251.『七葉のクローバー』

[ 『C.C.の秘密』 『それがどうした』から続く、晩年ベジータと孫たちのお話です。]

朝。  いつものように彼女はC.C.へ向かう。

 

都随一の科学施設でもあったその邸宅には 祖父と叔母夫婦、

そして男ばかりの5人のいとこが住んでいる。

彼女が毎朝そこに顔を出すのは 同じ学校へ通ういとこと一緒に登校するためと、

もう あと二つの理由があった。

 

学校の友達からはよく、同い年のいとことの仲を疑われる。

けれど彼女が想いを寄せているのは5人兄弟の長男、一番年上のいとこだった。

実は内緒で付き合っている彼と、密かに視線を合わせることが楽しかった。

同年代の5人のいとこたち。 兄妹のように育ち、皆と仲が良かった。

その中で何故、迷うことなく彼に特別な想いを抱いたのかは 自分でもよくわからない。

ただ 彼は5人の中で、祖父に一番よく似ていた。

 

祖父はなんと、宇宙からやってきた侵略者だったという。

とにかく無愛想で、母方の祖父のように優しい言葉をかけてくれるわけでもない。

それでも彼女は、この祖父が大好きだった。

 

食堂で、まるで争うように朝食を口に詰め込む いとこたち。

彼らに声をかけた後は 居間に向かう。 これも彼女の日課だった。

いとこたちが食堂にいる。 

それはつまり、重力室での朝のトレーニングは終了したことを意味していた。

騒がしい孫たちと同席することを避けて、祖父はいつも時間をずらして朝食を摂る。

彼らが学校に出かけていくまで、新聞に目を通すなどして時間をつぶしているのだ。

 

「おじいちゃん、 おはよう。」 

孫娘からの朝の挨拶に、返事をせずにソファから立ち上がる。

愛想のかけらもないその態度は、別段珍しいことではない。

だが、どうも いつもと様子が違っていた。

そのことにいち早く彼女が気付いた時・・・ 祖父は床に倒れ込んだ。

「おじいちゃん!!」

 

父の意向により、祖父やいとこたちと重力室で特訓したことはなかった。

しかし、武術にたけた母との鍛錬は欠かしたことがない。

小柄な祖父を抱き起こすなど、彼女にとっては造作もないことだ。

 

「しっかりして・・。」 閉じられていたまぶたが開いた。 

黒い瞳に見つめられ、心の底から彼女は安堵する。

しかし、その後に交わした言葉が最後の会話となった。

 

遠い星で生を受けた戦闘民族の王子。 

一人の女を愛して 地球に留まったその男は、孫娘の腕の中で静かに息を引き取った。

それは、よく晴れた朝のことだった。

 

 

葬儀は身内だけで執り行われた。

戦友と呼ぶべき 数少ない知人のほとんどは、既に鬼籍に入っていた。

 

遺体はもちろん、祖母が眠る墓に納められた。 

祖母が愛したという花々に囲まれた墓の前で、彼女の叔母が膝まづいてつぶやく。

「宇宙に帰してあげた方がいいのかしら、とも思ったの。

だけど、魂は別の場所に行かなきゃならないのなら、せめて 一緒に・・

 

最後は言葉にならなかった。

 

 

C.C.に戻った後、彼女の父は その場にいる皆に向けて言った。

「理想の去り方ではなかったんだろうけど・・。 とにかく衰えた姿はほとんど見せずに逝けたんだ。」

一旦、言葉を切る。 目がしらを押さえるために。

「トレーニングだって、普段通りだったんだろ?」 

いとこたちが うなずいた。

「父さんらしくて、まぁ よかったんじゃないか。 可愛がってた孫娘に看取られて、さ。」

 

その言葉を聞いた叔母は、彼女に尋ねた。 

「・・・ちゃん、 パパは最後に何か言ってた?」

パパ。 いくつになっても叔母は、父親のことをそう呼んでいた。 

少しだけ迷って、けれども彼女は答えた。

「ブルマ、って言ったわ。 わたしの目を見て・・・。」

 

髪は黒く、一見 母親似である彼女。 

だがその瞳、目だけは、間違いなく祖母から受け継いだものだった。

「何か言ってあげなきゃ、って思ったの。

おばあちゃんならきっと、愛してる って言うと思ったんだけど・・」

皆が彼女の、次の言葉を待つ。 

「わたしが言うのは、ちょっと違うかな って・・。」

 

一番年上のいとこ、彼女の恋人が問いかける。 「何て言ってあげたんだ?」

皆の顔を見回し、ゆっくりと彼女は答えた。 

「また、会いましょうね、って言ったの。」

 

すすり泣く声が その場を包む。 彼女の大きな青い瞳からも、涙があふれていた。

 

 

それから数日後。 C.C. に来ていた彼女は、ある部屋を訪れた。 

そこは、祖父母が使っていた寝室だ。

子供は絶対立ち入り禁止と言われていた その部屋。

10年程前、C.C.に泊まった夜に 祖父にせがんで入れてもらった。

 

ドアのロックを解除する際のパスワードを、妻の名から孫娘の・・ 彼女の名に変えた後、

祖父はこう言っていた。

『手に負えないことが起きて、トランクスやブラが何かを探していたら、ここにあると教えてやれ。』

 

寝室の中、 祖母が愛用していたドレッサーの引き出しの奥深くに それは隠されていた。

 

手に負えないこととは少し違うけど・・・ 使わせてもらうわね。

彼女はそれを、ドラゴンレーダーを しっかりと掴んだ。

 

彼女のいとこ、そして恋人である彼が玄関で待っていた。 

「さ、 行こうぜ。 早い方がいいだろ。」

そう。 彼女はドラゴンボールを探そうとしていた。

生まれ変わった祖父母が、再び出会えるようにと 神龍に願うつもりで。

 

「二人なら あっという間に見つけられるさ。」 彼女を促して、飛び立とうとした その時。

「抜け駆けすんなよ。」 

他のいとこたち・・ 彼の弟たちが現れた。 口々に不満を訴える。

「ずるいよ、二人だけでさ。」 

「そうだよ。 おれたちだって神龍をこの目で見てみたいんだ。」

 

彼女と彼は苦笑いし、結局 皆で行くことになった。 

その中の誰か一人が、こんなことを言いだした。 空の上で。

「おれたち兄弟5人と、・・・で合わせて6人か。 もう一人いればいいのにな。」  

「どうして?」 

彼女の問いに、別の誰かが答える。 

「7人なら、ドラゴンボールの数とおんなじだろ。」  

 

「ああ! そういうことね。 それなら、喜んで。あのね・・」 

いとこたちに向かって彼女は告げる。 満面の笑顔で。

「来年には そうなるわよ。 昨夜聞いちゃったの。 あのね、うちのママね・・・

 

間もなく、割れんばかりの歓声が響き渡る。 

彼女の澄んだ瞳と、同じ色の空に。