160.『正装』

ウェディングフォトを撮る話は『家族の肖像』というのがあるのですが、

ver.として書いてみました。]

「なぜ いま、あなたは助けなかったんですか!?」

 

未来から来たという あの子は・・・  

そのすぐ 後に、成長したトランクスであることが わかったのだけど・・・

別の世界での父親に向かって、声を荒げて 疑問をぶつけた。  

「あなたの奥さんと子供でしょう!?」

超化した姿で、ベジータは答えた。 

「くだらん。 俺はそんなことに興味がないんだ。」 

・・・

 

そんなこと。  この場合、 わたしと 小さなトランクスを助けるってことね。

ベジータが助けてくれなかったことは、確かにショックだった。

まあ、戦える人たちが あれだけ揃っているのだから 誰かが・・ と思ったのだろう。 

逆に、敵を倒せるのは自分しか いないと。

それに 本人の言葉どおり、自分以外の誰かを救うという感覚が、欠けているのかもしれない。

でも ほんの少しだけ、うれしいこともあったのだ。

「奥さんと子供」、 そう言われた時に、ベジータが否定しなかったことだ。

もし そこを否定されていたなら、結構 傷ついていた気がする・・・。

 

そんなことを口にしたら、みんな さぞかし 呆れるでしょうね。 

だけど、 そう思ったのは理由があるのだ。

 

 

あれは、トランクスを産んで ひと月ほど経った日のことだ。  

ヤムチャとプーアルが、お祝いを持ってC.C.に来てくれた。 

うれしかったけれど、びっくりした。 

だって誰にも教えていないし、おなかが大きかった姿も、見られていないはずだから。

どうして知ったのか、理由を尋ねる。 ヤムチャたちは こう答えた。

『街でお母さんに ばったり会ってさ。 その時に教えてもらったんだよ。』 

 

そういえば、何度も聞かれた。 

何故 みんなに知らせないのか、お披露目はしないつもりか。

驚かせたいからと 答えていたけど、たしかに それだけではなかった。

母さん、そして父さんも、決して口には出さないけれど、本当は心を痛めているのだろうか。

元気で かわいい孫は授かったけれど、娘の方は・・ と思っているのかもしれない。 

一応、一人娘だもんね・・・。

 

そんなことを考えていたら、ベジータが姿を見せた。 

いつもどおり、当然みたいな顔をして、あれこれ指図してくる。

『おい。 聞いてるのか。』   

それには答えず 一気に言った。 言ってやった。 

『ねえ。 わたしと、結婚してほしいの。』

 

しばしの間、彼は絶句していた。 『・・・ 何を言ってやがる・・。』 

『あ、 えーっと、正式にってことじゃないわよ、 もちろん。』 

だって 宇宙人だもんね。 届けに、いったい何て書いたらいいのよ。

『身内だけの式・・ うーん、それも 面倒ね・・。 

なら もう、写真だけでいいわ。 正装して、二人で並んでさ。 プロのカメラマンに、撮影してもらうの。』

2〜3時間もあれば済むと思うわ。 だから、ね、 お願い。

付け加えた言葉が終わらぬうちに、逆に尋ねられた。 

『何のためにだ。』

 

・・・。  深く呼吸をし、心を落ち着かせながら 話し始める。

『今度の敵、人造人間だっけ? あんたが やっつけてくれるのよね?』 

『当然だ。』

『で、 その次は 孫くんね?』 

『当たり前のことを聞くな。』 

『その後は? 地球にいたって つまんないわね。 宇宙に戻るんでしょ?』 

『・・・。』

『あんたが満足するような宇宙船を造るのは、地球の科学力じゃ 結構大変だわ。』 

『フン。 遅れた星め。』 

いつものように 毒を吐く。

『でも、頑張るわね。 だから・・ その褒賞って、考えてもらえないかしら?』  

黙り込んだベジータに向かって、さらに続ける。

『それにさ、トランクスが・・  今、お昼寝してるんだけどね、

もう少し大きくなって 物心がついたら きっと、父親のことを知りたがると思うの。』

ダメ押しのつもりで、付け加える。 

『その時、きちんとした写真が何枚かあれば、わたしも話がしやすいわ。 ね、お願い・・。』

 

数秒間の沈黙ののち、おもむろに彼は口を開いた。 

『今日だ。 今日 これから 少しの間だけなら、付き合ってやってもいい。』

『今日〜?』  そんなあ。 衣装のことがあるから、せめて何日か時間がほしい・・・ 

そう言おうとした、その時。

『いいわよ。 すぐにカメラマンのかたを お呼びするわ。』  

母さんがやってきた。 話を聞いていたらしい。

『ブルマさんのドレスは、わたしが昔 着た物があるわ。 

サイズは、少し直せば大丈夫じゃないかしら。』

『ああ! あれ、ステキよね。』  

それこそ、写真で 何度も 見たことがある。

『とっても 上品なデザインよ。 でも、ベジータのタキシードはどうするの?』 

『サイズはわかってるのよね? お店に頼んで、大急ぎで探してもらいましょう。』

 

母さんとのやりとりの さなか、ベジータが口を挟んできた。 

『俺は このままでいい。 地球人の恰好なんぞ御免だ。』

『えーっ、 それ・・?』  わたしが手掛けた、おなじみの戦闘服だ。

『戦闘服こそ、サイヤ人の正装だ。』

言ってることは、まあ わかるけど・・・ 

『でもさ、それって わたしたちが決めたデザインでしょ? 

