『ベッドで待つクリスマス』

‘10のクリスマスSS第二段です・・・。トラとパンの婚約時代です。

First Love』と、併せて読んでいただけましたら うれしいです。]

この日を ゆったりと過ごすために、死にもの狂いで頑張ってきた。

残念ながら休みはとれなかったけれど、いつもよりも ずいぶん早くに解放された。

 

おれたちの新居となるマンション。

生まれ育った家であるC.C.を出たおれは、一足早く そこに住み始めているわけなんだけど・・

その玄関の、ドアの前に立つ。

気でわかる。 パンは もう、来ている。

音を立てないよう 注意しながらロックを解除し、気配を消して 中に入る。

チャイムは わざと、鳴らさなかった。

 

ドアにはリースが、そして部屋の隅には いつの間にか、クリスマスツリーが飾られている。

子供の頃を思い出し、何だか とっても、幸せな気分になる。

 

キッチンにいたパンの肩を、後ろから抱きしめる。

「ただいま。」

「きゃっ、 びっくりした。 おかえりなさい、早かったのね。」

「いいにおいだなー。 気を消してても、腹が鳴っちまうから困ったよ。」

「ふふ、 待ってね。 もうちょっとで できるから。」

今日はクリスマスイブだ。

結婚したら毎日使うことになるのだから、新しいキッチンに慣れておきたい。

パンの強い希望により、ディナーは全て、彼女の手作りだ。

 

「あれ?」 「えっ? どうかした?」

「パン、 髪を切ったんだね。」

「ああ、うん。 そうなの。 毛先が傷んでたから・・。 思ってたより 短くなっちゃったんだけど。」

長さにすると、5センチ程だろうか。

「式までには伸びて、ちょうど よくなるわ。」

「うん・・。 そうだね。」

 

そんな会話をしていても、食欲をそそる においは鼻腔をくすぐっている。

オーブンのブザーが鳴り響いて、料理がおいしく出来あがったことを知らせてくれる。

「さあ できた。 トランクス、お手伝いしてくれないんなら 座わって待っててちょうだい。」

なんだか それ、ビーデルさんが言いそうだな。 いや、チチさんか。

「はーい。」  

思わず笑ってしまいながら、おれは返事を返した。

 

 

「あー うまかったー。 全部、すっごく うまかったよ。

 おばあちゃん譲りなのかな、パンの料理の腕前は。」

付け加えた一言に 特に うれしそうな顔をして、パンは プレゼントとおぼしき包みを差し出した。

「えーっ、 なんだよ。 プレゼントの代わりに食事を作ってくれるって言ったんじゃないか。」

それもあったから、レストランの予約はしなかったのだ。

「うん。 でも、残る物もあげたかったの。 ね、開けてみて。」

促され、丁寧に包みを開く。

ネクタイだ。  箱の形で、そうかなって思ってたけど・・

「ありがとう、 うれしいよ。 こういう色、あんまり持ってないんだ。」

 

空き箱と、包み紙に目をやる。

これは ある、ブランドショップの品物だ。

「前にもパンから、ここの物をプレゼントしてもらったね。 ・・・覚えてる?」

「うん・・・。」

ポケットを探り、一枚のハンカチを取り出す。

「会えなかった頃は いつも パンのことを思い出して、こいつで涙を拭いてたよ。」

「嘘ばっかり。」 「本当さ。」

 

そう。  おれたちは、一度 別れている。

このハンカチは その時、パンがおれにくれた物だ。

あの日。 

今にも泣き出しそうな顔をしていたけど、パンは とうとう涙を見せなかった。

みっともなく泣いてしまったのは おれの方だ。

肩を抱き、優しくキスをしてくれて、それでも涙の止まらない おれを見て、

パンはバッグの中から 何かを取り出した。

ブランドショップの小さな包みの中ら出てきた物、 それが このハンカチだ。

 

手を伸ばし、ハンカチで涙を拭ってくれる。

おれは尋ねた。 『どうしたの、 これ。』

『うん、 ちょっと。』 『プレゼント? ・・悟飯さんにかな。』

『・・うん、 そうよ。』 『じゃあ、駄目じゃないか。 汚しちゃ。』

『いいの。』  きっぱりとパンは言った。

『トランクスにあげる。 使って。』

・・・

 

 

「ごめん、 蒸し返すようなこと言って。 

でもさ、あの時の気持ち、忘れないようにしなきゃって思うんだ。

 近頃、特にね。」

黙ってしまったパンに、おれも プレゼントの包みを差し出す。

「はい。 たいした物じゃないけど。」

「えっ、 でも この間、これを もらったばかりなのに。」

パンの左手の薬指には、二人で選んだ指輪が光っている。

婚約指輪だ。 金に糸目はつけないつもりだった。

けど、普段にもつけられるような物を、という 彼女の希望を かなり尊重した。

 

「それとは また別だろ。 開けてみて。」

「うん。 わっ、きれい。 つけてみるわね。」

プレゼントは、髪留めだ。

高価ではないけれど、パンのきれいな黒髪を思い浮かべながら選んだ。

「どう? あっ、やだ、ずれちゃう。」

少しだけど カットして、短くなったためだろう。

「パンの髪は さらっさら だからなあ。」

「もう少し伸びたら ちょうどよくなるわ。 ありがとう。 大事にするわね。」

「うん・・。 じゃあ、 これも受け取ってよ。」

もう一つの包みを差し出す。

「えっ、二つも? なあに?」

パンの手が包みを開く。 デザインは違うけれど、やはり髪飾りだ。

「ずーっと前に買って、捨てられなかった物なんだ。 パンに贈るつもりで・・

 ハンカチをもらったのと、同じ日にね。」

「そうなの・・?」

 

