131.『 残酷な未来

[ 『5959』のMickeyさんからのリクエストで、未来編の悟チです。

夫は ようやく帰ってきた。

 

思えば 久しぶりに師匠を訪ねるべく、4歳だった息子を連れて

出かけて行ったあの日以来、家に戻っていないのではないか。

家族そろっての夕食なんて、実に数年ぶりのことだ。

自分はその間 ろくに事情も知らされず、ただ待っているだけだった。

 

それでもチチは、腕によりをかけて夫の好物を何品も用意した。

だが さすがに、心から笑顔にはなれなかった。

 

「お父さん、お母さん、おやすみなさい。」

疲れていたのか、それとも気を利かせたのだろうか。

普段よりも少し早めに、悟飯は自分の部屋の扉を閉めた。

 

いつもより枚数の多い皿を洗っていたチチを、悟空は後ろからいきなり抱きしめた。

「ちょっと・・ 何するだ。」

「悪かったよ。 ずーっと帰ってこねえで。」

 

まったくだ。 

軽い気持ちで送り出したあの日から、いったい何年経ったと思ってるだ。

死んじまって、 生き返れたと思ったら大ケガはするわ、

病院を抜け出して 宇宙へ飛んで行っちまうわ・・。

まだ小さかった悟飯まで巻き込んで。

それに、無事だったくせに、結局こんなに遅くなるまで・・・。

 

口を開くと恨み事になる。

その上、涙までこぼれてしまいそうだ。

悟空は、黙って皿を洗い続けるチチの後ろ姿に声をかけた。

「むこうで、待ってるからな。」

 

片づけを終えたチチが寝室の扉を開くと、悟空は既に夢の中だった。

 

まぁ、 仕方ねえだな。

本当に遠い場所から今日戻ったばかりなんだから。

これからは、少しは落ち着いてくれるといいんだが。

 

そんなふうに思いながら、彼女は夫の隣でまぶたを閉じた。

 

数時間後。  違和感を覚え、チチは目を覚ました。

「・・え? 悟空さ?」

まだ明けきらぬ薄闇の中、夫が自分に覆いかぶさっている。

「ちょっと・・・ 」

有無を言わさず、強い力で着ていたものを剥がされる。

 

こんなふうに事に及ぶのは初めてだった。

戸惑う彼女を抱きながら、彼は何度も、ひたすら妻の名を呼んでいた。

 

あの時 夫は、何かを予感していたのだろうか。

チチがそう考えたのは、それから少し後・・・

心臓病で急死した 悟空を見送った後のことだった。

 

 

ブルマが赤ん坊を産んだという。

 

知らせを受けて、祝いの品を手にしたチチは、悟飯とともに病院へ向かった。

夫の死後、長いこと 家にこもっていた彼女だったが、

こればかりは やり過ごすわけにはいかなかった。

 

長い付き合いだったヤムチャと別れたはずのブルマが、

結婚もせずに いったい誰の子を・・・。

その疑問は、赤ん坊の顔を見た途端に解けた。

 

「ははは・・。 まさか、こんなことに なってたとはな。

 悟空さがいたら、何て言ったか・・・。」

生まれたばかりの赤ん坊を抱かせてもらいながら、チチは泣き笑いの表情になった。

 

「別に、なんとなく、なのよ。 これからどうなるかなんて、わかんないわ・・・。」

ぽつりと呟いたブルマに、悟飯が明るく声をかける。

「そうでもないみたいですよ。 ベジータさんは、この近くにいます。

 こっちに向かってるみたい。」

けれども、すぐに こう続けた。

「あれ? でも、また・・。 僕らがいるせいかなぁ。」

 

笑いながらため息をついたブルマの、その笑顔は どこか寂しげに見えた。

 

病院を出て 道を歩いていたチチは、思い立ったように息子に尋ねた。

「ベジータが、今どこにいるか わかるだか?」

 

立ち止まると 悟飯はうつむいて目を閉じた。 神経を集中させているようだ。

「うん。 そんなに遠くじゃないよ。」

 

顔を上げて答えた息子に向かって、彼女は言った。

「ここに、連れて来れるか?」 そして、こう付け加えた。

「悟空さのことで、話があるからって、な。」

 

 

しばらくののち、ベジータが現れた。 かなり不機嫌そうだ。

随分 つべこべ言ったと見える。

だが、やはり 夫の名を出したのが功を奏したようだ。

 

「悟飯、悪いが ちょっとの間はずしてくれ。」

悟飯は心配そうに、それでも素直に その場を飛び去った。

 

「あんた、ブルマさのことが好きだっただなぁ・・。」

藪から棒なチチの言葉に、ベジータはうろたえ、怒りを表す。

「何言ってやがる。 冗談じゃない。」

「じゃあ、 なんで・・ 」 

 

首を横に振って、チチは言いなおす。

「悟空さが死んじまってから もうだいぶ経つのに、まだ この地球にいるのは、どうしてだ?」

「それは、 」 目の前の男の言葉を遮り、彼女は続ける。

「悟空さを生き返らせるのを待ってるんなら、ハッキリ言っておくだよ。

 おらに そのつもりはねえ。  みんなにも、悟飯にも、そう伝えただ。」

 

「何故だ。 貴様は、自分の夫を生き返らせたくないのか。」

「おらと悟飯のそばでゆっくり休ませたいから、って みんなには言っただよ。

だども、本当の理由は・・・。」

一度黙ってしまった後で、意を決したように口を開いた。

「おらは、悟空さに天国にいてほしいだ。

 赤ん坊が一人ぼっちじゃ、かわいそうだからな。」

 

「赤ん坊?」 聞き返されて、彼女は答える。

「そう・・。 悟飯の弟か妹、悟空さとおらの、二人目の子だ。」

 

ベジータは目の前の女の・・ 宿敵の妻の顔をじっと見つめる。

「せっかく残していってくれたのに、育たなかっただよ。

 もしかしたら、悟空さが寂しがって連れて行っちまったのかも しれねえけどな。」

 

黙ったままの男に向かって、チチは続ける。

「だから、 生きてるんなら、あんたにはブルマさと赤ん坊のそばにいてやってほしいだ。

悟空さも、きっとそう言うに違いねえ。 だって・・ 」

涙をぬぐって、付け加える。

「ブルマさは、悟空さの姉さんみたいなもんだからな。

ブルマさが悟空さを、外の世界に連れ出してくれたんだ・・・。」

 

結局 何も言わずに、ベジータは飛び去って行った。

だが その方角は、ブルマたちのいる病院のある方だった。

 

戻ってきた悟飯に、笑顔を見せてチチは言った。

「ブルマさとベジータ、意外とお似合いだな。

 ブルマさは甲斐性があるから、修行修行で働かねえベジータにはピッタリだ。」

 

「僕は修行もするけど、勉強も頑張って 将来はちゃんとお仕事するよ。」

「悟飯は いい子だな。」

まだ小さいけれど、すっかりたくましくなった肩を抱きしめる。

「そうだな。 そして、きれいで優しいお嫁さんをもらって、かわいい赤ん坊が生まれて・・・ 」

「お母さんったら。 僕 まだそんなの、わかんないよ。」

笑いながら、母と息子は手をつなぐ。

 

いつの間にか、夕方になっていた。

夕焼けが 辺りの風景を、家路につく人々の姿を赤く染めている。

 

明日という日は、平和だった今日の続き。

 

誰もが、そう信じて疑わなかった。

ベジブルをプラスしたのと、このタイトルにしたかったため

365のお題からタイトルをつけました。]