未来編での チチさんと悟飯の別れを書いてみたくて・・・
うれしいです。
ピッコロ×チチにしたことで まとめることができ、よかったと思っています。 ]
西の都。
かつて大都会だった その街は、人造人間によって破壊し尽くされ、いまや見る影もない。
そんな中、C.C.だけは何故か半壊のまま放置され、かろうじて原形を留めていた。
何か考えがあるのか、単なる気まぐれなのかは不明だった。
セキュリティの効かなくなった室内には 行き場を失った人々が入り込み、物を持ちだす輩もいた。
それらを避けながら彼、ピッコロは 地下に存在しているシェルターへと向かった。
常人には開くことができないであろう頑丈な扉。
その向こう側にはブルマと、赤ん坊のトランクスが身を寄せ合うように日々を過ごしていた。
「ピッコロじゃない。 どうして・・?」
重苦しい沈黙。 いったい何度、こんなやりとりをしただろうか。
人造人間が現れて以来。 いや、孫悟空が この世界から消えてしまってから。
「悪い知らせなの? あんたが来るってことは、まさか・・ 」
ある名前を、ブルマは口にしようとする。
「いや、違う。 悟飯じゃない。」 かぶりを振って、彼は続ける。
「・・母親の方だ。」
数ヶ月前のことだ。
ピッコロがパオズ山に降り立つと、悟飯が自宅から出てくるところだった。
『ピッコロさん、 ちょうどよかった。 ちょっと、頼まれてくれませんか。』
『なんだ。』
『お母さんが起きて家事をしようとしたら、ちゃんと寝ているよう言ってください。』
『なんだって おれが そんなことを・・。』
問いかけには答えない。 けれど、笑顔を崩すこともしない。
『お願いします。 ピッコロさんが来てくれると、お母さんは元気になるんですよ。』
軽口のような言葉を残し、都に向かって悟飯は飛び立っていった。
強いだけでなく、礼儀正しく賢い悟飯。
あえて欠点を探すとすれば、無邪気ではないことだろうか。
何故、いつから そうなったのだろう。
あまりにも幼いうちから 戦いに駆り出されたせいなのか、 あるいは・・・
夫の帰りを待ちわびて、戻ってきた途端 手の届かぬ所へ送り出さねばならなかった
母親の嘆きを目にし続けたためなのだろうか。
そんなことを思いながらピッコロが家の扉を開けると、
台所には寝間着の上にガウンをはおった姿のチチがいた。
『ああ、びっくりした・・ ピッコロさか。 悟飯ちゃんが戻って来たかと思っただ。』
『何をしてるんだ。 寝ていろと言われてるんだろう。』
『これだけ済ませちまったら そうするだよ。』
鍋を火にかけ、野菜の皮をむいている。 保存食を作るつもりのようだ。
『せっかく とれたもんを無駄にはできねえからな。
体さえ動けば おらも悟飯と一緒に行って、炊き出しでもやりてえところなんだが・・。』
新たに出現した敵によって、都市部は壊滅的な被害を受けた。
母親に懇願され、悟飯は今のところ敵を追ってはいない。
けれど、死を免れた人を一人でも救いたいと、毎日のように都へ通っている。
救助活動を手伝っているのだ。
『さあ、できた。』 手際のよいチチは、もう調理を終えてしまったらしい。
『しばらくの間は、これをおかずにすればいいだな。』
惣菜を詰めた容器をしまいながら、ひとりごちる。
その時。 『・・・!』
後ろ姿が、ぐらり と揺れた。
床に倒れこんでしまう直前、 彼は素早く 彼女の華奢な体を支えた。
『だから言っただろうが・・。』
ベッドの上に下ろされたけれど、彼女は体を横にはせずに 腰かけたままでいる。
『ちゃんと寝ていろ。』
それに答えることなく、彼を見上げてチチは言った。
『本当に、ピッコロさには 世話になりっぱなしだな。
あんたが普通のメシを食う人だったら、うめえもんを たらふくご馳走してやるんだが。』
彼女らしい言葉に、彼の口元には ほんの少しだけ笑みが浮かんだ。
『おまえは いつもそれだな。 食事を作ることばかりだ。』
『うめえもんを作れるのは、おらの一番の取り柄だからな。 おらのおっかあも、そうだったんだ・・。』
『おまえの、母親・・。』 『んだ。』 チチはうなずいた。
寝たり起きたりを繰り返すようになってからは 長い髪を結いあげず、