たとえばナメック星にいた時のは、ちょっと違ってたわよね。』

そう。 肩のところが まるで、鎧みたいに大きかった。

 

『故郷の星にいた頃は どうだったの? やっぱり、ああいうのだった?』

『・・・。 王族は あれに、マントを着けていた。』 

『へえ〜! かっこいいじゃない。 王子様ってかんじね。 あとは? 他には、装飾はなかったの?』

『左胸に、エンブレムがついていた。』 

『王家の紋章ってやつね。 ねえ、どんなの? ちょっと描いてみてよ。』

メモ用紙とペンを差し出す。 

苦々しげな表情を崩すことなく、それでも 彼は、白い紙の上にペンを走らせた。

 

『ふうーん。』  意外と、絵もうまいかもしれないわね。 

もっと一緒にいられたら、もっともっと、この人の良いところを見つけることができそうなのに。

『わかったわ。 このデザインで、新しい物を作ってあげる。 2〜3時間あれば何とかなるわ。』 

『そうね。 トランクスちゃんが お昼寝から覚める頃だし、ちょうどいいわね。』

母さんも援護してくれる。 それにより、かなり しぶしぶといった様子ながら、ベジータは承諾した。

 

予定の時間より 少し遅れてしまったけれど、なんとか出来上がった。 

エンブレム付きのプロテクターの上から、マントを装着するベジータ。 

鏡の前で 彼は、自分の姿に じっと見入っている。

話だけ聞いて、似せて作った物に すぎないけれど・・ 

彼にとっては、民族衣装のような物なのだ。 

いろいろと、思うところが あるのだろう。

 

わたしも、母さんから譲られたドレスに着替えた。

産後であるためか、胸とウエストがきつい。 

けど写真を撮るだけで、動き回るわけではないから大丈夫。

そして・・  『ねえ、見て 見て。』  

首の座っていないトランクスにも、ベジータと おそろいの物を作って着せてみたのだ。

ブーツ、グローブ、アンダースーツにプロテクター、 それにマント。 

『ふふっ。 ちっちゃな王子様ってとこね。』 

『フン・・。』 

『尻尾があれば完ぺきだったわね。 切らないで、とっておけばよかった。 

だけど あんたも、今は無いもんね。』

 

ベジータの口元が、鋭い目が、ほんの少しだけ 笑ったように見えた。

 

 

「こんな写真があったなんて・・。」

 

青年の姿のトランクス・・ 

大きな戦いを終え、明日にも自分の生まれ育った世界へ戻るという彼に、例の写真を見せてあげた。

故郷の星の王族の正装、 に似せた物を身につけているベジータ、

同じ物を着せられた小さなトランクスを抱いている、純白のドレス姿のわたし。

 

「見せてもらえて よかった。 ありがとうございます。」

「あんたの方のブルマだって、おんなじ写真を持ってるんじゃない?」

「そうは思えません。 昔の写真は何枚か見ましたけど、そういう物は無かったはずです。」

「そんなの わかんないわよ。 内緒にしてるだけかも。」

言葉を切って わたしは続けた。 

「誰も知らない、誰にも教えてない 素敵な思い出があるのよ、きっと。 だからこそ、」

あんたのこと、一生懸命 いい子に育てたんだと思うわ・・・。

 

そう言った時のトランクスの表情。 それは、この子の父親に、本当によく似ていると思った。

 

 

あの日から、なんと 二十年近い歳月が流れた。

 

「わあっ! なに? この写真。」  

小学生になった娘、ブラが騒いでいる。 どこからか、例の写真を見つけてきたらしい。

 

「パパ かっこいいじゃない! お兄ちゃんもおんなじ格好してるのね、かわいいー! 

ママのドレスもステキね。 なあに、これ。 仮装パーティーか何か?」

「・・・。 一応、ウェディングフォトなんだけど・・。」

「いいなあ、 わたしも混ざりたいわ。 ねえ、こういうの撮りましょうよ。 

わたしも、サイヤ人の恰好をしてみたい!」

 

ノーコメントのベジータに向かって、ブラが問いかける。 

「ねえ、パパ。 サイヤ人の女の人って どんな格好なの?」

途端に、イヤな顔をする。 「知らなくていい。 あんな下品な格好・・ 」 

バカね。 そんな言い方しちゃ余計 知りたがるでしょ・・・。

「えーっ、 どんなの?」   ほらね。

 

わたしも、便乗する。

「興味あるわね。 ねえ、絵に描いてみてよ。 結構、上手だもんね。」

紙とペンを差し出す。 「知らん! もう 忘れた!」

「あ〜! 逃げちゃった!」 「追いかけるのよ、ブラ。」

 

正装?をして撮った写真は、とても大事な、大切な宝物だ。

なのに意外と、見かえすことは少なかった。

それは あの後、わたしたちには いくつもの、数え切れない思い出が出来たためだ。

 

「おれは しないからね、イヤだよ、そんな恰好。 コスプレじゃあるまいし。」

大騒ぎの中、トランクスだけが しらけた声を出した。

タイムマシンで帰っていった あの子と、同じ年頃になった。