337.『C.C.の秘密』

[ ベジータと孫娘の語らいです。家族観などに引っかかりを感じるかもしれませんが、

あくまでも筆者好みということで ご理解ください。]

夜、 C.C.。  普段は、家族のくつろぎの場である居間。 

けれど 今 そこでは、ひと組の夫婦が深刻な表情で向かい合っている。

だが、言い争っているわけではない。 

他人からの 心ない言葉に傷ついた妻を、夫がどうにかして励まそうとしているのだ。

ようやく妻に笑顔が戻るかに見えた、その時。 

夫がうっかり発した一言によって、その場の空気が再び固まった。

 

「いや、その・・ 悪い意味にとらないでくれよ。」  夫があわてる。

「家族みんなを大切に思ってるけど、特に、ってことだよ。」

「わかってるわ。」  うなずきながら妻は答える。

「わたしたちには、・・・がいてくれるんだものね。」

 

今 名前を呼ばれた、彼らの一人娘である少女。

小さな彼女は気を消して、物陰から両親の様子をじっと窺っていた。

その場に居合わせたベジータは、孫である少女に声をかける。

「自分の部屋に戻って寝ろ。」

そして、小さく付け加えた。 「おまえが心配する事じゃない。」

 

そう。 居間にいた夫婦は、トランクスとパンだ。 

彼らは、一人娘とともに近くのマンションで暮らしている。

しかし旅行に出かけた悟天とブラ夫婦に代わって、

パンが甥っ子たちと義父の食事の支度を引き受けた。

そのため、仕事を終えたトランクスも 実家であるC.C.の方に帰宅したのだ。

 

「おじいちゃん、 わたしね・・ 」 長い廊下を歩きながら、少女は祖父に声をかける。

「おじいちゃんとおばあちゃんのお部屋に入ってみたいの。」

 

足を止めたベジータを、大きな青い瞳が見上げる。

 「この間、みんなでかくれんぼした時にね、ドアの前まで行ったの。」

「・・ロックしてあるはずだ。」  「うん。 だけど、・・・くんが、 」 

孫たちの一人、悟天とブラの上の息子の名前を告げる。

「パスワードはきっと、おばあちゃんの名前だって言って・・ 」

ベジータは、孫娘の顔をじっと見つめる。

「でもね、その時ブラちゃんが来て、わたしたちのことすっごく怒ったの。

ここは子供は入っちゃいけない部屋だって。」

 

思わず笑ってしまいながらベジータは言った。

「ブラは、おまえにとっては 叔母さんだろう。」  「そう呼んだら、やっぱりすごく怒るわ。」

 

孫娘の小さな頭にそっと手をおいて、ベジータは言った。 「パスワードを変えなきゃならんな。」

そして歩き出すと、こう つぶやいた。

「ついて来たいなら、来い。」

 

その部屋のドアの前にベジータが最後に立ったのは、いつのことだっただろうか。

ロックを解除するために、彼は一文字ずつ打ち込んでいく。 愛した女の名前を。

祖父の指先を、少女はじっと見つめていた。

 

ドアを開いて、部屋の中に足を踏み入れる。

おそらく何度も風を通し、清掃もしてあるはずなのに その部屋はまだ、ブルマの匂いに包まれていた。

肌や髪を整えていたドレッサー、 そして彼女を抱いて眠ったベッド・・・。

 

孫娘は、大きなベッドに驚いたようだ。 だが勝手に上がったりはしない。

そのかわり、サイドテーブルに飾られている写真に興味を示した。

「この写真、初めて見るわ・・。」 

居間にも、たくさんの写真が飾られている。 だから、孫たちもブルマの顔は知っている。

寝室にある その写真は、ベジータが地球に来て まだ日が浅かった頃、

知らない間に撮られたものだ。

「おじいちゃん、もっと笑えばいいのに。」 

ベジータは苦笑いする。 その写真を手に取るたびに、ブルマも同じことを口にしていた。

「おばあちゃん、かわいい・・。ブラちゃんにそっくりね。」

そうだ。考えてみれば、今のブラと あまり変わらない年の頃だ。

ブルマと自分が、結ばれたのは。

 

「でも、パパはね、おばあちゃんの写真を見ると ママに似てる、って言うのよ。」

「トランクスには・・おまえの父さんにはそう思えるんだろう。」

 

トランクスとパンの、居間でのやりとり。 

聞くつもりはなかったが、息子が発した一言で、つい足を止めてしまった。

 

