049.『手袋とブーツ』

ブルマがベジータに、妊娠したことを告げるお話です。

できちゃった!」というお話が既にあるのですが、別ver.のつもりです。]

窓が開く音にも、かけていた毛布をはぎとられたことにも気付かずに 眠りこんでいた。

それなのに彼ときたら ブーツだけを脱ぎ捨ててベッドの上にあがり、わたしに覆いかぶさってくる。

そこでようやく、わたしは目覚めた。 

「ベジータ、 戻ったの・・。」

ひやりとした感触。 手袋をつけたままで、彼はわたしの体をまさぐる。  

「あっ ・・・ ん・・  」  

胸を弄んでいた手が、徐々に下におりてくる。 指先が、わき腹から下腹部の辺りに移ったその時。 

彼の手が止まった。  「・・・。」

 

気付いただろうか。  でも 今は、あえて その話はしないことにする。 

「ねえ、手袋くらい はずしなさいよ。 ほら、それも・・・。」

プロテクター、アンダースーツ、そして手袋とブーツ。 

ベジータに命じられて苦労して作ったそれらは、いわゆる戦闘服だ。

かなりの衝撃にも耐えられるし、他人の手では なかなか外すことができない。

けれども、それを作った張本人である わたしは、うまい脱がせ方を心得ていた。

 

「ねえ、あんたって外にいる間、体を洗ってるの?」 

彼は答えない。 まあ、だけど それほど汚れてはいないようだ。

修行している場所には、湖か何かが あるのだろう。 

でも、シャンプーを使っていないせいか、髪が ちょっと・・・。

「ちゃんと洗った方がいいわよ。 不潔な王子様なんて、さまにならないわ。」 

舌打ちする彼の、手をとって促す。

「洗ってあげる。 あんたがいない間にね、この部屋にもシャワールームをつけたの。 

小さいけど、なかなか快適よ。」

 

そう。 ここはベジータの部屋だ。  

彼が家を空けていた間、わたしはここで眠っていた。

戻ってきたら、すぐに顔が見たかった。  そして・・・  

どうしても、話したいことがあったのだ。

 

 

「はい、おしまい。 きれいになったわよ。」 

シャワーを止めて、栓を抜く。 バスタブから出たベジータに、タオルを手渡す。

ユニットバスは狭いから、一緒には入らなかった。 

なのに、着ていたパジャマは お湯がかかって濡れてしまった。

「確か、バスローブが棚にあったはずよね・・。」 つぶやきながら、彼に背を向ける。 

すると、 「きゃっ・・、」 後ろから肩を引き寄せられ、強い力で壁に押し付けられた。 

「何するのよ!」

「いちいち聞くな。 いつものことだろう。」 耳たぶに、熱い吐息がかかる。

確かに、一緒にお風呂に入ると いつも、いつの間にか そんなふうになってしまっていた。

 

でも・・・ 

「乱暴にしないでよ。 すぐそばにベッドがあるんだから、そっちで・・

ベジータは わたしの体から濡れたパジャマを剥ぎ取ると、床の上に投げ捨てた。

訴えを聞き流されたわたしは、ついに口に出してしまう。 

「さっき、気付いたんじゃなかったの?」 

「何をだ。」

「わたし、妊娠してるのよ。」

 

押さえこんでいた手の力が幾分ゆるんだ。 その隙に振り向いて、ベジータの顔を見つめる。

なんだか わざと、表情を動かさないようにしているみたいだ。 

次の言葉を告げる前に、彼は口を開いた。

「誰のガキだ?」

 

何よ・・。 決まってるじゃない。 逆に、尋ねてみる。 

「誰のだと思う?」

 

答えを聞く前に腕を解き、わたしはどうにか 彼から離れた。 ドアを開いて 部屋に戻る。

続いてシャワールームから出てきた彼に、声をかける。 裸のままで、ベッドの上から。 

「したいのなら、こっちに来て。」

「・・・。」 

出て行ってしまうかもしれない、 そう思った。 けれども、彼は そうしなかった。

 

「後から文句を言ってくれるなよ。」 「文句って?」 

「腹の中のガキが どうなっても、俺は知ったことじゃないからな。」

覆いかぶさる彼に身をあずけて、わたしは こう答えた。 

「大丈夫よ、多分。 運も生命力も、すっごく強いはずだもん。」

そして、小さく付け加える。 

「わたしと、あんたの子だもんね。」  ・・・

 

 

