『 First Love 』
めずらしく遅れて部屋にやってきたパンの髪を見て驚いた。
「ずいぶん短くしたんだな・・・。」
まるで子供の頃みたいだ。 そう言いかけてやめる。
化粧なんてしていないのに、彼女の顔はひどく大人びて見えた。
それが自分のせいであることをおれはわかっていた。
「もう、伸びてこないんじゃないか。」 「ブラちゃんにもそう言われたわ。」
思わず、髪に触れていた手を引っ込めた。
「ブラに会ったの? あいつ、やっぱり悟天の部屋にいたんだ。」
パンは大きな瞳をさらに見開く。 「トランクス、知ってたの・・・。」
「前に、車の中に二人でいるところを見たんだ。」
そうだ。あの時、助手席にいたブラは悟天と・・・
「ふん、同じようなことやってるんだな・・・。」
「まだ、恋人じゃないって言ってたわ。」
彼女は一旦、言葉を切る。 「だけど、とっても幸せそうだった。」
「わたしは幸せじゃない、って言いたい?」 彼女は黙る。
「悟天がブラに手を出さないのは、うちの父さんが怖いからだろ。」
「ひどいわ・・・。」
「・・悪かったよ。口がすべった。 で? おれはどうしたらいいの。」
パンは言葉を探しているようだ。 だから、かわりに言ってやる。
「もう、ここへは来たくない?」
口を開きかけた彼女に、さらに言う。 「いいよ。じゃあ、終わりにしよう。」
こんな関係、続かないことはわかっていた。
「最後におれの頼み、聞いてくれる? 二つあるんだけどさ。」
「頼み・・?わたしにできること?」
おれは答えた。 「簡単だよ。服、脱いで。」
「トランクス・・・ 」 「何もしないよ。最後に、パンの体が見たいんだ。」
トランクスの表情を見たわたしは、言うとおりにした。 彼の前に立つ。
「きれいだな。パンは・・。」 「嘘よ・・・。」
武道を長くやっていたわたしの体は、ほかの女の子よりも筋肉質だ。
わたしは、自分の体が好きじゃない。
そんな気持ちを知ってるみたいに、トランクスは言った。
「パンが、小さい頃からがんばってきた証拠だろ。」
わたしは泣きたくなる。 「そんなこと、今まで一度も・・・。」
「言わなかったけど、思ってたよ。 これからは、他の奴が言ってくれるよ。」
もういいよ、と言われて、服を着てからわたしは言った。
「もう一つの頼みって、なに?」
彼は、いつもの言葉を口にした。「おれのこと、好き?」
いつものように、わたしは頷く。
「じゃあ、愛してるって言って。」 「え・・?」
「おれだけを愛してるって、言ってよ。」
「トランクス・・・。」
思わずわたしは、ベッドに腰かけていた彼を抱きしめていた。
「わたし、トランクスが好きだったの。 小さい頃からよ。」
恋と呼ぶには幼すぎた。
だけど今まで、誰かをちゃんと好きになったことがなかったのは、
きっと無意識にトランクスと比べていたせいなんだわ。
だってトランクスほど優しくて、強くて、きれいな男の子なんているはずないもの・・・。
「じゃあ、どうして・・・ 」
「わたし、まだ大人じゃないの。
トランクスの心の中のいろんなものを、受けとめてあげられない・・・。」
「おれの、心の中・・?」 声色が変わる。
「なんで、そんなことがパンにわかるんだよ。」 わたしの顔を見る。
「四分の一だけ、サイヤ人だから?」
「・・うんと小さい頃から、トランクスを見てきたからよ。」
彼の両肩に手を置いて、何度も何度も、額に、頬に唇を寄せた。
「それに・・トランクスのことで頭がいっぱいになって、
他になんにも考えられなくなることがとっても怖いの・・。」
おれは思い出していた。 10年・・いや15年も前のことだ。
おれと悟天は高校生、パンとブラは多分、幼稚園にも行ってない頃。
ブラが何かわがままを言って、おれが叱った。
そんな時、あいつはすぐに悟天のところへ逃げて行く。
「お兄ちゃん、キライ。わたし、悟天の妹になる。」
「ふーん、いいよ。じゃあ おれは、かわりにパンちゃんを連れて帰るから。」
小さなパンは今と同じような短い髪で、
大きな黒い瞳でじっとおれのことを見上げていた。
そして、はにかんだようにほほ笑んだ。
「パンちゃんは、いい子だな・・。」
そう言っておれは、彼女の頭をなでた。 あの頃と同じように。
パンはおれの頬を両手で包んで、唇を重ねてきた。
最初で最後になった、彼女の方からのキスは涙の味がした。
この部屋にいる時、パンは何度も泣きだしそうな顔をしていた。
だけど最後まで決して泣かなかった。
だからこれは、彼女の涙じゃない。
「パンは、自分が思ってるほど子供じゃないよ。」
彼女を見送りながら、おれは言った。
そして、一人になった部屋でおれはようやく気が付いた。
おれの方も「愛してる」と一度も言ってやらなかったことに。