Made in tears

Piece of my wish』と併せてお読みいただけましたらうれしいです!]

子供を産んで、ふた月ほどが経った ある日のこと。

久しぶりに家にやってきたお兄ちゃんが、小さな女の子を連れてきた。

顔を見て驚いた。

「パンちゃん!」

 

面倒をみてくれていた祖母が急に亡くなり、

祖父は宇宙に出たまま 行方がわからないという。

この家で使ってやってくれと言うお兄ちゃんに、わたしは笑顔でうなずいた。

 

暮らしに必要な物資を運んでくる者、

あとは一応の見張り番を 何人かおいているだけで、

この家には もう長いこと使用人がいなかった。

決して広くはないラボで ママが作りだした いくつかのメカが、家事のほとんどを担ってくれたためだ。

 

けれどもパンちゃんは それらがカバーできない仕事を見つけて、くるくると とてもよく働いてくれる。

この星の、ほとんど全てがキライだと言っていたママも、確実に好きなものが増えたと思う。

それは もちろん、わたしの子供、そしてパンちゃん。

この二人だ。

 

パンちゃんが来てくれて、本当によかった。

彼女が話相手になってくれていなければ、わたしの心は壊れていたに違いない。

 

ママは痩せた。 

口数が減って、顔色が どんどん悪くなっていく。

ママは病気なのだ。  このままでは きっと、助からない。

なのに手術は望んでいないというのだ。

わたしは いったい、どうすればいんだろう。

 

そんなある日、 お兄ちゃんが現れた。

ママのことが心配なのだろう、 顔色がひどい。

だけど、そのこととは違う質問をしてくる。

「パンは どうしてる?」

「とっても助かってるわ。」

言葉を切って、続ける。

「暇な時はね、 一人でトレーニングしてるみたい。

多分、今もそうよ。 お兄ちゃんの部下に、なりたいんだと思うわ・・。」

 

ひどく険しい顔をしていた お兄ちゃんの口元が、ほんの少しだけ ゆるんだように見えた。

けれども すぐに、全く別の話を始める。

「地球へ行く。 おまえのスカウターを貸してくれ。」

「ドラゴンボールを 集めるのね。」

 

フリーザの命令だろう。

奴は とうとう、念願のドラゴンボールを手に入れるのだ。

ママが発明した、この世に一つしかない ドラゴンレーダー。

その機能を組み込んだ、わたしのスカウターの力で。

 

それにしても、少し早い気がする。

あれから もう、1年も経っただろうか。

疑問を口にしたわたしに、お兄ちゃんが答える。

「レーダーが反応するようになったら すぐに7個集める。

そして、フリーザ軍が到着する前に、神龍を呼び出す。」

「お兄ちゃん・・・?」

 

何を願うっていうの? ママのこと?

だけど、もし叶ったとしても、結局は・・・。

 

「おれの考えていることは、おまえのとは違う。」

きっぱりと、決意に満ちた声で続ける。

「おれは、父さんと母さんの二人を、宇宙のどこかへ逃がすつもりなんだ。」

 

その時 わたしの頭に浮かんだ光景。

それは 正妻と実の弟による、いちかばちかの逃亡劇を見逃してやるパパの姿だった。

 

「できるかどうか、叶えられるかどうかもわからない。

でも、やらなきゃ ならないんだ・・・。」

 

今日あった出来事、 フリーザとの会話について、お兄ちゃんは話してくれた。

 

ドラゴンボールの復活が、近付いてきましたね。

まさか忘れてはいないでしょうが、くれぐれもお願いしますよ。

ああ、それにしても。

本当はナメック星の物と一緒に揃えたかったのに、

実に惜しいことをしました。

今になって わかった気がするんですよ。

ドラゴンボールという物は、その星の守り神そのもので

その星の住民が死に絶えたときに、

共に消えてしまうんではないか、ってね。

 

『トランクスさん、 あなたの美しいお母様・・ ブルマさんといいましたか。

お変わりないですか?』

『・・どうして、そんなことを?』

『あなたにしろ ベジータさんにしろ、このところ 心ここにあらずで 顔色が良くないですからね。』

 

