『彼女の秘密』
[ 未来編です。 暗いです・・。 ピッコロ×・・風味もあります。]
人造人間の出現から、半年余りが過ぎた。
数えきれないほど たくさんの人々が殺され、都は ほぼ壊滅状態に陥った。
わたしはといえば、半壊になったC.C.の地下に密かに存在するシェルターで
ひっそりと毎日を過ごしていた。
まだ乳飲み子のトランクスと一緒に、
敵を追って すぐにどこかへ行ってしまうベジータの帰りを待ちわびながら。
その日 わたしは、眠るトランクスと一緒に いつの間にか うたた寝してしまっていた。
シェルターの、重い扉を開く音が聞こえる。 「ベジータ・・? 帰って来たの?」
目を覚ましたわたしは驚いた。
視線の先に立っていたのは、なんとピッコロだった。
そして・・ 彼の口から わたしは、信じがたい事実を聞かされた。
チチさんが、亡くなったというのだ。
孫くんが あんなことになって以来 体調を崩し、寝たり起きたりを繰り返していたらしい。
トランクスの出産祝いを届けに産院まで足を運んでくれた、
あれが最後に目にした元気な姿となってしまった。
人造人間の攻撃による死ではないこと、
殺風景な病室ではなく 住み慣れた我が家で息を引き取ったことが、せめてもの救いだった。
孫家。
わたしの姿を見ると、悟飯くんは頭を下げて こう言った。
「ブルマさん・・・ トランクスも。 この危険な時に、わざわざありがとうございます。」
「そんなこと言わないでよ・・。 ピッコロが連れてきてくれたから平気よ。 それに、」
一旦言葉を切った後、ピッコロの腕にトランクスを押し付ける。
幸いにも、トランクスは泣きださない。
悟飯くんの肩を抱いて、わたしは言った。
「泣いていいのよ。 ううん、ちゃんと泣かなきゃダメ。」 「・・・。」
「大好きだった人は、たくさん泣いて送ってあげなきゃダメなのよ。」
孫くんが亡くなった時、悟飯くんは 必死に涙をこらえているように見えた。
声を出さずに、時々うつむいて目元を拭いながら ずっと、チチさんの背中をさすってあげていた・・・。
嗚咽が聞こえる。
わたしの一言で 悟飯くんは、ようやく声をあげて泣いた。
それは海に囲まれた小さな島で 初めて会った時の、本当に幼かった彼を思い出させた。
「眠ったわ。」 子供部屋の扉を閉めて、わたしは食堂兼居間である部屋に戻った。
「わたし、子守唄なんか歌っちゃったのよ・・ あら、こっちも。」
ピッコロに任せきりだったトランクスが、床の上に寝かされている。
一応 布をかけてくれていたから、短くお礼を言う。 「どうもありがと。」
だけど これ、テーブルクロスじゃないかしら。 まぁ、いいけどね。
「お湯沸かそうっと。 ねえ、お茶くらいなら飲めるんでしょ?」
何も答えない。 それが肯定のしるしなのは、ベジータと同じだ。
やかんを火にかけた後、台所を見まわす。
保存食に たくさんの食器、調理に使う道具類。 きちんと整頓され、よく磨きこまれている。
体の具合が悪くても、死の直前まで ここが彼女の城であったことがわかる。
「わたしだってね、お茶くらいは淹れられるのよ。」
湯呑を置きながら、わざと明るく話しかける。 答えない男に そうすることは、慣れていた。
テーブルを挟んで、向き合う形になる。
「ねえ。」 湯呑に口をつけているピッコロに向かって、わたしは尋ねてみる。
「チチさんって、幸せだったのかしら。 どう思う?」
同じような質問を、もしもベジータにしていたら。 あいつはきっと、こんなふうに言うだろう。
『知るか。 俺に聞くな。』
けれど 目の前にいる男は、黙ったままで何も答えようとしない。
「わたしね、 こう思うのよ。」 だから、一方的に話し続ける。
「チチさんは本当に普通の、家庭的な女の人よね。
