199.『それがどうした』
[ ベジータの最晩年のお話です。 『C.C.の秘密』 の10年後になります。 ]
C.C.
、午後。
居間のソファに
ブラが腰かけている。
「どうかしたのか。」 考え込んでいるような顔の娘に向かって、彼は声をかけた。
若くして母となったブラも、一番上の息子が成人し
それなりの年になった。
だが年齢不詳の美しさを誇った母親と、青年期がひどく長かった父親との間に生まれた彼女は
20代にしか見えない。
彼女の父である彼・・・ ベジータもまた、外見はせいぜい50代といったところだ。
年齢だけでいえば、ひ孫がいてもおかしくないくらいなのだが。
ひ孫。 ブラの悩みはまさにそれだった。
「わたしね、この間
見ちゃったの。」 「何をだ。」
「・・・と、・・・ちゃんがキスしてるところ。」
長男と、トランクスとパンの一人娘の名前を口にする。
「それだけじゃ何とも言えないわ。 だけどその夜にね、・・・が
わたしに こう言ってきたの。」
自分たちはまだ若いけれど、決していい加減な気持ちではない。
何年かして、お互いの気持ちが変わらなければ
一緒になりたい。
もちろん、自立に向けて勉強の方も
うんとがんばるつもりだ・・・。
「ふん。 20年前のおまえと同じだろうが。」
確かに。
あの頃
悟天は、本当の恋人になりたいとせがむ自分を 同じような言葉でなだめたものだ。
けれども、大きな違いがあった。 「あの子たちは
いとこ同士よ。」
それも、ただのいとこではない。
「血が、近すぎるの・・・。」 悟天とパンも、叔父と姪の間柄なのだ。
「サイヤ人はそんなこと
気にしない? 王族にはよくあること?」
何かを言いかけた父親に訴えかける。
「だけど、ここは地球だわ。」
やや
取り乱している娘に向かって、静かな声でベジータは言った。
「なら、断固として認めるな。 二人を引き離せ。」
「そんな・・・。」
武術にたけている二人は当然
気を読めたし、空を飛べる。
地球の上での距離など、たいした問題ではないだろう。
「そんなこと、できないわ。」 それなのに、ブラの大きな瞳からは涙があふれ出していた。
「・・・は去年、お兄ちゃんが卒業した大学に入ったでしょう?
ずいぶん頑張ったのよ、あんなに勉強嫌いだったのに。 お兄ちゃんに、認められたいんだわ。」
濡れた頬をぬぐおうともせず、話し続ける。
「C.C.社に入社するつもりでいるのよ。 一人っ子の・・・ちゃんを、支えてあげたいんだと思うの・・。」
ソファから立ち上がり、娘の前にティッシュの箱を置いてやりながら
ベジータはつぶやく。
「一人っ子になるかどうかは、まだわからんだろう。
ブルマがおまえを産んだのは、今のパンよりも年上だったはずだ。」
父の口から、亡くなった母の名前が出たのは久しぶりだ。 ブラは泣き笑いの表情になった。
「ママがいたら、いったい何て言ったかしら。」 「・・おまえには何と言ったんだ。」
そうだ。 交際と妊娠の報告、そして結婚の承諾が同時になってしまったあの日、
母は自分にこう言った。
「わたしは、反対しないわよ、って・・。」
異星人で侵略者だった男を愛して引き留め、いつの間にか家族にしてしまった母。
あの母ならば、やはり
そんなふうに言ってくれただろうか。
「ママがいてくれたらな。」
母が亡くなってから今日まで、ブラは何度
この言葉を思い浮かべたことだろう。
けれど、父の前で口にしたのは初めてだった。
「お兄ちゃんが知ったら、大変だろうな。」
見た目はやはり
あまり変わっていないが、トランクスは年を重ねるごとに気難しくなっていた。
「昔のパパより手ごわいわよ、きっと。」
やっぱり、ママがいてくれたらな・・。
ブラの心はもう、決まっているようだ。
「元気で長生きしてよね、パパ。」 「味方を増やしたいからか?」