『頑健なサイヤ人が少数民族なのは、なんでだと思う?  多産じゃないからだよ。』

ぽつりぽつりと言葉を返す妻に向って、トランクスは必死に言葉を尽くす。

『悟天とブラが珍しいんだよ。 パンもそうだし、おれだって長いこと一人っ子だったんだ。』

パンは、結婚後数年たっても 一人しか子供に恵まれないことを気に病んでいるらしかった。

 

C.C.社の後継ぎなら、おれは必ずしも血縁にこだわってないよ。 

母さんだって、おじいちゃんだって そう言うにきまってるさ。』

パンが笑顔をつくろうとした、その時。 トランクスがこんな言葉を口にした。

 

『おれは、パンさえいてくれるなら それでいいんだ。』  ・・・

 

 

「おじいちゃん。」  声をかけられ、ベジータは はっと我に返る。

左の頬に、小さくやわらかな唇が触れた。

「パパがつらそうな時、ママはいつもこうしてるのよ。」

孫娘が、肩のあたりで切りそろえられた黒い髪を揺らしている。 

サラサラと揺れる髪質は、サイヤ人のものではない。

 

「でもね、ママが悲しそうな時は、わたしがこうしてあげてるの。」  

「そうか。」 短く答える祖父に、少女は尋ねた。

「おばあちゃんは、病気で死んじゃったの?」  「ああ。」

「鍛えてたら病気なんかしないって、ママやブラちゃんがいつも言ってるのに・・。」

「そういう病気じゃない。 それに・・ 」  少しだけ笑いながらベジータは続ける。

「普通の女だったからな。おまえのおばあちゃんは。」

「尻尾が生えてなかった?」  「そうだ。」

 

少女は青い、大きな瞳を一層見開いて祖父のことを見つめている。 

髪は黒く、一見ブルマにはあまり似ていない。

だが その瞳、 目だけは・・・。

 

「だけど天国に行けば会えるわ。 おばあちゃんはきっと、おじいちゃんのことを待ってるはずよ。」

言葉に詰まりながら、ベジータはようやく答えた。 

「俺は、その場所へは行けないんだ。」

「どうして?」  「悪いことをたくさんしたから、だろうな。」  

ふぅん・・・ つぶやいた後で少女は言った。 あの日のブルマと、同じ一言を。

「悪いことしちゃダメよ。」

 

子供を、孫を持つということ。 

それは自分の血を残すというだけではなく、

かつての自分、そして愛した女にもう一度会うことなのかもしれない。

 

「さ、もう遅い。 自分の部屋に戻って寝ろ。」  「はい。」

素直にうなずく孫娘ととともに、ベジータは再び その部屋の扉を閉める。

「いたずら坊主どもに開けられないように、パスワードを変えないといかんな。」

文字を打ち込む指先を見つめていた少女は、あっ、と声をあげた。 「わたしの名前ね?」

それには答えずにベジータは言った。 「知っているのは、おまえだけだ。」

 

「わたしね、自分の名前 大好きなの。 おじいちゃんがつけてくれたんでしょ?」  

「いや、違う。」 ベジータは首を横に振る。

「おまえのおばあちゃんが、考えていた名前だ。」  「そうなの・・。」

 

その名前は、ブルマが娘につけるつもりで考えていたものだ。 

だが結局 娘には自分の母親が亡くなる時に言い残したブラという名をつけた。

生まれたばかりの娘を腕に抱いて、ブルマはこう言っていた。

『気に入ってたから、ちょっと勿体なかったわ。

だけど、もし女の子の孫が生まれたら つければいいわね。』

トランクスだって、その頃はまだ少年だった。 少しあきれてベジータは言った。 

『気の早いやつだ。』

 

けれど ブルマは結局、孫の顔を見ることはできなかったのだ。

 

祖父に向かって少女は告げる。

「わたし、ママと一緒にうんと体を鍛えるつもり。 敵は倒せなくても、戦えない人たちを守れるように。」

そして 続ける。「それに、勉強もがんばる。」  C.C.社を継ぐために・・ 

そう言うのだろうと思った。 しかし、違っていた。

「重力室が壊れた時には、わたしが直してあげるわね。」

 

その時 少女が見せた笑顔。 それはかつて愛した・・

そして今も愛している女のそれにとてもよく似ている。

おそらく二度と入ることのない部屋を後にしながら、ベジータは思っていた。