何ていうか もっと・・ 平凡な男の人の奥さんになってたら、って・・。」
今か今かと帰りを待って、戻ってきた途端 またしても
手の届かない場所へ旅立ってしまった孫くん。
その大きな悲しみが、彼女の命を縮めたのだろうか。
チチさんが孫くんと一緒になったことは、間違いだったのだろうか。
「わたしが孫くんと出会っていなければ・・ あの時、連れ出したりしなければ・・ 」
二人は出会っていなかった。 わたしは両手で、顔を覆った。
その時、ピッコロが口を開いた。 「忘れているようだな、 貴様は。」
「え・・?」 「孫の奴に止められなければ、このオレが地球を滅ぼしていたってことだ。」
ああ、 そうだったのよね。 この男は かつて、大魔王と呼ばれる恐ろしい存在だった。
本当に、すっかり忘れてしまっていた。
あまりにも、いろいろなことがありすぎたせいだろうか。
「貴様が奴を連れ出していなければ・・、」
その先は口にせず、子供部屋の扉と、眠っているトランクスに視線を向ける。
彼は こう続けた。「ベジータは まだ、フリーザの下でこき使われていただろうな。」
その一言で、思わず泣き笑いになってしまう。
わたしは椅子から立ち上がり、ピッコロの傍らに 寄り添うように立ってみる。
「なんだ。」 「なぐさめてくれたんでしょ? あんた、いい奴ね。」
両肩に手を置いて、頬にそっと唇を寄せる。 その感触は、地球人と かわらないように思えた。
反対側の頬にも、同じことをする。 「やめろ。 調子にのるな。」
「何よ。 少しは喜んだらどう。 キスされたことなんて、無いんでしょ?」
「・・・。」 あら。 「あるの? 誰に?」 答えない。 だけど、否定もしない。
「悟飯くん? もしかしたら孫くんかしら。」 「・・なんで男ばかりなんだ。」
「違うの? ・・女の人?」 それって・・・。
さっきから気づいてはいたのだ。
チチさんのお城である この家に、彼がとても馴染んでいるということに。
そう。 そうだったのね。
チチさんは、決して不幸せではなかったのね。
孫くんとの日々は短かったけれど、悟飯くんという いい子に恵まれて、 そして・・・。
座ったままのピッコロに、わたしは もう一度だけ短いキスを贈った。
やはり わたしたちと何もかわらない その個所は、彼女の唇を知っているのだろうか。
わたしはつぶやいた。 「死なないでね、ピッコロ。」
「ドラゴンボールが消えちまうから、か?」 「それだけじゃないわよ・・。」
気づいてないはずないわよね。
ドラゴンボールは もう、七個揃うことはない。
この半年、思うように動けない中、わたしは何度もドラゴンボールを探そうとした。
でも・・ レーダーがもう、反応を示さないのだ。
以前 願いを唱えた後、地球のあちこちに散っていったドラゴンボール。
着地した場所は何も、人里離れた場所ばかりとは限らない。
大都会の、ビルの谷間だったかもしれない。
拾われて、誰かの家に飾られていたかもしれない。
そして そこはもう、人造人間の手で灰にされてしまったかもしれないのだ。
肌身離さず身につけていた カプセルを取り出す。
この中にはドラゴンレーダーと、ようやく集めた数個のボールが入っている。
「四星球は、孫くんのお墓に供えていくわ。 他のは・・ お守りにしようかしら。」
出会った頃の孫くんみたいに。 ドラゴンボールの使い方って、本当は そうなのかもしれないわね。
カプセルの中のドラゴンボールが 跡形もなく消えてしまったのは、それから少し後のことだった。
孫家のお墓に供えてあげた四星球も、同じことになったのだろう。
わたしは涙を拭った。
二度と使うことのないドラゴンレーダーを見つめて、唇に指先でそっと触れながら。