何かあったら、すぐに相談してくださいね。

あなたのお母様が 亡くなりでもしたら、

地球のドラゴンボールもまた、消えてしまうかもしれませんから。

私なら、何とかしてあげられます。

今の私に できないことなど、無いんですよ。

 

 

「それって もしかすると、病気を治せるってこと・・?」

うっかり口に出した後で、わたしはどれほど後悔しただろう。

 

「冗談じゃない・・・。」

お兄ちゃんの両手が わたしの肩を掴んで、揺り動かす。

「あんな奴、信用できるか。 

どんな姿になっても、ただ生きていればいいっていうのか。」

お兄ちゃんは今、スカウターをつけていない。

わたしと同じ色の瞳からは、涙がとめどなく溢れて、流れ落ちる。

「あんな・・ あんな奴に、母さんを渡せるか。」

 

「ごめん、ごめんね、お兄ちゃん。 わたしが悪かったわ。 そうよね。」

必死に謝る。

「だけど そんなこと、パパが黙って従うはず ないでしょう?」

「そうだな。」

静かな声。  でも はっきりと、お兄ちゃんは言いきった。

「だけどな、 フリーザには勝てないんだよ。」

 

しばしの沈黙ののち、わたしは自分のスカウターをお兄ちゃんに渡した。

「かわりに、お兄ちゃんのをちょうだい。」

 

取り換えっこの形になる。

手渡したあれは、 そして、今手にしているこれは、

お互いの形見になるのだろうか。

ううん、 そうは ならない。

フリーザを裏切る わたしたちは、どちらも すぐに死ぬことになるのだから。

 

けれど フリーザの怒りは、わたしたちを殺すだけでは おさまらないかもしれない。

もしかすると、 この星ごと・・・。

充分 考えられる。

 

事実上、この星のトップとなったお兄ちゃん。

まったく、最低の指導者だ。

だけど、仕方がないと思う。

わたしたちは、この星に愛着なんかほとんど無いのだ。

お兄ちゃんとわたしは ずっと、この家と その周りで、

ママを囲んで、パパの訪れを待ちながら、生きて、暮らしてきたのだから。

 

「ごめんな、 ブラ。 それに、 」

部屋の隅に置かれたベッドで寝かされている、子供の方を見る。

「・・・・。」

初めて、名前を呼んでくれた。

ヘンな名前だって、さんざんバカにしていたくせに。

 

「いいのよ。 ねえ、そのかわり、お願いがあるの。」

「なんだ。 おれにできることなら・・ 」

「パンちゃんを、連れて行ってあげて。」

まっすぐに、わたしの目を見て尋ねる。

「地球へか?」

「そうよ。 あの子、頑張りやで頭もいい。 きっと、役に立ってくれるわ。」

「・・・わかった。 そうするよ。」

 

ポッドのエネルギーチャージが済み次第 出発すると言って、

お兄ちゃんは出て行った。

 

子供の声が聞こえる。 起きてしまったようだ。

泣いてはいなかったのだけど、よいしょと 両腕で抱き上げる。

楽に死なせてはもらえないかもしれない。

だけど最後の最後まで、わたしは この子と一緒にいるつもりだ。

パンちゃんを連れていくよう頼んだのは、

お兄ちゃんを一人ぼっちで死なせたくはなかったからだ。

 

ふと思い立って、わたしは スカウターを着けてみた。

この子の戦闘力を測定するのは初めてだ。

「・・・!? なに、これ ・・。」

 

見たことのない数値に驚く。

パパよりも、お兄ちゃんよりも ずっと高い。

故障?  それとも ・・・。

だけど もう、それも関係のないことだ。

 

子供を抱いて揺らしてやりながら、子守唄を歌う。

ママがよく歌ってくれた、大好きな歌。

それが なんと、パンちゃんも この歌を知っていたのだ。

おばあちゃんに教わったと言っていたけど、これは地球の歌だ。

きっと あの子の母親が、何かの時に口ずさんでいたのだろう。

つまり あの子は、わたしたちと同じ・・・。

 

「だからね、 パンちゃんならいい。 他の女は絶対にイヤだけど、

パンちゃんだったらいいって思ったのよ。」

 

腕の中にいる我が子は、泣くことをせずに 黒い瞳をわたしに向ける。

邪気のない その瞳は、愛した男に 本当によく似ていると思った。