思いやりのない言葉とは裏腹に、その時の彼は なんだか ひどく優しかった。

「あのね、ベジータ。」 「・・・何だ。」 

「あんまり気持ち良くなりすぎるのも、赤ちゃんには良くないことなんですって。」

これは育児書で目にした、本当の話だ。 

「ちっ、そんなことまで知るか。」

 

壁の方を向いてしまった彼の背中に 額を寄せる。 

体温の心地よさ、そして静けさ。 急激な睡魔がわたしを襲う。

つわりは軽い方だったけれど、突然やってくる眠気を どうにもコントロールできないでいた。

 

ああ、ベジータってば このまま行ってしまうのかしら。 

いろいろと聞いておきたいことがあったのに・・・。

 

どのくらい経ったのだろう。 揺り動かされて、わたしは目を覚ました。 

「んあ・・・ 」 「起きろ。 戦闘服の替えはどうした。」  

ベジータ。 よかった、 まだいてくれた。

 

「テーブルの上のカプセルの中よ。」 「これか・・・。」 

ボタンを押して床の上に投げつけると、大きめのケースが2個 現れた。

ベッドからおりて、そのうちの一つの蓋を開ける。 

「ほら、こっちに入ってるわ。 手袋とブーツも一緒にね。」

ケースから一揃えを出してあげていると、ベジータが尋ねてきた。 「そっちの箱はなんだ。」

「食料よ。 保存のきく物がいろいろ入ってるわ。 栄養も考えてあるのよ。」 「必要ない。」 

「えーっ。」 自分で調達するつもりなの?

「その分、戦闘服の予備を多く持っていく。」  

・・・こんなふうに、取りに戻ってくるのが面倒ってわけね。

まったく ベジータときたら、カプセルを2個以上持ち歩くことすら 嫌がるのだ。

 

「せっかく用意したのに。 家畜なんかに手を出して、騒ぎを起こさないでよね。」 

ブツブツ文句を言いながら、わたしは部屋を出ようとした。 

「待て。 何処へ行く。」 「え? 研究室よ。 残りの戦闘服を取ってこなくちゃ。」

ベジータは何も言わず、苦々しげな表情でわたしの姿を見つめている。

昨夜着ていたパジャマは まだ湿っているだろうから、体にシーツを巻きつけていた。 

「誰も見やしないわよ。 まだ みんな夢の中だわ。」 

「もう いい。」  彼はそう言うと、2個のケースをカプセルに納め、さっさと窓辺へ歩いていった。

「待ってよ。」  飛び去ろうとしている彼に、あわてて声をかける。 

「ねえ、子供が生まれたら、尻尾 切っちゃってもいいかしら?」

「・・・。」 「服に穴開けなくちゃいけないし、大猿になっちゃったら 手に負えないもの。」

「好きにしろ。」 

 

舌打ちとともに、どこかへ飛び立とうとする彼に 食い下がる。

「あとね、それから・・・ 名前はどうしたらいい? こっちで考えちゃっていいの?」 

「勝手にすればいいだろう。 なんだ、いったい。」

いらいらした様子で こちらに向き直った彼に向かって、わたしは言った。 

「だって、今度いつ会えるかわからないでしょ。 生まれてからじゃ 遅いのよ。」

 

短い沈黙ののち ベジータは再びわたしに背を向ける。 そして、こんな言葉を口にした。 

「重力室を、完ぺきな状態にしておけ。」

あんたが無茶な使い方さえ しなきゃ、いつだって完ぺきなんだけど。

そんな思いに気づくことなく、ベジータは宣言した。

「トレーニングの仕上げは、重力室を使う。」

彼の後ろ姿に向かって 問いかける。  「それって、いつ頃の予定?」 

「間もなくだ。」  

そう言って彼は夜明けの空に浮かび上がり、あっという間に見えなくなった。

 

しばらくの間 空を見上げた後、改めて部屋を見渡す。 

昨夜脱ぎ散らかしていた戦闘服が目につく。

ひとつひとつ拾い上げ、ブーツは並べて 隅の方に置く。

ふと思い立ち、両手に手袋をはめてみる。 

ひとりでにフィットしてしまう、不思議な材質。 それでも、わたしには少し大きい。

ベッドの上の、ちょうど彼が寝ていた辺りに横たわる。 

手袋をつけたまま、まだ あまり膨らんでいないおなかに そっと触れる。

「早く戻ってくるといいわね、 あんたのパパ。」 

ひとり言のように そうつぶやいて すぐに、 わたしはまた深い眠りに落ちていく。

 

お腹の中の子供に ぽこん、 と蹴飛ばされていたことに

その時のわたしは ちっとも気付いていなかった。