『名もなき恋』
[ パラレルながら筆者が初めて書いた飯ビSSでした。
『Lovers Kiss』で触れたパンの両親についての物語です。]
地球のドラゴンボールは、見つからなかった。
ここはナメック星という星のようにのっぺりとした地形ではないし、
邪魔っけな住民もかなり多かった。
作戦ミス・・・というよりも、
隊長であるナッパという人が
おれたちに ちゃんと目的を伝えなかったせいだ。
他のみんなが黙ってるから、おれが
そう言ってやった。
まぁ、ここでこうしてるわけだから
殺されはしなかったんだけど、ずいぶんひどく殴られた。
完全に八つ当たりだ。
あの人は、ドラゴンボールを下級戦士に横取りされることを恐れたのだろうか。
もしかすると、密かに自分の物にしようと企んでいたのかもしれない。
どっちにしても、責任を問われるだろう。
いい気味だ。
そんなことを考えながら、宇宙ポッドに戻って扉を開けた。
中を確かめずに
体をすべりこませる。
・・おれのミスだ。 中には、人間がいた。
「侵略者め。 よくも、地球をこんなふうに・・・
」
狭い中、 手にしている刃物を振りおろそうとする。
こんなちゃちな物で刺されたって
なんてことないけど、
仕事の後で疲れてるし、さっきはさんざん殴られたんだ。
勘弁してくれよ・・・。
華奢な腕を掴んで、もう片方の手で刃物を奪う。
壁に刃先を押し当てると、簡単に粉々になった。
だが、その拍子に発射のスイッチが作動してしまった。
これもミスだ。 地球人を乗せたまま、ポッドは飛び立った。
惑星ベジータに向かって、宇宙ポッドはぐんぐん進む。
一人乗りだから窮屈だけど、大人よりかはマシだと思う。
そう。
心ならずも同乗する形になった
この地球人は、おれと同じくらいの年の子供だったんだ。
「どうして殺さないの?
わたしは、あんたを殺そうとしたのよ。」
子供は、女だったようだ。
母親以外の女を、こんなに近くで見るのは初めてだった。
「そんな細い腕で、おれを殺せるわけないだろ。」
誰かの仇でも討とうとしたのか。
自分と年の近そうなおれが相手なら、なんとかなると思ったのだろうか。
「このポッドは、目的地まで停まらないんだ。 死体と旅するなんて御免だよ。」
無理に体を横たえて、おれは
まぶたを閉じた。
惑星ベジータに到着した。
仕方なく、ついてくるよう促す。
そうするよりほかないためか、しぶしぶ言うとおりにしていた。
家に着いたおれは、両親にいきさつを話した。
おれは下級戦士としては珍しく、親と暮らしていた。
「いったい、何考えてるだ。 自分が攻め落とした星の生き残りを連れてもどるなんて。」
「女の子なんだろ? 気にいっちまったんじゃねえのか。」
「そんなんじゃないよ・・・。」
お母さんが怒って、
お父さんが呑気なことを言って笑う。
予想通りのやりとりの中、地球人の子供が口を開いた。
「邪魔なんでしょう。 だったら殺せばいいわ。」
その言葉に、皆が注目する。
「生き延びようとして、宇宙船に乗りこんだわけじゃない。 それに どうせ、わたしは もう長くないの。」
「病気なのか?」
お父さんの質問に、子供は
うなずいた。
「生まれた時からよ。 病院のみんなが庇ってくれたから、わたしだけが助かったの。」
不思議な色の瞳から、涙がぽろぽろとこぼれおちる。
髪の毛はおれたちと同じ黒だけど、瞳は驚くほど澄み切った水色だ。
お父さんが言った。
「どのみち長くねえんだったら、死ぬ日まで
このうちにいてみるか?」
「え・・・?」
「そう言うと思った。 まぁ
いいだ。
これから体が重たくなってくるから、いろいろ手伝ってもらうだよ。」
おなかをさすりながら、お母さんも言う。
お母さんのおなかには、赤ん坊がいる。
おれの弟か妹だ。
「おめえ、名前は何ていうんだ。」
地球人の子供は
両手で涙をぬぐいながら、複雑な表情で答えた。
「・・・ビーデル。」
病気だというのは、本当だった。
ビーデルは、走ることができない。
無理をすると
息が切れてしまい、ひどく苦しげになる。
けれど、すぐに死んでしまうという予想ははずれた。
弟が生まれ、
辺境の惑星に送り出し、数年経って 迎えとともに戻ってきた後も、
ビーデルは
まだこの家にいる。
今日は家の外で、獣の肉を干している。
保存食作りだ。 お母さんに命じられたんだろう。
「ただいま。」
