Triangle

未来編の天津飯×ランチです。ランチの設定は『夢のあと』と同じです。]

思えばあの男はただひたすら、強くなることだけを求めていた。

敵を倒すことも、弱い者を守ってやることも、男にとっては二次的なことだったのかもしれない。

 

長い間、彼の目標だった男は死んだ。

戦いではなく、病によって。

 

それから数年後、世界は暗転した。

たった二人の人造人間。

少年と少女の姿をした彼らの手で、都市部はほぼ壊滅させられた。

 

世間の動きなどには気をとめず、我が道を進むことを信条としていた彼だったが、

為すすべなく逃げ惑う人々を見捨てることはできなかった。

修行と生活の場であった山間部を後にし、彼は果敢に立ち向かった。

 

しかし、敵の力はあまりにも強大だった。

生身の人間ではない彼らは、気配を全く感じさせず そのパワーは尽きることがない。

この戦いで、昔馴染みの戦友、

そして、長いこと苦楽を共にしてきた弟分が命を落とした。

 

仙豆を与えてやる間もなかった むごい死にざまに逆上した彼は、

全ての力を振り絞って猛攻を仕掛けた。

だが、やはり歯が立たない。

返り討ちにあった彼は、重傷を負わされて倒れた。

 

がれきの上に横たわる彼の唇を、自分の舌でそっと割り

最後の一粒になった仙豆を含ませてくれる者がいた。

 

その優しい手のひらに、やわらかな唇には覚えがあった。

薄く、瞼を開く。  

「ランチ・・・。 」  名前を、口にする。

 

はっきりと目を開けた時、黒髪の彼女の姿は もう そこにはなかった。

 

回復した彼・・・ 天津飯は、山間の村へ戻った。

生き残った人々は、都を捨てて地方へ移り始めていた。

人造人間は大きな目的を持っておらず、ゲームのような感覚で街を破壊し、人を殺す。

これからはおそらく、田舎が標的になるだろう。

上空から見回りをし、洞窟でわずかな休息をとりながら、

彼は敵の出現を待った。

 

夜。 

焚火の 揺らめく炎を見つめていると、昔のことを思い出す。

今は亡き 弟分との旅と修行、 仲間との出会い、

そして・・・。

その時。 物音がして、人影が近づいてきた。

「よお、ここにいたのか。」

 

久しぶりに耳にする、その声の主は・・・

「ランチ。」

 

名前を呼ぶと、金髪の彼女は にっこりと笑った。

 

どうしてこんな所へ来た。 言いかけて黙る。

敵は神出鬼没な上に、ひどく気紛れだ。

この地球には安全といえる場所など、もう無いのかもしれない。

それに・・

そんな言葉など、彼女は気にも留めないだろう。

 

気持ちには応えられないと何度断っても、どんなに不便な場所にでも 押しかけてきて、

自分と弟分の世話を焼いてくれた彼女。

これまでにあった、いろいろなことが思い出されて

彼の口元には少しだけ笑みが浮かんだ。

笑うなど、一体いつ以来のことだろうか。

 

懐に残っていた、最後の仙豆を飲ませてくれたのは君だろう。

そう言って礼を述べようとした彼は、また黙った。

あれは たしか黒い髪のランチだった。

くしゃみをして髪の色が変化すると、彼女はまるで別人になる。

果たして 変わる前の記憶が残っているのかどうかは、彼にもよくわからなかった。

 

じっと焚火を見つめたままで、いつになくおとなしかった彼女が口を開いた。

「餃子は・・?」

 

それ以上は聞かなかった。

いつも、いつでも一緒だった弟分が、彼のそばにいない。

それはもう、この世にはいないことを意味していた。

そういう世界になってしまったのだ。

 

「餃子にとって、あの世は三度目なんだ。」

目を閉じて 両手を合わせた彼女に向かって、

わざと明るい声で彼は言った。

 

もう、奇跡は起こらない。 生き返ることは、もうない。

戦友たちと同じく、ピッコロも人造人間によって殺された。

つまり、ドラゴンボールも永遠に消えてしまったのだ。

 