二つに分けて、ごくゆるい三つ編みにしている。
その姿は、彼女をまるで 少女のように見せていた。
『おらが まだ、ほんの子供だった頃に死んじまっただよ。』
そして、小さく付け加えた。 『今のおらと、おんなじ病気だっただ・・。』
何と返せばいいものか迷っている様子の彼を見つめて、チチは先に口を開いた。
『なあ、ピッコロさ。』 『なんだ。』
『甘えついでに、もうひとつ頼んでもいいか?』
うなずきながらも、彼は思っていた。
彼女はおそらく、息子のことを頼む と言うのだろう。
ああ。 そう答えてやるのは簡単だ。
しかし・・ 何人もの強敵と渡り合ってきた彼も、不吉な予感を禁じえなかった。
支配を目的としない敵。
今度の敵ときたら まるで、住民をいたぶることを 心底楽しんでいるように見える。
幼い子供が、虫の羽をちぎって遊ぶ様子にも似た攻撃。
これまでに無い不気味さを、彼は感じ取っていた。
けれどもチチは、全く別の頼みを口にした。
『おらの名前を、呼んでほしいんだ。』
『名前だと? どうしてだ。』
寝間着姿で、ベッドの上に腰かけたまま 彼女は話を始める。
『こう見えても おらは、結構いい暮らしをしていただよ。』
人を使うことのできる家に育った、ということらしい。
『おらのことを呼び捨てにしたのは、おっとうとおっかあ、あとは悟空さだけなんだ。 だから・・ 』
彼は、願いを聞き入れた。
ゆっくりと、彼女の名前を発音する。
次の瞬間。 まるで弾かれたように、チチは立ちあがった。
背の高い男にそうすることは 慣れていた。
わずかの間 唇で、彼のそれに触れてみる。
驚いて、ひどく うろたえているような表情。
『ふふ・・。 』
その顔を見て、少しだけ笑った後、目を伏せながらチチはつぶやく。
『おらはもう、天国へ行けねえかもしれねえな。』
どうにか体勢を立て直すと、やや呆れたようにピッコロは答えた。
『おおげさな奴だ。 もし そうだとしたら、地獄へ行かずに済むのは赤ん坊だけになってしまうぞ。』
『赤ん坊・・。』
その一言を、チチは何故か繰り返した。
大きな黒い瞳からは、涙がとめどなく流れている。
理由を尋ねる代わりに 彼は、やせた肩を抱き寄せる。
彼の欲する、清い水に似た涙。
彼はこの時、初めて知った。
その味が、海の水によく似ていると いうことを。
それから数カ月が経ったある日。
チチは やはり、彼に頼んだ。
「悟飯のことを見守ってやってくれ。 おらと悟空さの代わりに、どうか・・・ 」
守れない約束になるだろう。 だが、彼は うなずいた。
それを見届けると、チチは安心したように瞼を閉じた。
二度と目を覚ますことのない母を見つめて、悟飯はつぶやく。
「これで、よかったんです。」
「悟飯・・?」
「お母さんは もう、苦しまなくて済む。 両親に会うことだって、できるんです。」
人造人間の出現から間もない頃、祖父である牛魔王が行方不明になった。
所用で都に出ていたのだ。
病気の母を残して 悟飯が都に通っていたのは、祖父を探すためでもあった。
「もちろん、お父さんにも。 それに・・。」
言葉を切った後、まるでひとり言のように続ける。
「ピッコロさん。 僕ね、弟か妹がいたはずなんですよ。」
彼は 思わず、声をあげそうになった。
あの日 彼女が流した涙。 その理由が、ようやく わかったのだ。
「生まれることのできなかった子供も、天国に行けますよね。 そして、 」
待ってるんだ。 お父さんやお母さんが来てくれる日を。
自分を見つけてくれるのを。
その言葉を聞いたピッコロは、都を目指して飛び立った。
幼いトランクスを抱いているブルマに向かって、彼は頭を下げている。
「頼む。 おれと一緒にパオズ山に来て、チチを見送ってやってくれ。」
「ピッコロ・・。」
「それと・・ 悟飯に声を掛けてやってくれ。
何と言ってやればいいのか、おれには わからないんだ。」
「もちろんよ。 ベジータには、書き置きでも 残していけばいいわ。」
チチ。
この時ピッコロは、彼女のことを ちゃんと名前で呼んでいた。
ブルマがそのことに気付いたのは、それから 少しだけ後のことだった。