「何がいいんだろう、 あんまり負担にならなくて、 だけど普段身につけてくれそうな物。

 おれなりに、結構 考えたんだよ。でも・・・」

あの日 パンは、長く伸びた髪を切ってしまい、少年のようなスタイルで現れた。

小さかった頃を思わせる、 一緒に天下一武道会に出場した あの頃みたいに、

うんと短くした髪・・。

あー、 なんだか おれ、トラウマになっちゃってるのかな。

この先 パンが髪形を変えるたびに、無駄にビクビクしちまいそうだ。

そんな気持ちを知ってるみたいに パンは言った。

「どっちも大切に使うわ。 結婚式が済んだ後も、髪は しばらく長めにしておくわね。」

髪飾りを、両手に一つずつ持って。

 

 

「さ、食事も終えたし プレゼントも交換した。 そろそろ 行こうか。」

「? どこへ?」

「決まってるだろ、 あっちだよ。」

トランクスが指さした方向は・・  ベッドルームのある方だ。

「・・・。 まだダメよ。 食器を片づけなきゃ。」

「わかった。 おれも手伝うよ。」

トランクスは そう言うと、流しに置いたままだった グラスや たくさんのお皿を、

かたっぱしから食洗機に突っ込み始めた。

「ダメじゃない、下洗いしなきゃ! 故障しちゃうわよ!」

「しないよ。 自浄の機能がついてるからね。 製造元の社長が言うんだから間違いないよ。

 さあ 終わった!」

 

強い力で引き寄せられる。

こうなってしまうと もう、拒むのは難しい。

「シャワー、浴びなきゃ・・。」

「いいよ。 後で、一緒にね。」

強引なトランクス。 無駄だとわかっているけれど、せめてもの抵抗を試みる。

「わたし 今日、パジャマを持ってくるの忘れちゃったの。 だから・・

「いらないだろ。 着る暇なんてないよ。」

えーっ・・・  「着るもん・・・。」

「じゃ、 おれのを着なよ。 おれは着ないから。」

「もう! バカ!」

 

そんなことを言い合って笑っていた、まさに その時。

電話が鳴った。

ディスプレイに表示された番号を見て、トランクスがうなだれる。

「くそー・・・ 携帯は ちゃんと切っといたのに・・。」

会社からの呼び出しらしい。

「ぬかったなあ。 コードを外しておくんだった・・。」

「ダメよ、早く出なきゃ。 ほら。」  受話器を取って、手渡す。

 

通話を終えたトランクスは、頭を両手で掻きむしるようにしながら、

次々と文句を口にした。

「あーっ、畜生、何だって こんな日に! 

くそっ、あの野郎・・ 忘れないからな。 どっか未開の地にでも とばしてやる・・。」

「もう、何言ってるのよ。 あ、ちょうど よかったわ。 これ、して行ってね。」

ワイシャツに着替えさせ、新しいネクタイを結んであげる。

「うん、 似合うわ。 ステキよ。」

その一言で、トランクスは観念したようだ。

 

「帰ってきたら 電話をはずすよ。 この家には電話は置かないことにする・・。」

「いいわよ。 好きにして。」

「パン・・、

「わかってる。 ちゃんと待ってるわ。 お仕事、頑張ってね。」

「うん。 先に寝ててよ。 パジャマは おれのを着て。

 用が済んだら、飛んで帰ってくるよ。 窓、ロックしないでおいて。」

「はいはい。 行ってらっしゃい。」

ハグとキスを何度も繰り返して、トランクスは ようやく出て行った。

 

テーブルの上に目をやる。 

「あら・・。」

例のハンカチが、置かれたままだった。

実は このハンカチは、パパへのプレゼントではなかった。

わたしもトランクスに何か贈りたくて、

生まれて初めて、ブランドショップという所に足を踏み入れたのだ。

心地よく流れる音楽、香水の香り、転んでしまいそうなくらいに厚い、ふかふかの絨毯。

緊張した わたしは、目についたハンカチを掴み、とにかく包んでもらった。

もう それだけで、精一杯だった。

本当に あの頃は、いろいろなことに自信が持てなかった。

でも、 今は ・・・。

手に取ったハンカチからは、トランクスの匂いがしてくるようだ。

 

ベッドルームの扉を開く。

彼の匂いが、ますます強くなるみたいだ。

引き出しを開けて、言われたとおりにパジャマを借りる。

新しい物もあったけれど、そうではないものを選ぶ。

それを着て、大きなベッドに横たわる。

ブルマさんなら こういう時には、何も着ないで待つんでしょうね。

ブラちゃんも、そうするのかしら。

だけど わたしは この方がいい。

トランクスの匂いに、包み込まれているような気持になれるから・・。

 

起きていようと思ったけれど、やっぱり眠って待とうと思う。

だって、

「帰ってきたら、しばらくは眠れそうにないものね。

 あっ、 いけない。 その前に・・。」

 

わたしは起き上がった。 窓のロックをはずすために。

サンタクロースではなく、愛する人を、部屋に迎え入れるために。