「あの世もさ、そんなに悪い所じゃねえよ。」

ぽつりと、彼女がつぶやいた。

そうなのだろうか。 自分も一度行っている。

しかし あの時はすぐに別の場所へ連れて行かれ、特別な修行をした。

常人には許されない計らいを受けてきたというのに、結局・・・

ふがいない自分への怒りを振り切るように、彼は言った。

 

「まるで、見てきたように言うんだな。」

「見たよ。 おれも一度 行ったもの。」

「・・・?」

 

何を言ってるんだ。 尋ねる前に、彼女は続ける。

「まぁ、ほんのちょっとの時間だったけどね。

 すぐにこっちに戻って来て、ランチの体に同居しちまったからな。」

 

「一体、何の話なんだ。」

「別にさ、隠してたわけじゃねーんだ。

 二人でゆっくり話したことって、あんまり無かっただろ。」

 

少しだけ笑った後で、彼女は話をし始めた。

「黒髪のランチは、おれの双子のねーちゃんなんだよ。

 おれは死んだ人間なんだ。 16歳の、クリスマスイブの日に。」

 

どうして戻ってこれたかは、おれにも よくわかんねーんだ。

あの世で待っててくれたおれの両親が、何かと引き換えに

頼んでくれたのかもしれない。 だけど・・・

 

「ランチが、おれの魂を受け入れてくれたってことが大きいと思う。

 ランチは優しいからな。 いい女だろ。」

 

とても不思議な話を、彼女はそんなふうに締めくくった。

尋ねたいことは山ほどあった。 だが、まず彼はこう言った。

「君の名前は、何ていうんだ。」

 

彼女は答えない。

そのかわり 座っていた場所を移して 彼に寄り添い、頭を持たせかける。

 

「知りたいか?」 「ああ。」

「おれとランチ、 どっちが好きか答えてくれたら 教えてやるよ。」

 

彼・・ 天津飯は言葉を失った。

戦いと修行しかできない自分に ひたむきな愛情を示してくれた

ランチと、 実は妹だったという彼女。

今日まで受け入れなかった理由は、誰かの人生を引き受けてはやれないこと、

そして・・・

 

自分はいったい、どちらの女を愛しているのか わからなかったためだった。

 

「いいよ、 無理しないで。」

鍛え抜かれた肩に両腕をまわして、彼女は笑顔を見せる。

「ランチは、いい女だもんな。」

 

そっと、唇を重ねる。

ここまでは、これまでにも何度かあったのだ。

けれども その後も、二人は離れない。

 

その夜、 彼女はくしゃみをしなかった。

 

 

朝。  彼が目覚めると、彼女の姿は既になかった。

しかし、 腕にも 寝床にも、彼女のぬくもりがまだ残っている。

遠くへは行っていないはずだ。

名前を呼ぼうとして、彼は気付いた。

名前を告げることなく、彼女が行ってしまったということを。

 

昨夜、 愛する男の腕に包まれ、夢の中で彼女は 姉と話した。

 

『ごめんな、ランチ。 おれ、やっぱり我慢できなかった。』

『何言ってるのよ。 いいわよ。

 彼がどっちを選んでも、うらみっこなし。 そう決めたでしょ。』

『うん。 だけど、ごめんな。』

『もう、 いいったら・・。』

『そのことだけじゃないんだ。 心配だよ。

 こんな世界に、ランチを一人にしなきゃならないなんて。』

 

そう。 彼女は・・・

天津飯を愛して何年もの間、追いかけ続けた二人の女は よくわかっていた。

弟分を、仲間を殺した敵に一矢を報いて、彼が死ぬつもりであることを。

 

そして、 若くして死んだ不幸な魂もまた、愛される幸せを知った今

姉の体から消えていく運命だった。

 

『大丈夫。 わたしは運が強いから。

 それに、なんだか予感がするのよ。 わたし、多分・・・

 また、一人じゃなくなるわ。』

 

 

その翌年、ランチは愛した男の子供を産んだ。

女の子だった。

自分から生まれてきた その子が実は姪であるということ。

ランチはそれを他の誰にも、娘本人にさえも、打ち明けようとは しなかった。