・・ 」

ベッドの中、 背を向けていたというのに、気づかれてしまう。

 

「わたし、もう天国に行けないかもね。」

「そんな、おおげさですよ。」

彼は右手の指先で、ブルマの目元をそっとぬぐう。

 

「天国に行くのも、なんだか怖くなっちゃった。

 みんなに、なんて言われるかしら・・・ 」

 

苦笑いしながら、悟飯は言った。

「じゃあ、その時は、僕も一緒にいてあげる。」

 

 

悟飯さんの亡骸を連れて帰った時も、埋葬する時も、 母さんは泣かなかった。

昔、僕の父さんが死んだ時も、

自分の前では涙を見せなかったと、悟飯さんが言っていたことを思い出した。

 

母さんが、すべてを賭けてタイムマシンの製作に乗り出したのは

それからすぐのことだった。

 

 

 

Liar

[ 未来悟飯×ブルマです。

特殊な状況下にある二人ならばありえる、と以前から思っていました。

はっきりとした描写はありませんが、抵抗のあるかたは閲覧をおやめください。]