「そうね。
それにパパは、うちの子たちみんなの師匠だもの。 ずっと見守ってやってよ。」
娘の言葉で、ほんの少しだけ彼は笑った。
この話を聞いた父が
まったく驚いていなかったことにブラが気付いたのは、
それから数日経った後だった。
ブラとのやりとりの何日か前、ベジータは孫娘に打ち明けられた。
「おじいちゃん、わたしね、
・・・が好きなの。」
告げた名前は彼女の従兄、ブラと悟天の長男の名だ。
真剣な顔で彼女は続ける。
「・・・も、わたしのこと大切にしてくれるわ。 あと何年かしたら、わたしたち結婚するの。」
彼は孫娘に尋ねる。 「なぜ俺に話すんだ? 味方になってくれると思ったか?」
「なんとなく・・ ううん、違うわ。」 彼女は首を横に振った。
「おじいちゃんは、おしゃべりじゃないから。」
思わず苦笑いしてしまう。
だが、周囲に祝福されないであろうことを、彼女はわかっているのだ。
平和な時代に生を受け、幼稚園や学校に通った。
地球人の子供とほとんど変わらぬ暮らしの中で、出会いはいくらでもあったはずだ。
それでも・・
まるで
自分の中に眠る血が呼び合ったかのように結ばれた両親と同じ道を、彼女も辿ろうとしていた。
「おじいちゃんは生まれ変わっても絶対、おばあちゃんと結婚するでしょう?」
青い瞳にじっと見つめられ、仕方なしに彼は答える。
「あれから
もう、ずいぶん経つからな。あいつはとっくに生まれ変わっているだろう。」
今頃
どこかの男とよろしくやっているかもしれんな。
付け加えた軽口に、彼女は本気で怒りだす。
「そんなことないわよ。」
深く呼吸をしてから続ける。
「絶対にないわ。 神様だって閻魔さまだって、ちゃんと考えてくれてるわ。
地球でのおじいちゃんを知ってる人は、みんなそう思ってる。」
涙ぐむ孫娘の顔から目をそらして、彼は言った。
「まあ、うまく他人に生まれ変われるかどうかはわからんがな。」
「え・・?」 「親子やきょうだいになっちまったら、一緒にはなれん。」
「そんな・・。 ひどいわ、そんなの・・。」
両手で顔を覆って泣きじゃくる。
溜息をつき、ティッシュの箱を傍らに置いてやりながら
ベジータは言った。
「おまえと
・・・は、親子でも兄妹でもないだろう。」
「うん、
そうよね。」 涙を拭い、祖父に向かって笑顔を見せる。
「小さくてもいいから、式はちゃんと挙げたいな。
バージンロードは、おじいちゃんと一緒に歩こうかしら。」
孫娘の一言に、ベジータは苦笑する。
「そんなことを言うな。
トランクス・・おまえの父さんが泣くぞ。」
「パパはわたしのことなんか。 ママさえいれば、それでいいのよ。」
まるで時間が巻き戻ったかに思える言葉。
10代の頃の娘に、何度同じ言葉を投げつけられたことだろう。
「なんてね、
嘘よ。 愛情の種類が、違うのよね。」
孫娘の、迷いのない笑顔。
それは恋を知ったブラを、そして自分と結ばれてからのブルマを思い出させた。
「もしも悲しいことが起きたとしても、
・・・が一緒なら平気。」
自分たちの仲が反対される理由はわかっている。 それでも彼女は祖父に言った。
「わたしたちの子供も、重力室で鍛えてやってね。」
「・・その時まで、生きていればな。」 「じゃあ、なるべく急いで子供を産まなきゃ。」
「やっぱりトランクスが泣くぞ。」
声をあげて、二人は笑う。
彼の孫娘。
つややかな黒い髪と
ほどよく鍛えた肢体はパンを、そして その母や祖母を思わせる。
だが
長い睫毛に縁取られ青い瞳は、ブルマから譲られたものだった。
それに・・
彼女の恋人だという
悟天とブラの一番上の息子は、5人いる男の孫の中で彼に最もよく似ていた。
彼らが想いを遂げたのかどうかを、ベジータは知らない。
彼がその生涯を終えたのは、それから数日後の、おだやかで平和な朝のことだった。