262.『拒絶』
[ ベジータと、トランクスを産んだばかりのブルマの、夜のお話です。
『調子が狂う』という話があるのですが、別ver.のつもりです。]
早いもので、トランクスを産んだ日から もう、ひと月が経とうとしている。
来週の健診で、特に異常が無いようならば ほぼ復活。
それまでの暮らしに 戻ることができる。
様子を見ながら仕事に復帰し、自分のペースというものを、徐々に掴んでいかなくてはならないだろう。
無事に身二つとなり、C.C.に戻ってからの数週間。
わたしは、トランクスと同じ部屋で寝起きしている。
父さんが作った たくさんのオモチャたちが出番を待ち、
白かった壁を、男の子らしくブルーに塗り替えた子供部屋。
そこに、自分用のベッドを運び込んだ。
もしかすると この先もずっと、そうするかもしれない・・・。
そんなことを思って まぶたを閉じた、その時。
窓を開く音が、耳に飛び込んできた。
「ベジータ。」
おなかが目立ち始めてから、彼は わたしに触れようとはしなかった。
もう、来ないかもしれない。 少なくとも夜、あんなふうには。
あきらめに似た思いを抱きながらも、窓をロックすることはできなかった。
だけど・・ お産の何日か後 一度だけ、顔を見せてはくれたのだ。
やっぱり、病室の窓からだったけれど。
あの時は、生まれて間もないトランクスを、文字通り一瞥だけして、
あっという間に飛び去って行ったっけ。
そして 今夜も、ベジータは何も言ってくれない。
プロテクターをはずし、ブーツと手袋を脱ぎ捨てて、ごろりと ベッドに横たわる。
トランクスを身ごもる前と、同じように。
あの頃、彼は いつも そうしていた。
夜更けに窓から やって来て、まるで 当たり前みたいな顔で、わたしを抱こうとした・・・
「ダメよ!!」
思わず、大きな声が出た。
「あ、 あのね・・ その、わたし、まだ しちゃダメなの。」
「・・・。」
「子供を産んだばかりでしょ? だからね、体が まだ本調子じゃないっていうか・・。」
「フン。」
それだけを言って、ベジータは背を向けた。 そんなことには興味が無い、とでも言いたげに。
なによ・・。
特注のベビーベッドで、トランクスは すやすやと寝息をたてている。
それをいいことに、わたしもベッドに横たわる。 だいたいね、これは わたしのベッドなんだから。
背中に寄りそって、声をかける。
「今は よく寝てるけど・・ トランクスね、泣きだしたら ものすごいわよ。」
返事はないけれど、構わずに続ける。
「ぐっすり 眠りたいなら、別の部屋に行った方がいいかも。」
しばしの沈黙。 ベジータは横たわったまま、起きあがる気配を見せない。
ただ それだけのことが、わたしを幸せにする。
忘れてしまいそうになる。
この人が これまでしてきた、自分勝手な振る舞いの数々を。
血を分けた我が子であるトランクスを抱き上げてやることは おろか、
顔さえも、じっくりと見てやろうとしないことも。
わたしは手を伸ばした。
彼の体の中で、最も 熱い場所。
わたしのすることに、素直に反応するであろう それを、手のひらで 背後から包み込む。
「何しやがる・・。」 「あら、いいじゃない。」
目的は、これだったんじゃないの? でも、それは口に出さない。
代わりに こう言う。 「わたしだって、勝手にさせてもらうわ。」
一定のリズムで、上下に手首を動かしながら 話しかける。
「おなかが大きくなってからはね、とにかく育児書ばっかり読んでたわ。
用があって街に出ても、いつの間にか ベビー服を買っちゃってるの。」
「・・・。」
「道を歩いてて目につくのもね、赤ちゃんを連れた お母さんだったりするのよ。
いい男じゃなくってね。」
「だから 何だって言うんだ。」
「うん。 でもね、あんたのことはよく 思い出してたのよ。」
そう。 この半年の間、彼は ほとんど外に出ていた。
こんなふうでも、体温を感じることは久しぶりだった。