声をかけると、わざとそっぽを向く。
「また、人殺しをしてきたの。」
これまでにも、何度も繰り返してきたやりとりだった。
「・・生きていくためだよ。」
「わたしは、そんなことまでして生きたくない。」
よく言うよ。 おれは言い返した。
「地球人ってのは、何の命も奪わないのか?獣の肉も食べないのかい?」
「それとは違うわ。」
そして、小さな声でつぶやいた。
「サイヤ人なんて、大嫌い。」
返す言葉を見つける前に、ビーデルは話題を換えた。
「だけど、このおうちは好きよ。
お父さんとお母さんが仲良しで、うらやましいな。」
「ビーデルの親は・・・
」
バカなことを聞いた、と思った。
あの日、 おれがこの手で殺したのかもしれないのに。
「ママは、あんたたちに殺されたんじゃないわ。」
暗い表情で付け加える。
「わたしのママを殺したのは、パパよ。」
ビーデルの話は、こうだった。
彼女の父親は・・・
おれたちがちょっとした訓練の時にするような 組み手を見せ物にして成功し、富を得た。
だが、それ以来
家族を顧みなくなってしまう。
他の女と一緒の所を見て
動揺した母親は車の事故を起こし、
体の弱い一人娘を残して死んでしまった。
「・・・他の星の人間にも、いろいろあるんだな。」
今まで そんなことは、考えたことがなかった。
「だから、あんたの両親はステキだと思うわ。
本当は許されていないのに、ずーっと一緒にいるなんて。」
「そんなに いいもんじゃないと思うけどね・・・。」
苦笑したおれの頬に、やわらかなものが触れた。
「なんだよ。」
ビーデルは、答えない。
不思議な色の瞳は、驚くほどに澄んでいる。
もう少し見ていたいから、肩を引き寄せて、顔をこちら側に向ける。
さっき頬に触れていた唇に、自分のそれを押し当てる。
辺りに漂っていた肉のにおいは
いつの間にか消えていて、
おれの鼻孔は
彼女の甘い香りで満たされた。
ビーデルを抱いたのは、それから
しばらく経ってからだった。
おれの腕の中で彼女は、満ち足りたようにまぶたを閉じていた。
だけど、本当は苦しさを隠していたのかもしれない。
その後、ビーデルは
おれの子を身ごもったけれど
おなかが大きくなるにつれて、臥せっていることが多くなった。
ドラゴンボール。
あの時、 おれが見つけていたら。
すぐには使わず、密かに隠し持ってこれていたなら。
おれは迷わず、彼女の回復を願っただろう。
「行ってくるよ。」
横になっていた彼女が、半身を起こす。
「また、 人を殺しに行くの・・・。」
お決まりの言葉には答えず、大きなおなかに手で触れる。
「いろいろな面で、レベルの高い星らしいんだ。
学者を殺さずに、連れ帰る計画もある。
うまくいけば、病気を治す方法を聞き出せるかもしれない。」
おれの言葉に、ビーデルは苦笑いをした。
「そんなことまでして・・・ 」
その続きは、口にしなかった。
おなかの中で、赤ん坊が元気に動き出したからだ。
「ねぇ、 この子の名前、パンってつけたいの。」
「パン?」
あんまりサイヤ人らしくないけど、まぁ
いいか。
「男の子にも、女の子にも合う名前でしょ。
わたしが大人になれたら、お母さんになれたら つけたいって、小さいころから決めてたの。」
「地球人は、そんなことを考えるんだ・・・。」
ビーデルが、おれの手をとる。
「普通は、友達同士で打ち明け合ったりするのよ。わたしには、いなかったけど。」
そして、小さくつぶやいた。
「わたし、今、とっても幸せよ。」
・・・
家に向かって、ゴテンが走っている。
「お父さん・・・ 」
家の外にいる
父親を呼ぶ。
「どうした。 そんなにあわてて。」
「兄貴が・・・。」
「・・・戻らなかったのか。」
しくじっちまったんだな。 ひとり言のようにつぶやいて、彼は目を伏せる。
その時。
家から、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
「おっ、 生まれたみてえだな。」
しばらくのちに扉が開き、赤ん坊を抱いたチチが出てきた。
やわらかな布で大切にくるまれた、黒い髪の赤ん坊。
長い茶色の尻尾も見える。
「女の赤ん坊だ・・・。」
「元気な子じゃねえか。 よかったな。」
「お母さん、 どうしたの?」
チチの頬が、涙でぬれていた。
彼女は まだ、上の息子の死を知らされては
いなかった。