「しょっちゅう思いだしてたわ。 主に夜、眠る前、ベッドの中でね。」
「チッ、下品な・・ 」 「仕方ないでしょ。 女だもの。」
硬い髪の、匂いを吸い込む。 耳たぶを口に含む。
熱いものを握る力が、自然に強まっていく。
「くっ、 この ・・・ 」
いつもよりも 少し かすれた、ベジータの声。
「あっ・・! 」
手のひらが、ぬるい液体にまみれてしまったのは、それと ほぼ同時だった。
「あんたも汚れちゃったわね。 待って、すぐ拭いてあげる。」
あーあ、 わたしって優しい女よね。 なのにベジータときたら、顔をしかめている。
普通のティッシュとは違う、ひんやりとした感触に 違和感を覚えたらしい。
「おしりふきよ。 トランクスの、おむつ換え用。
ローションが含まれてるから、お肌に とっても優しいのよ。 これで あんたも かぶれ知らず・・
キャッ!!」
手首を掴まれ、ベッドの上に組み敷かれる。
「ふざけやがって・・。」 「ん、 くっ ・・・ 」
押し当てられた唇で、口を塞がれる。 口内を、乱暴な舌に掻き回される。
パジャマの上衣は その間に、いとも容易く 剥ぎ取られた。
噛みつくようなキスは 首筋を経て、胸の先端に たどり着いた。
「あっ、 イヤ・・ 」
ダメ、ダメよ、 そんなふうにしちゃあ。 ああ、だけど・・・
しばしののち。 ベジータの喉が、ごくりと鳴った。
「・・おいしかった? どんな味?」
悔しまぎれの質問。 言い終わらぬうちに、彼の指は下へと のびていく。
「ダメよ! ねえ、お願い! 今日はまだ できないの!」
必死に懇願する。 これほどまでに強く拒むなんて、初めてではないだろうか。
だって わたしは、いつも待っていたのだ。
この男が訪れる夜、 ベッドの上で過ごす時間を。
下着を取り去ることをせず、小さな布の上から、彼は せわしなく指を動かす。
「あ、 あっ・・ 」
溢れるような快感に、呑みこまれそうになる。
ベジータは、待っているのだ。 たまりかねた わたしが、自らの手で、彼を誘い入れることを。
くやしい。 本当は まだ、こんなことしちゃ いけないんだから・・・ でも、
「ベジータあ・・」
名前を呼んで訴えかけた、その時。
「ふぎゃああーーーーー!!」
けたたましい声で、トランクスが泣きだした。
ぎょっとしたらしいベジータが 動きを止めた。 その隙にすり抜けて、ベッドから立ち上がる。
「あらあら どうしたの? おむつ? じゃなさそうね。 声が、うるさかったのかしら・・。」
ひとりごちながら 抱き上げると すぐに、おっぱいに食らいついてきた。
「ふふっ、 何だか・・ 」 そっくり、かも。
仕事を再開すれば どうしても、離れて過ごす時間が長くなる。
だから なるべく、ミルクの方をあげるようにしていたんだけど・・。
「今日は おっぱい、よく出るみたいね。 さっきパパが、一生懸命 吸ってくれたせいかしら?」
「チッ、」
ベジータも、舌打ちとともに立ちあがり、ドアに向かって歩いて行く。
「あっ、ねえ、ベジータ。」 「なんだ!」
「あのね、来週なの。」 「何がだ。」
「来週以降なら OKよ。 多分、何ともないから。」
「!・・・ 」
ひどく大きな音をたてて、ドアが閉まった。
切り返す言葉が、見つからなかったのかもしれない。
腕の中のトランクスに向かって、話しかける。
「パパは来週、来てくれるかしらね。」
ああ、だけど・・ 産後 間もない頃って、妊娠しやすいんだっけ。
本にそう書いてあったわ。 健診でも、注意されるかもね。
「でも、いいわ。 続けて できて、うんと忙しくなっちゃう方が。」
そうすれば寂しくなくなる。 寂しいなんて、思わなくなるもの・・。
気がつけば トランクスが、わたしの顔をじっと見ていた。
その目は、誰が見ても ベジータにそっくりで、だけど瞳の色は わたしと同じなのだ。
さて、その翌週。 ベジータは来なかった。
また何カ月もの間、顔さえも見せてくれなかった。
久しぶりに彼に会ったのは、新たな敵、人造人間が現れた後だった。